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小説【僕はもう一度キスをした。】2

https://note.com/akabanehiro999/n/n26bfa9007a12

 過去…。

 真由は僕の患者だった。いや今だって患者だ。
 初めて医師として生活し始めた頃、先輩に連れられ一人しかいない大部屋に向かった。いささか張り切ってる僕を横目に先輩は言う。
「これから会う娘は君が担当する患者さんだけどコミュニケーションを取ろうとは思わない方がいいわ」
「え?」
「まぁ話せば分かるよ」
「はぁ…」
 ノックし引き戸を開け室内に入ると一番奥の窓側のベッドに誰かいるのが分かった。先輩は「河野さん」と近づいて行った。僕は緊張しながらその後を追うと、ベッドには長い黒髪で中学生ぐらいの少女がいた。
「河野さん今度から研修医の林原君が担当になることになったんですよ」
 言われ読んでいた本から目を離し少女は僕を見ると上目使いで軽く頭を下げ再び本を読み始めた。ネイムプレートを見ると僕とほとんど変わらないような歳だった。


 それが河野真由との初めての出会いだった。
 真由は今では考えられないぐらい、勘ぐり深く、医者を嫌っていた。だからと言って診察を拒絶する事も、看護婦を困らせる事も無かったが、ただ医者を嫌い、無口だった。

 3週間が過ぎたある日の夕方、僕は睡魔に襲われていた。
 ヤバイな…。最近まともに寝て無かったし…。
 確かあの部屋、誰も近づこうとしないし、ベッド開いてたよな…。
 他の先生や看護婦にバレないように僕は真由のいる部屋に入り「どうですか、具合は?」と決まり文句を言いながら近づいて行った。真由は何も言わず読んでいた本から目を離し僕を見た。いつもの事だから返事を期待していなかったが「それなりに…」と小さな声で呟いた。
「そう…」
 僕は隣のベッドに寝転び「5分だけ寝かせて」と真由の顔を見ながら言うと「うん…」と頷いた。嬉しかったが、睡魔に勝てずそのまま僕は眠ってしまった。
「…先生…」
 身体を揺すられ目を開けると真由が僕の顔を覗き込んでいた。
「あぁそっか時間か…ありがとう…」
 僕は大口を開けあくびをすると「カバみたい…」と真由は呟いた。
「そんなに口大きくねぇよ」
「大きかった…」と真由は笑った。
「笑った顔可愛いね」
 真由は照れくさそうに下を向いてしまった。

 その日からだった。意外と真由と気が合うらしく良く本を貸したり借りたり…。

 自分のしてる事が間違いだともっと早く気づけば今みたいな関係にはならず、医師と患者で居れたのかもしれない…。

ある日の回診で。
「おはよう。体調はどう?」
「それなりに元気かな…」と微かに顔をほころばせながら応えた。
「そっそれは良かった。看護婦さんとはうまくいってる?」
「…まぁまぁ」
「へー」
「そっちこそがんばり過ぎるとまた倒れますよ」
「分かってるよ、ありがとう。あっそうだ…さっき看護婦さんからもらったんだ…」
 僕は白衣のポケットから二つキャンディを取り出し真由の柔らかい手にのせた。
「ありがとう…でも…」
「でも?」
「運動して無いから太るかなって」
「適度に糖分を取る事は大切だと思うよ」
「そうかな…」と笑んだ。
 決して僕は「そのやせ細った身体で糖分を取り過ぎたら糖尿病にはなれるかもしれないけど、太ったり何かはしないよ」とは冗談交じりだとしても、口が裂けても言えはしなかった。思いたくもなかった。思ってしまった自分を恥じた。それほど真由の病状は進み最初に会った頃に比べ更に真由は痩せて来ていた。
 僕は真由の点滴の量を調節していると「ねぇ、先生…」と真面目な顔をしていた。
「何?」
「私いつ死ぬのかな…?」
 僕はじっと真由の不安だらけの瞳を見つめながら言った。
「死なないよ」
「うん。…じゃ答えなくて良いからさ…」
「え?」
「ホントに答えなくて良いから」
「あぁ」
「私先生が好きです」
 少しの間静寂した。
「…俺は、キミを愛せるか…」
「良いの。ただ、私が先生を好きなだけだから気にしないで…」
 気にするだろ…。
 良い娘だとは思うし、気にはなってはいた。でも、遅かれ早かれ死ぬ娘を愛せるのかと自問自答を何回も何十回も繰り返し、決めたじゃないか…。

≪続く≫




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