Crash on you

同じゼミの女の子四人と一緒に、大学の近くのカフェへ入る。私は麗と同じテーブルに、麗以外の三人は隣の少し広めのテーブルにそれぞれ分かれてお互いのテーブルをくっつけた。隣の席の三人は先にカウンターで購入したスイーツを綺麗に並べ、それぞれ写真を撮っている。
「侑杏ちゃんのケーキもちょっとこっちに向けてくれる?」

「二人とも一緒に写真撮ろうよ」
なんて言ってくるのを面倒だなあ、と思いつつも笑顔で頷く。SNSにアップするための準備時間が終わるとようやく落ち着いてそれぞれのスイーツを食べ始めた。私はショートケーキのフィルムを剥がして、上に乗っている苺を食べた。私は甘いものがそこまで好きじゃないのに、いつも周りの子に合わせて無難にケーキセットを頼んでしまう。フルーツの甘さは好きだけど、生クリームが苦手。反対に、麗は甘いものが好きなのに、いつもアイスコーヒーに砂糖を入れず飲んでいる。

ふう、と一息ついている間も隣の席三人のおしゃべりは止まらない。
波風の立たない学生生活のために、彼女たちとも親しいふりをしているけれど、彼女たちは私がピアスをいくつも開けていることすら知らないし、私から言うこともないんだろうな、と思う。

一人が恋愛話を始めると、その勢いは増していく。あんまりみんなの恋愛に興味はないけれど、とりあえず聞いているふりだけはちゃんとする。
前の彼氏と付き合っている時に告白してきたイケメンの話、デートでいつも高級ホテルに連れてってくれる社会人の彼氏の話、同じゼミの男の子が気になる話……。最後の子に至っては話題に出てくる男性が毎回変わっている。
みんなが話しているものが恋であるなら、私の恋は恋ではないのかもしれないな、と思う。あまりにも私の思う恋とみんなの恋は違いすぎる。恋をする相手はそう簡単に変わらないし、そもそも私には交際経験なんてない。

「二人は好きな人いないの?」

ついに私たちが話す番が来てしまった。目の前に座っている麗はアイスコーヒーを「ずぞぞ」と音をたてて飲み込んでいる。見た目が綺麗な子に少しだらしないところがあるのは欠点というよりも、その意外性から魅力的に思えてしまうのが少し悔しい。

私は「いるよ。中学の頃の同級生」とだけ言う。わざわざ「初恋」なんて言うと、必ずと言っていいほどみんなからピュアだね、可愛いね、などと言われるので、あえてそれは言わなかった。
「へえ、どんな人なの?」

社会人の彼氏がいる子が尋ねてきた。

「うーん、見た目は神田先輩に似てるかな」
「神田先輩!?じゃあ相当なイケメンだ」
「侑杏ちゃんもやっぱ見た目がいい男が好きか〜」

神田先輩は学科内のイケメンとして有名だ。ただ、外見の雰囲気は菖蒲くんに似ているのは事実だった。それでも、私は先輩のことをよく知らないし、好きだと思ったことはない。そもそも、見た目がいいからって、それだけの理由で菖蒲くんを好きなわけじゃない。それを彼女たちに言ったところで、いい気持ちになることはないので黙っておく。

「みーちゃんたち、次の授業席取りに行かなくていいの?」

これ以上何か言われるのは嫌だなあと思っていたところで、麗が助け舟を出してくれた。私も去年履修していたのでよく知っているが、彼女たちが受ける次の授業は受講者が多く、席を取れなければ立ち見で講義を聞くことになってしまう。
「あっほんとだ、麗ちゃんありがとう。私たち行かなきゃ」
「先行くね。侑杏ちゃんケーキまだ残ってるし、二人はまだゆっくりしてくよね」

「またね」 
急いで出る支度をして席を立つ三人に手を振った。

麗と二人きりになった。私たちは去年、同じゼミで親しくなった。お互いに履修する授業を揃えたりはしないけど、大勢でいるよりも二人きりの方が落ち着くので、授業や空きコマが重なると必ずと言っていいほど一緒にいる。

