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持久系競技と筋力トレーニング

ロードバイクなどの持久系競技のトレーニングとして、筋力トレーニング(以下、筋トレ)は有効なのだろうかと、導入を迷われている声を聞く機会が多くなってきました。

否定的な意見を耳にすることもしばしばあります。「筋トレ」のイメージといえば筋肉を大きくする=体重が増えること。また、スクワットなどで重いバーベルを持ちあげられる能力が、一体ペダリングにどういう意味があるの?と思われるかもしれません。

研究においても、筋トレの持久系競技への効果はある、ないで意見が二分しています。そのため筋トレが「全ての人に効果がある」といった無責任な発言はできません。しかし、研究結果が二つに分かれているという事実は、裏を返せば効果があったパターンも半分はある、ということ。

そこで今回の記事では筋トレで得られる体の適応が、ロードバイクなどの持久系競技にとって、どういう意味を持っているのかを考えていこうと思います。

是非、最後まで読み進めてみてください。


1. この記事でお伝えしたいこと

筋トレと言えば強度設定や手法についてなど、話題のバリエーションは多岐にわたります。そのような情報を求め、この記事をお読みくださっている方も多いかもしれません。

しかし今回の記事は、特定の方法について詳しくお伝えする内容にはなっておりません。

この記事ではもう少し基礎的な、筋トレによって得られる体の適応が、持久系競技にもたらす意味について考えることを主眼としています。

具体的には、「筋線維の適応」と「神経系の適応」です。

筋線維の適応
日常生活では扱わないような重い重量物を扱うことで、筋線維に適応が生じます。筋線維一本一本が大きくなる「筋肥大」、収縮特性や持久性が変化する「筋線維タイプの変化」にスポットを当てていきます。

神経系の適応
大きな力を発揮したり、タイミングよく筋力を発揮するには、筋線維の収縮タイミングをコーディネートする必要があります。筋の収縮は神経による電気信号から開始されるので、神経系の適応と呼びます。この記事では「最大筋力の向上」と、「筋力を素早く立ち上げる(RFD)」という適応に注目します。



2. 筋線維の適応

◆筋線維の肥大
持久系競技への貢献:△

筋トレの効果としてはじめに思いつくものは、この筋肥大という適応でしょう。筋トレを行えば、多かれ少なかれ、筋線維は肥大する方向に進みます。しかし、筋肥大は持久系競技にとって必ずしも必要だとは言えず、ときにはネガティブに作用します。

たとえばパワーウエイトレシオがパフォーマンスに直結するヒルクライムでは、余計な体重は削減対象であり、筋肥大が敬遠されるケースが多いのではないでしょうか。

また体重という観点ではなく、持久力という観点でも、筋線維の肥大はややネガティブだと考えられます。

というのも、ロードバイクのような持久系競技では、筋線維は毛細血管との関係性が重要になってきます。持久力を高めるためには、「一本の毛細血管がカバーする筋線維の面積」が大事なポイント。

仮に一本の筋線維の周りに同じ数の毛細血管がある場合、小さい筋線維の方が持久的な場面では有利になります。

そして筋トレで筋線維が肥大したとしても、周りの毛細血管がそれに追随して増えるということは、どうやら起こりません。(参考1, 2)

よって筋線維が肥大するという適応は、持久系競技にとってあまり好ましい状況ではなさそうです。

ただ、筋トレをすれば簡単に筋線維が肥大するのかと言えば、そんなことはありません。週2-3回(もしくはそれ以上)筋トレを行った場合でも、一ヶ月でおおよそ3%の筋断面積の増加です。(参考3)

太ももの周径囲が50cmの場合、一ヶ月みっちり筋トレを行って51.5cm。見た目にも少し太くなった感じはあるでしょうが、劇的な変化とまでは言えません。

また持久系競技者の場合、持久系のトレーニングが筋肥大を抑える方向に作用すると考えられています。(参考4)

そのため、「筋トレで筋肉が太くなるのは困る」という思いは、確かに的を得ているのですが、そこまで過剰に気にしすぎることもないのかなと、個人的には感じています。

他の適応と天秤にかけながら、筋トレの効果を判断されることが懸命だとまとめておきます。


◆速筋線維タイプの変化
持久系競技への貢献:○

筋線維には遅筋と速筋があることをご存知だと思います。遅筋線維は持久力、速筋線維はダッシュが得意なイメージ。また遅筋線維は「タイプⅠ」、速筋線維は「タイプⅡ」と呼ばれたりもします。

速筋線維(タイプⅡ)はさらに細かく分類できて、ここではスプリント特化型の「タイプⅡX」、そこまでの能力はないものの、持久力にもある程度優れた「タイプⅡA」の二種類があるとお考えください。

筋トレによって、スプリント特化型「ⅡX」が持久力寄りの「ⅡA」へとタイプが移行する現象が見られます。(参考2)

そしてこのタイプ移行が、持久系競技のパフォーマンスにプラスに働くという論文が発表されています。(下図)

参考1

この研究ではパフォーマンスの検証として、45分パワーの測定が行われています。筋トレを実施したグループでは速筋線維のタイプ移行があり、かつ45分パワーの向上幅(+25w)も大きい結果となっています。

少し周辺情報を補っておくと、速筋線維タイプⅡXはその特性上、高いパワー帯で活動するような性質があります。(下図)

一方タイプⅡA線維は、もう少し早い段階から活動します。タイプⅡXからタイプⅡAにタイプが移行することで、より多くの筋線維を動員できるようになる、ということも持久力の向上に繋がると考えられます。

ちなみに筋トレとは離れますが、速筋線維から遅筋線維にという筋線維タイプの移行もあります。

実際、エリート~ナショナルクラスのサイクリストでは、競技歴が長いほど遅筋線維の割合が多いという報告があり、その結果からは一年で3.7%ほどの速筋線維が、遅筋線維へ移行していると捉えることもできます。(下図)

