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毛細血管のトレーニング適応

髪の毛ほどの大きさである筋線維の周りに、それを更に数十分の一コンパクトにした大きさの毛細血管が張り巡らされている。

また体中の毛細血管を集めると、優に地球を2周するほどの長さになるとも言われています。

小さすぎてなかなかイメージしづらいものの、すごく大事な構造。

毛細血管が増えることは、トレーニングによる適応の一つとしても有名なところ。

今回の記事では、毛細血管とトレーニングの興味深い関係をお伝えしていきましょう。



毛細血管のサイズ感

まずはサイズ感から。

ご自身の太ももの筋肉に触れてみましょう。なかなか大きな塊です。

スーパーに売っているお肉だって、持てばドシっと重量を感じます。

しかしそんな筋肉は、髪の毛ほどの大きさの筋線維が幾千、幾万と束になってできている組織なのです。

そこでこの記事では何本かの筋線維と、その周りに張り巡らされている毛細血管にまでイメージを拡大してもらい、読み進めてもらうことにしましょう。(下図)

さて、この倍率にまで拡大した皆さんの太ももの筋肉に、一体どれくらいの毛細血管が張り巡らされているのでしょうか?

これは筋線維の束を断面図で見るのが分かりやすく、運動習慣がある人とない人の毛細血管の数の差は歴然です。(下図)

参考1

このように毛細血管の数と有酸素能力の関係は、非常に強いことが分かっています。

下の図はVO2maxを縦軸に、毛細血管の数を横軸にとって、様々な研究結果を並べたもので、おおよそ一直線の関係があることが伺えます。

参考2

図の横軸は、毛細血管の数を筋線維の数で割った値。1.0だと、どちらも同じ数だけある。3.0は、筋線維よりも毛細血管が3倍あるという意味。

このような関係は、毛細血管の数とFTP(1時間発揮できる最大パワー)にも見られます。(下図)

参考3

厳密にはクリティカルパワー(CP)と呼ばれる値。研究ではCPがFTPよりもやや高い値になるという検証がいくつかあるが、ここではそこまで厳密な定義は必要ないと考え、CP=FTPとしました。



毛細血管のトレーニング適応

毛細血管にまつわる体のトレーニング適応戦略は、大きく2つ挙げられます。

  1. 毛細血管の数を増やす

  2. 筋線維一本一本のサイズを小さくする

一つ目のパターンはイメージがしやすいものです。

毛細血管の数が増えれば、酸素やエネルギー源(糖質や脂質)などをより多く筋線維に届けられるようになって、有酸素能力は向上します。

しかし毛細血管を増やすにも限界はあって、アスリートでも一本の筋線維の周りには多くて8本が限度のようです。これが一つ目。

二つ目のパターンを理解してもらうには、少し説明が必要です。筋線維の大きさとの関係が大切になってきます。

筋肉の有酸素パワーを高めるためには、「一本の毛細血管がカバーする筋線維の面積」が大事なポイントであることが分かっています。

たとえば異なる大きさの筋線維に、毛細血管が二本づつ隣接しているとしましょう。

この場合、筋線維が小さいほど有酸素能力(持久力)は高くなります。

なぜかと言うと、筋線維は大きさに比例して酸素とエネルギーが必要になってきますが、酸素やエネルギーを供給する毛細血管の大きさは変化しません。

そのため筋線維が大きいと、毛細血管一本がまかなわなければならない酸素やエネルギーが多く、供給が間に合わなくなり、疲労しやすくなると考えられます。

よって筋線維サイズを小さくし、毛細血管一本分がカバーすべき量を減らすことが適応戦略となる訳です。

このようなパターンは高所(標高の高い山など)順応の際にも見られ、平地と高地生活者を比較すると、毛細血管数は同等で、筋線維サイズは高地生活者の方が小さいようです。(下図)

筋線維一本一本の発揮できるパワー自体は目減りしますが、酸素やエネルギー源の枯渇が起きにくく、疲労しにくいデザイン。これが二つ目。

このように大きく分けると二つの適応戦略が考えられ、トレーニングの強度や量の違いによって、これらの戦略の塩梅が変化します。

先行研究では、FTP(1時間維持できる最大パワー)の90%で行うスイートスポットトレーニング(SST)と30秒スプリントインターバルを3週間行った場合を比較したものがあります。

その結果、どちらのトレーニング後も毛細血管の数は増えているものの、SSTでは筋線維の横断面積がやや縮小していることが伺えます。(下図)

これは一つの研究にすぎず、毛細血管に対するトレーニングの効果を一般化するにはもっと沢山の研究が必要ではあります。

しかし、毛細血管とトレーニングの量と強度の関係性調べる研究はあまり盛んには行われていないようです。(川崎調べ)