「ねえ、侑杏の好きな人の話、聞かせてよ」

二人で過ごす時間は多いくせに、お互いの恋愛話はこれまでしてこなかった。そもそも私は菖蒲くん以外の人に惚れたことがないし、麗も自身の恋愛について話すことはなかった。私はかなり麗のことが好きだと思う。麗は一緒にいて居心地がいいし、周りの空気を読むのが上手い。出会って一年半くらいしか経っていないけど、私は麗のことをかなり信頼している。きっと、麗もそうだと思う。長時間関わっても疲れない相手というのは貴重な存在だ。

これまでは引かれると思って話さないようにしていた私の恋の話を、馬鹿にするような人ではないことも知っている。麗になら話してもいいかな、と思ってミルクティーを一口飲む。

「私の好きな人は同級生の菖蒲くん、初恋の人なの」

店内は冷房が効いていて涼しいはずなのに、顔が熱くなっていくのがわかる。
「中学二年生の頃から今日までずっと好き」

 口にするのは初めてだった。恋愛話なんて、まともに聞いていないし、ましてや自分のことについて話したこともなくて、何を言えばいいか迷いながら麗を見る。

「そう。初恋の最中なのね、侑杏は」
「変、かな?」
「変なんてことない。菖蒲くんの、どんなところが好きなの?」
麗は、ほとんど水みたいな、コーヒーの入ったグラスの中の氷をストローでかき混ぜている。

「何を言っても引かないで聞いてくれる……?」

「引かないから、聞かせて?」
麗がふっ、と柔らかく笑ってそう言ってくれるのを聞いて、考える。
菖蒲くんの好きなところ。思い出を振り返りながら、彼を形容するのにふさわしい言葉を探す。

「菖蒲くんの鎖骨が好き、あの綺麗な窪みに水を貯めて少しずつ舐めたい。菖蒲くんの声が好き、少し掠れてて、そこまで低くないあの声で侑杏って呼んでほしい。菖蒲くんが私の名前を呼んでくれないところが好き。香迷、よりも侑杏の方が文字数が少ないのに、四文字かけて私のことを呼んでくれるの。菖蒲くんの手が好き。指が長くて骨と血管が浮き出ていて生きている感じがするから。菖蒲くんは頭がいいから好き。勉強ができるからいつも周りの人を見下していたけど、本当に賢くて努力家なの」
ここまで口にしてから正気に戻る。何が彼を形容するのにふさわしい言葉、なんだろうか。私はただ気持ち悪いカミングアウトしかしていない。
「……へえ、本当に好きなのね。その人こと」
麗は目を細めながらそう言った。
「ここまで話したのは麗が初めてだよ」
半分以上残っている、冷え切ったミルクティーを啜る。
「麗も、好きなひと、いるの?」
「……いるわよ」
麗は窓の外を見つめながらそう答えた。やはり、これまでは何も言ってくれなかったけどそういう相手が麗にもいるのだ。

二回もブリーチをしたとは思えないほど艶々として透明感のあるグレージュのロングヘアーが、彼女の体の動きに合わせて揺れた。麗は同い年なのに、年上のお姉さんのような空気を纏っている。
私たちは恋愛話をお互いにしていたわけじゃないけれど、会話の中で「元彼」や「昔の恋人」といったワードを麗が口にしていたことはあった。きっと、それなりに経験したことがあるのだろう。手を繋ぐとか、キスをするとか、恋のABCのその先とかも。

「あ……麗、ケーキ食べない?」
「侑杏、今日も上に乗ってる苺しか食べてないじゃない。まあ、ありがたく頂くけど」
麗はショートケーキにフォークを刺して一口分とは思えないほど大きい一欠片を掬う。それを口に運びながら少しだけ微笑む。見かけによらず一口が大きいところが素敵だと思った。

「私の好きなひとも、甘いものが苦手なのよ」
長い睫毛と目を伏せて、切なさを孕んだ美しい表情で、次の一口を取るためにケーキにフォークを刺している。麗がケーキを食べる一連の動作が美しくて、本当に魅力的な子だなあ、と思った。

