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自分軸を貫くには「世界は愛で満ちている」と信じることが必要だった

最近「自分軸で生きよう」みたいなことを良く聞くようになった。

他人軸で生きると苦しいよ、自分軸で堂々と生きよう、みたいな。
すごく分かるし、私もそう思うんだけど、たまに疑問に思う所があった。

だってそんなわがままに生きられないし、そもそも他人の影響を受けて自分を意識しているわけだから、そんな自分だけを切り離せないよ!って感じだった。

「自分軸ってなんだろう?」って思った時に、何か憧れのモノや人とか他の人のオススメするものを選んだりとか、そういうのって他人軸になってるんじゃないかなって思ったんだよね。

でも調べたり考えたりして結局、自分軸って感情面で自分が「ワクワクする」とか「好きだなぁ」って思うこととか「あー心地良いな」って思うものを選んでいくってことなのかなって思った。

やっぱり嬉しくないもの、少しもウキウキしないものっていうのは、何か周りからの影響で「しなきゃいけない」とか「やらないと馬鹿にされる」とか無意識に考えて選んでたりする。

別にそのネガティブな選択を批判するわけではないし、嫉妬したり認められたいって言う気持ちがあったって言う事は認めてあげる。その上で自分がポジティブで暖かくて、心地よくて嬉しくて、ワクワクするようなことを選ぶのが大切かなって思った。

それで、本題なんだけど、自分軸で生きていく上で行動していくには、他者を信じるっていうのが必要になる気がする。

例えば、私が好きなことをしても大丈夫だとか、私の意見を発言してもわかってもらえるかもしれないとか。思い切って笑顔で話したり、声をかけたり、好きなことに時間を割いても、世界は私を愛しているし、私の価値は変わらない、みたいに。

そういうふうに周りとか世界のことを信頼していないと、わがままには生きることができない。「失敗しても大丈夫。手を出せばだれかが助けてくれるし、勇気を出した私を愛してくれる人が必ずいる」って。

自分軸で生きることって、自分のポジティブな感情に寄り添って選択することだけど、それをするには世界を信頼して、世界は愛に満ちていると言うこと、世界は私を愛することを待っているということを信じなければいけない。

そうやって信じていると堂々と生きていけるし、自信を持って自分の好きとかワクワクを優先していけると思う。

他者のことが怖い時は、外に出るのも嫌だし、何か話しかけたり話しかけられることも強くて苦手だった。でも、他者のことを信じていると、世界は愛で満ちていると信じていると、急に世界が変わったように気が楽になって行動しやすくなる。

人とすれ違う時も、電車で人がいっぱいいる時も、コンビニやスーパーで店員さんと会話する時も、パートナーと話す時も、みんなホントは愛で満ちているし、私を愛することを待っていると思うと、ウキウキしてきて、幸せな気分で自分軸の行動ができる。

よく「世界は私の内面を映している」とか「外側は内側の反映」みたいに言われるけど、その内側から考えると言うよりも、どうやって外側の世界を信じていけるかってのも大事だよね。

とはいえ「世界は愛で満ちている」なんて簡単に信じられない。でも実際にその状況が起きているところをみると、何度も思い出して愛を感じられると思う。

私はこの間、アンソニーロビンズのネットフリックスでやってるドキュメンタリーを見ていて、世界は愛で満ちていることを感じた。番組では、セミナーに参加した女性が、過去のトラウマを話した後、会場にいたものすごい数の人達が拍手をしてその女性を優しいまなざしで見ていた。手でハートを作ったり拍手をしたりして応援する姿を見ると「あ、この瞬間、この場所は愛しかない」と感じた。たぶん見てもらえると分かると思う。

世界は愛で満ちていて、私が勇気を出せば、必ず私を愛してくれると信じること。そうやって、外側を信じることが自分の中の事はセルフラブにつながっているのかなとも思う。

とにかく私は世界が愛で満ちていると信じているし、これからも信じていきたいと思う。

そうすることで私は、幸せな未来を作るための選択、つまり、自分軸でワクワクするものや好きなものを選んでいけると思う。

(内観とセルフワークのしすぎで指が腱鞘炎になって、文字が書けない打てない状態だったからGoogleドキュメントで音声を文字にしながらしゃべったけど、

口語体のほうが私らしいかも。ありがとう。)

読んでくれたあなたもありがとう。愛をこめて。


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