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新耐震基準の制定きっかけ、1978年宮城沖地震

あじさいが学生時代にバイトしていたお店の方で仙台ご出身の方から聞いたことがある、1978年6月12日に発生した宮城県沖地震。その方は当時2~3歳くらいだったといいますが、それでも鮮明に地震のことを覚えているということでした。

そんなに小さなときでも大きなインパクトを残した地震。
小さいころの地震の記憶はずっと残るんだと思った記憶があります。

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今回は1978年に発生した宮城県沖地震について、お伝えします。
この地震、実はおうちを借りる方なら聞いたことがある「新耐震基準」に関わる地震です。

こちらに書いたnoteでお伝えした地震の1つですね。


1978年に発生した宮城県沖地震

なぜ、1978年って頭に書くのか……。実は、この周辺はたくさん地震が発生しているためです。この地震の33年後に発生したのが、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)。

地震の概要はこちらから

昭和53年(1978年)6月12日,17時14分,マグニチュード7.4(震度5)の地震が仙台市を襲いました。気象庁により「1978年宮城県沖地震」と命名されたこの地震では,現在の仙台市域(旧泉市・旧宮城町・旧秋保町の区域を含む。)で、死者16人,重軽傷者10,119人,住家の全半壊が4,385戸,一部損壊が86,010戸という多大な被害が生じました。この地震は,当時の人口50万人以上の都市が初めて経験した都市型地震の典型といわれました。
出典:仙台市WEBサイトより


この地震では、震度5強のゆれで多数の住宅の全半壊と一部損壊が発生しました。当時の建築基準法では、「震度5強の揺れに対して建築物が倒壊しない」という決まりが使われていました。「倒壊しない」は建物が倒れないというものであり、被害が出てはいけないというものではありません。


この地震を受けて新耐震基準が制定された

これを教訓として生まれた新耐震基準では、新たに震度6強以上の大規模地震で建物が倒壊・崩壊しないことの検証を実施することが法律で定められました。これが、1981年から使われている「新耐震基準」というものです。
つまり、建物に求められる強度が大きくなりました。
(細かいお話、設計を2段階でとか色々ありますが、ここだけ知っておくといいと思います。)
家を借りることを考えるとき、この基準を確認される方が多いと思います。


新旧耐震

(細かく言うと、1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物が新耐震基準に従っています。上記は分かりやすく1982年で区切っています。念のため。)


震度5強の揺れ......というと、今年の2月13日に福島県沖で発生した地震で、仙台市内で観測された揺れの大きさと同じ程度です。今は、新耐震基準の家であれば地震による被害がかなり少なくなっていることから、やはり耐震基準が変わったことによる効果があったと言えます。

その他の被害について

この地震は夕方5時過ぎに発生しましたが、火災による被害が少なかったと言われています。事前に被害想定をしていたようですが、それよりも小さかったと言います。

この理由として、
・地震が来たらまず火の始末という意識が市民に定着していたこと
・8分前に震度2の前震があり,火を消した家庭が多かったこと
だったと言われています。

また、被害者16名のうち、11名はブロック塀の倒壊による被害でした。
地震発生後は、ブロック塀から離れること!これが大切です。
2018年に発生した大阪北部地震でも被害が出ており、なんとも残念です。

地震が発生したら、くれぐれもブロック塀から離れてください。

最後までご覧いただきありがとうございました!
TOP画は先日、地震直後に出張した仙台駅の模様です。
(仙台で撮った写真がこの1枚でした。)

あじさい

参考:仙台市WEBサイト 1978年宮城県沖地震

追伸

三度、Congrationsが届きました!
初めてのトロフィー画像です。いつも、ご覧いただき本当にありがとうございます!本日、試験も無事に終わったので更新頻度を増やせれば......と思います。

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