「麗の好きなひとがどんなひとか気になるなあ」

「……じゃあ、ケーキのお礼に少しだけ教えてあげるわ」

ケーキを食べ切った麗ちゃんは紙ナプキンで丁寧に口の周りを拭いた。 「同い年で、ピアスの穴が五つ開いていて、私がプレゼントしたものをいつも使ってくれるひと」

カフェを出ると、さっきまで晴天だったはずが急な大雨に降られた。急に天気が変わるのって夏って感じがするなあ、と思いながら、二人とも傘を持っていないことに気付いた。大学の近くに麗の家があるから、「うちで雨宿りして行く?」と言ってくれた麗の優しさに甘えることにした。

カフェから少し歩いたところにあるコンビニで、お部屋にお邪魔する代わりに私がビニール傘を買う。
コンビニを出ると、雨のせいで透けた服なんか気にもしていない様子で、濡れた髪を掻き上げていた麗に傘を取られた。
「私が差すわ」
私たちの背丈はほとんど変わらない。女子の中では高い方だと思う。麗が差した傘の中に入る。麗の腕の向きから、気持ち少しだけ私の方に傘を傾けているのがわかる。気遣われているな、と思った。ぱちぱちぱち、と連続的に雨が傘に当たる音がする。

「相合傘なんて初めて」

思ったことをそのまま口にする。

「ふふ、侑杏の初めて貰っちゃった」
麗は冗談めかした風に、柔らかい声で言った。その表情があまりにも可愛らしくて、少しだけ、どきりとした。
それから何も言えなくなってしまった私は雨音を聞きながら、麗の歩幅に合わせて彼女の部屋まで歩いた。

玄関から見える麗の部屋は白い家具に水色のカーテンや青い蝶々のライトなど、空みたいな色合いで綺麗にまとめられていた。綺麗な子って見た目だけじゃなくて、生活環境からすでに綺麗なんだと感心した。私もこうあってみたい。
「タオル持ってくるね。あ、シャワー浴びる?部屋着貸すよ」
私を雨から守るように傘を傾けていた麗は、私よりもびしょびしょだった。
「悪いよ。麗の方が濡れているのに」
「ええ、これくらい平気よ。それとも、一緒に入る?」
麗が艶やかな表情で囁いてくる。アイシャドウのラメと睫毛についた水滴がきらりと光った。うつくしいって、こういう時に使うべきなのだろう。
「それは恥ずかしいな」
雨に濡れた髪を耳にかけながら返事をすると、私がつけていた大ぶりのシルバーピアスがかちゃり、と鳴った。
「やっぱり一緒に入ろう、そうすれば二人とも一緒に体を温められるわ」
「えっ」と言う間に麗に腕を取られた。雫で廊下が濡れるのもお構い無しに、私はそのままバスルームの前まで連れていかれた。

ぺったりと、私の肌が透けているフリルブラウスの、胸元のボタンに麗の手が触れる。麗との距離が途端に近づき、爽やかな甘い香りが鼻腔に広がった。これは、麗のお気に入りの香水の一つシャネルの「チャンス・オー・タンドゥル」の香りだ。雨が降った時特有の匂いと混ざっても不快じゃない。むしろ、甘さが広がったような気さえして頭がクラクラした。
私のブラウスのボタンを外し終えた麗が顔を上げ、私と目を合わせた。麗の黒い瞳は潤んでいる。

「ごめん、侑杏……」
もう少し早く、気付くべきだった。もしかしたら、私は間違った選択をしたのかも知れない、と今になって気付くがもう遅い。
麗の吐息が近づいてくる。私は身体を動かすことができなかった。
次の瞬間、麗の唇が私の唇に重なった。いま、私は人生で初めてキスをしている。
三秒くらい経って、ぬるりと滑り込む舌を受け入れた。呼吸の仕方がわからなくなる。角度が変わるたびに少しずつ空気を取り込んで、必死で脳に酸素を送る。初めてのキスはレモンの味がするんじゃないの、なんてばかなことを考えていないと、本当におかしくなりそうだった。こんな時にも菖蒲くんの顔が浮かぶ。私は何をしているんだろう。菖蒲くんに対して罪悪感を抱いていると少し泣けた。