参考5



3. 神経系の適応

持久系競技への貢献:◎

大きなパワーを発揮しようとする場合、多くの筋線維をタイミングよく収縮させる必要があり、そのような統制のとれた筋収縮を行うことは、非常に難易度の高いものです。

それを体に覚え込ませるという意味合いが、筋トレにはあります。具体的には最大筋力の向上(持ち挙げられる重量の増加)や、筋力の立ち上げ(RFD)の向上などに現れます。

最大筋力はイメージしやすいと思いますので、先に筋力の立ち上げ(RFD)からご説明していきましょう。

ジャンプを行う場合をイメージしてみてください。ジャンプ前の姿勢をとったら、沈みこみは行わないで、ジャンプに向かいます。

このとき地面に力を加えられるのは、足が地面から離れるまでの短い時間だけ。どれだけ高くジャンプできるかは、限られた時間内にどれくらい大きな筋力発揮ができるか(筋力を立ち上げられるか)にかかっています。

続いて、ペダリングをイメージしてください。12時から4時の位置までペダルを踏みこみます。ケイデンスが90rpmなら、おおよそ0.2秒。大腿四頭筋(前もも)は、このペダリング範囲で最も活動しています。

ペダリングは連続動作ですが、各筋の活動をみていくと、ジャンプと同様に限られた時間内に筋力を立ち上げる必要があることが分かります。

もちろんペダリングでは最大筋力を発揮している訳ではありませんが、適切なタイミングで、必要な筋力を立ち上げるという意味合いにおいて、筋トレによる神経系の適応(RFDの向上)がプラスに作用すると考えられます。

実際に行われた研究では、筋力の立ち上げ(RFD)の向上と、最大有酸素パワー(MAP)の持続時間の向上に相関がみられています。(下図)

参考7

この論文ではRFDの向上が、狙ったポイントでペダルに効率よく力を伝えることを可能にし、消費する酸素の量が少なくなる=ペダリングの効率が上がったと考察されています。

続いては、最大筋力の向上です。

筋力の立ち上げ(RFD)を高めるためには、最大筋力の向上も必要になってくるので、RFDの土台とも言えるものです。

また、最大筋力が高められたということは、良きタイミングで多くの筋線維を収縮させられるようになったとも言えます。これは最大以下の筋力発揮においても、筋収縮の無駄打ちを減らし、最小限の筋線維の動員で、目的のパワーに到達できるということです。

これによって恩恵を受けるのが、血流です。

下の図は筋線維の収縮と血流の阻害をイメージしたもので、収縮している筋線維が多いほど、血流の阻害が広範囲に及ぶことを示しています。

最小限の筋線維の収縮で済めば、その分血流が阻害される毛細血管が減るため、酸素やエネルギー源の供給、老廃物の除去がスムーズに進みます。

また血流の阻害は、最大筋力の30%以上で顕著になるとされています(参考6)。

下の図は最大筋力の異なる二人の選手の、各ケイデンスでの最大筋力の30%ラインを引いてみたものです。

左の選手ではケイデンスが80rpm以降だと、300wを出すためには最大筋力発揮の30%ほどが必要です。一方で右の選手は最大筋力が高く、300wでもまだ最大筋力発揮の30%以下に抑えられています。

もし300wで両者が並走しているのなら、血流という観点から見た場合、右の選手が有利だと考えられます(もちろん最大筋力だけで全てを語ることはできませんので、一例として)。

最大筋力が高まることは、メンタル的な効果も期待できます。(参考8)

以上、筋トレによって得られる体の適応が、ロードバイクなどの持久系競技にとってどのような意味があるのか?を考えてみました。



おわりに

筋トレに限った話ではありませんが、全ての面においてプラスに働くトレーニングというものは、恐らくありません。

いくつかのプラスの面が考えられ、いくつかのマイナスの面が考えられます。今回の記事からは、筋トレは神経系の適応を優先して導けると、持久系競技にとってプラスに作用することが多いと言えるでしょう。

筋力トレーニングは奥が深く、やり方次第でどの適応が大きくなるのかは異なってきますので、是非様々な手法にチャレンジし、ご自身に合ったものを探してみてください。

この記事が、その実践の下地となってくれれば嬉しい限りです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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参考文献

  1. Aagaard, P. (2011). Effects of resistance training on endurance capacity and muscle fiber composition in young top-level cyclists. Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports, 21(6).

  2. Campos, G.(2002). Muscular adaptations in response to three different resistance-training regimens: Specificity of repetition maximum training zones. European Journal of Applied Physiology, 88(1–2), 50–60

  3. Wernbom, M.(2007). The influence of frequency, intensity, volume and mode of strength training on whole muscle cross-sectional area in humans. Sports Medicine, 37(3), 225–264.

  4. Lundberg, R.(2022). The Effects of Concurrent Aerobic and Strength Training on Muscle Fiber Hypertrophy: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports Medicine.

  5. Coyle, E. (1991). Physiological and biomechanical factors associated with elite endurance cycling performance. Medicine and Science in Sports and Exercise, 23(1), 93–107.

  6. Takaishi, T.(1996). Optimal pedaling rate estimated from neuromuscular fatigue for cyclists. Medicine & Science in Sports & Exercise Medincene, 28, 1492–1497.

  7. Sunde, A.(2010). Maximal strength training improves cycling economy in competitive cyclists. Journal of Strength and Conditioning Research, 24(8), 2157–2165.

  8. Rønnestad, B. (2011). Strength training improves 5-min all-out performance following 185min of cycling. Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports, 21(2), 250–259.

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