そこでいくつかの論文や、高所順応の適応などの結果を踏まえ、私なりにではありますが以下のように一般化してみました。

参考4

ロングスローディスタンスのような低強度、高ボリュームのトレーニングでは毛細血管数が増え、筋線維サイズが小さくなる傾向にあって、

VO2maxなどの高強度、低ボリュームのトレーニングでは同じように毛細血管が増えるものの、高い発揮パワーを行うため筋線維のサイズは小さくならない。

SSTなどの乳酸閾値付近のトレーニングは、その中間といった具合です。

少ない裏付けから提起した内容ですが、現実との乖離はそこまでないと個人的には感じています。

上の図で一点補足しておくと、低強度かつボリュームが多くなるほど筋線維が縮小している点がネガティブに見えるかもしれません。

確かに筋線維一本が発揮できるパワーが目減りしてしまう点はネガティブですが、決してマイナス面だけではありません。

というのもトピックの途中で説明したように、筋線維が小さければ酸素やエネルギー源が枯渇しづらくなります。

よって毛細血管を増やし、筋線維をサイズダウンすることは、超持久的な状況ではかなり有利だと考えられます。

ちなみに様々な動物種の中でも、とりわけ有酸素能力が抜群に高いハチドリは、人に比べて筋線維サイズがかなり小さく、毛細血管が多いのが特徴です。(下図)

参考5

ハチドリは体重3gほどとかなり軽量ボディなため、絶対パワーはそこまで必要ではありません。

そこで筋線維サイズを極力小さくして、周りを豊富な毛細血管で囲むことで、目にもとまらぬ速度で羽ばたき続ける有酸素能力を獲得しているのでしょう。

ハチドリは極端な例ですが、どの程度のパワーが必要とされ、それがどの程度続くのか、その塩梅によって適応の戦略は異なってくることが分かります。

以上、毛細血管のトレーニング適応についてでした。

要点を簡単に整理しておきます。

  • 有酸素能力と毛細血管の数の関係性は強い

  • 毛細血管にまつわる体のトレーニング適応戦略は2つある

  • 一つ目は、毛細血管を増やす

  • 二つ目は、筋線維サイズを小さくする

  • トレーニングの量と強度によって、2つの戦略の塩梅が異なる



考察Tips:アスリートの筋肉

この記事の最後に、一流アスリートについての個人的な考察を一つご紹介して終えることにします。

まず始めに、ミトコンドリアについて触れておきます。

毛細血管を語る上では、ミトコンドリアの存在が欠かせません。

というのも酸素にしろエネルギー源にしろ、どちらも届けたい先は筋線維の中にあるミトコンドリア。

ミトコンドリアはその数と品質によって有酸素能力を決定づける訳ですが、一般的にはトレーニング量がミトコンドリアの数に、トレーニング強度がその品質に大きく関わっているとされています。

詳しくは下の記事を読んでみてください。

さきほどの図にミトコンドリアを付け加えると、トレーニングの適応は以下のようなイメージになります。

では、中心の話題である一流アスリートについて。

論文から伺えるプロサイクリストの筋線維は、毛細血管が豊富で、ミトコンドリアの数が多く、かつそのクオリティーも高い。そして筋線維サイズも大きい(脚の太さがそれを物語っている)。

つまり、有酸素パワーを高める要素を全て兼ね備えています。

この状態を達成するため、多種多様なトレーニングを何年にもわたって積み重ねていると考えると、リスペクトしかありません。

また、ワールドツアーチーム(トップカテゴリー)に所属する選手のうち、

  • トップクラス(レースでTop10を狙える選手)

  • 平均レベルの選手

を比較した研究では、トップクラスの選手の特徴として際立っていた点として、3時間3.0w/kgで巡行した後でも5分や20分の最大パワーの出力低下が少ないことが検証されています。(参考6)

つまりトップクラスになる程、一般的な持久能力(FTPパワー)に加えて、さらに長い超持久的な能力が必要であることが伺えます。

このような能力を獲得するには、高強度域のトレーニングに加えて、やはり長時間乗り込むことで得られる適応が必要になってくるのだろうなと感じます。

一流のロードレーサーは一発勝負のパワーだけではなく、超持久的な能力も兼ね備えている存在。

しばしば見かける、「FTPだけじゃロードレースでは勝てない」、「アマチュアでもプロ相応に高いパワーを発揮できる人はいる」という言説も、私は上記のような観点から納得しています。

改めて、リスペクト。

以上、個人的な考察でした。



おわりに

今回の記事は「KAWASAKI SUPPORT」の記事を購入くださった方からご質問を受けて、記事作成に着手しました。

少し曖昧だった部分を改めて整理し直すきっかを頂けたこと、感謝しています。

ミトコンドリアなど他の分野に比べて研究数が少ない印象はあるものの、毛細血管の適応は多くの方が注目されている内容かと思います。

今回の記事が皆さんにとって有益なものであれば嬉しい限りです。

皆さんの豊かなスポーツライフを応援しています。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。


参考文献

  1. Prior, M. (2004). What makes vessels grow with exercise training? Journal of Applied Physiology, 97, 1119–1128.

  2. Saltin, B.(1983). Skeletal Muscle Adaptability: Significance for Metabolism and Performance. Comprehensive Physiology, 555–631.

  3. Mitchell, E. (2018). Critical power is positively related to skeletal muscle capillarity and type i muscle fibers in endurance-trained individuals. Journal of Applied Physiology, 125(3), 737–745

  4. Cocks, M.(2013). Sprint interval and endurance training are equally effective in increasing muscle microvascular density and eNOS content in sedentary males. Journal of Physiology, 591(3), 641–656.

  5. Mathieu-Costello, O.(2002). Muscle structural Capacity for Oxygen Flux from Capillary to Fiber Mitochondria. Exerc. Sport Sci. Rev, 30(2), 80–84.

  6. van Erp, T.(2021). Maintaining power output with accumulating levels of work done is a key determinant for success in professional cycling. Medicine and Science in Sports and Exercise, 53(9), 1903–1910.

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