麗が好きなひとについて、「同い年で、ピアスの穴が五つ開いていて、私がプレゼントしたものをいつも使ってくれるひと」と言っていたことを思い出す。私は自分のことを心底ばかだなあ、と思った。
私は麗と同い年で、両耳のロブにそれぞれ二つずつと左のヘリックス、合わせて五つのピアスを開けていて、バラの石鹸のような香りがとても好きで、  麗がくれたクロエの香水を毎日使っている。

麗は唇を離すと私の耳を指でなぞった。なんとも言えない感覚にぶるり、と身体が震えた。

「麗の好きなひとって、私だったんだね」と泣いて麗を突き放すことができたらよかった。それなのに、実際の私はさっきのことがまだ現実だと受け入れられなくて呆然としたままだ。
「風ひいちゃうから、シャワー浴びようか」
何も言えないままバスルームに入り、麗と一緒に温かいシャワーを浴びた。

シャワーを浴びて、麗の服を借りた。身体からも、髪からも麗と同じ香りがする。
 「そこに座って」と麗はベッドを指差した。

麗の言う通りベッドに座ると、肩をトン、と押され後ろに倒れる。麗が私に覆いかぶさるようにして私の両腕を抑えた。私は今、柔らかいマットレスに押し付けられている。

「ずっと片思いしてた、なんて言っていたけど、寂しかったんじゃないの。本当は」
 私がいつ寂しそうにしていたのだろうか。自覚していないだけで、本当は寂しかったのだろうか。誰かの体温を直接感じたいなんて、思っていたのだろうか。
「わかんない」
「私は侑杏のことが好きよ」
そんなこと、言われなくても十分伝わった。私のことが「好き」だから、麗は自分のしたいように私に触れて、キスをしたんだ。

きっと、この世界に麗と二人きりだったなら、それなりに幸せに、お互いのことを愛して生きていけるのかもしれない。麗のことを他の人より好きな自覚はある。
それでも、私は菖蒲くんのいる世界で生きている。菖蒲くんのいる世界で、菖蒲くん以外を愛することはできない。
麗は、私とキスをしたり、セックスをしたりすれば、私の心を菖蒲くんから奪えるとでも思ったのだろうか。
麗の潤んだ瞳に、どこか遠くを見つめているような自分の顔が映った。麗の涙が落ちて私の頬を滑っていく。泣きたいのはこっちだ。仲のいい友人に襲われて、奪われたのだ。菖蒲くんに奪ってもらいたかった「初めて」を。
麗の涙を止めたくて、掛ける言葉を探す。
「麗にどんなことをされても、私は麗のこと、きっとずっと好きだよ」
 きっと、私がこの部屋を出る頃には私たちの関係は今すぐ元どおり、なんてことにはならないかもしれない。それでも、これは本心だった。私が麗を嫌うことはない。

「それでも、やっぱり私は菖蒲くんをあいしてる」
麗は私に覆い被さる態勢から身体を動かして私の横に並び、私と同じようにベッドに体を預けた。もう、強引に何かをされることはないだろう。
「菖蒲くんに恋人がいても?恋人がいなかったとしても、必ず侑杏の気持ちに応えてくれるとは限らないじゃない」
麗は涙を拭いてそう言った。私もごろん、と身体を横にして麗と向かい合う。
「うん。菖蒲くんに相手がいても、私を選ばなかったとしても、だよ」
「それにもう、麗とこんなことして、私は素直に純情ですなんて言えなくなっちゃったし、きっと菖蒲くんだって、誰かともう……」

この先はあまり考えたくなかった。思考を止めるために手を伸ばして、麗の頬に触れる。麗の顔の輪郭を指でなぞり、そのまま唇に指をあてる。何も言わないでほしかった。麗が私にひどいことをしたように、この瞬間も私は麗を傷つけているのだろう。

「……ほんとうに、初めて?」
麗が私の手を退ける。
「何が?」
「こうやって、誰かに触れたり、触れられたりするの」
「初めてだよ。菖蒲くんに奪って欲しかったはじめて、ほとんど麗に奪われちゃった」

全部ではないけれど、と思って微笑みながらそう返す。少し、意地悪を言ってしまったかもしれない。麗は少し顔を歪ませた。
この子はまた泣くのだろうか。短い時間で麗の印象が変わった。普段は大人っぽく振舞っているけれど、きっと素は甘えたがりの可愛らしい子なのだろう。
べつに、謝ってほしいわけじゃない。麗は私が好きな人に対してやりたかったけどできなかったことを、自分の思うままにやり切った。そして私はそれに絆されてしまった。案外ちょろい女だったのかなあ、私って。
「私って軽薄な女かな」
「……そんなことないわ、むしろ、重すぎるわよ。好きな人に対する気持ち」
「重すぎる、かあ」
確かに、私はずっと思い続けるばかりで行動してこなかった。片思い六年目、菖蒲くんはそもそも私が菖蒲くんに恋をしていることすら知らない。ずっと独り善がりの恋だった。

「恋愛の期限って三年間らしいわよ」
天井を見つめて麗が言った。
「三年かあ。私は菖蒲くんを好きになって六年目だけど」
「それって、本当に恋愛感情なの?」
「どういうこと?」
「執着とか、恋とは別の何かかも」
「……紛れもなく恋だよ。私は恋愛の期限を更新し続けているの。毎日制服を着ていた頃の菖蒲くんを思い出して、その度に彼を恋しく思っているの」
これを恋ではないと言うなら、私は六年もの間何によって生かされていたと言うのだろうか。
「菖蒲くんがあの頃と変わってしまっても、その変化ごと私は好きになりたいよ」
「そう。本当に、どうしようもなく一途なのね」
「一途な自信はあるね。みんなコロコロ違う人と恋愛ができてすごいなあ、と思う。それが悪いことだとは思わないけど」
少し意識して、いつもみたいに明るい調子で言う。 

「そういうところが好きよ」
ああ、また泣かせてしまった。麗の右手を左手でぎゅっと握る。
「侑杏の隣は息がしやすいの」
「私も、麗の隣にいると息がしやすいよ」
侑杏のおかげで、私も誰かに想ってもらえることを知れた。
「そういう意味では相思相愛なのね、私たち」
「そうだね」と笑う。

「私はまだ侑杏のことが恋愛的な意味で好きな気持ちを消せる気がしないわ」
正直なところが麗らしいな、と思った。
「うん」
「それでも侑杏と一緒にいたい」
「いいよ。今日のこと、麗の気持ちも全部私たちだけの秘密。麗が辛くなったら、無理して私と一緒にいなくてもいいからね」
「わかった。お願い、今日だけは一緒にいてくれないかしら」
「友達として、でいいなら」
「勢いよく起き上がった麗に手を引っ張られ、私も上半身を起こした。

「友達として侑杏の恋を応援したいから、神田先輩似の菖蒲くんのこと、もっと聞かせて」
「流石に切り替え早くない?こっちが心配になるよ」
「告白もしたことない侑杏は知らないと思うけど、こうもすっぱり玉砕しちゃったら、あとはもう好きな人の幸せを願うほかないのよ。大好きな友達にこれ以上片思い拗らせて欲しくないし」
「はは、確かに。私って拗らせてたのか」
「無自覚が一番怖いのよ」

いつの間にか雨は上がって、カーテンの隙間から夕陽が射していた。
ずっと菖蒲くんを思ってばかりいた心が、身体の外に飛び出してしまうみたいに胸が高鳴っているのがわかった。
この感じは久しぶりだった。好きな人のことを考えているとき、好きな人と会っているとき、好きな人の話を誰かにするとき、どんなときも私たちは確かに恋をしている。きっと、誰もがそうなのだ。
「私たち髪もきちんと乾かさないで話し込んじゃったわね」と、麗が柔らかく笑みを浮かべた。
夕陽が麗のグレージュの髪を照らして、うっすらと金色に光って見えた。やっぱり麗はうつくしい。泣きすぎて目の周りが赤く腫れていても、いつもさらさらしていたはずの髪が生乾きでボサボサになっても、うつくしくて愛おしいこの子との今日を、私はいつまでも憶えていたい。

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