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10万杯目の奇跡【ショートショート】【#145】

 想像してみたことあるかい? 君が今飲んでいるそのコーヒーは、この喫茶店で何杯目に飲まれたコーヒーなんだろうかって。
 ……いやそうだよね。普通そんなこと想像しないと思う。でもさ、これがやってみると結構面白いものなんだよ。ちょっとだけでいいから聞いてみてよ。

 例えば、この店に1日に何人くらいお客さんが来ると思う? 4人掛けのテーブルが5つとカウンターだから、席は全部で30席くらいかな。それが2回転すれば60人くらい。――あ、回転ってのはね、席を全部使ったら1回転、つまり30人来たら1回転って数えるんだよ。60人くれば2回転。
 それで……1日の来店数が60人として、ここは木曜が休みだし、臨時休業もちょこちょこあったとして、月に25日は営業したとしようか。そうすると60人×25日でひと月に1500杯のコーヒーが出るってわけさ。

 ――ん? いや、それはもちろんそうだよ。全員がコーヒーを頼んだとしてって話ではある。まあでも1杯も飲まない人もいれば、2杯飲む人もいるだろうから、こういうのは大雑把に考えても意外と近いところまでいくもんなんだよ。それで……、ひと月あたり1500杯だから1年だと18000杯はコーヒーが提供されたって計算になるわけ。――ここまではいいかな? 

 さて、じゃあちなみにさ、ここの喫茶店っていつできたか知ってる? ――だよね。いやこれは僕もついさっき知ったんだけどね。ほら、これ。これ見てよ。このおしぼり置き。「平成27年11月15日 祝・開店」って入ってる。多分、この店が開店したときに記念品で作ったのか、作ってもらったのか……とにかく、今日が令和3年5月1日だから、さかのぼること今から5年6か月と、……あと16日前に開店したってわけ。すごく昔からあるってわけじゃないけど、喫茶店は2年で半分は閉店しちゃうらしいから、5年もやっていれば十分立派だね。

 ――え? 私数字弱いから、もうそういう話はいい……? いやいやごめんちょっと複雑になりすぎちゃったけど、もう結論だから大丈夫。つまりさ、俺が言いたいのはね、これを計算すると、まさに今日、この喫茶店で提供されるコーヒーの中に、この喫茶店で提供される『10万杯目の1杯』が含まれている可能性があるってことなんだよ。そう、つまり今、まさに君が飲んでいるその1杯が記念すべき10万杯目かもしれないのさ。

 どう結構すごくない? 10万杯目だよ? これってすっごく神秘的なことだし、そんな10万杯目を飲んでるところで出会った男性ってある意味、奇跡みたいなもんじゃない? ちょっと後光がさしてくるっていうか、あれこれ運命の出会いかな? みたいな感じだよね。人生変わっちゃうよねこれ。だって10万杯目なんだから。確率にして10万分の1だよ、10万分の1。
 ほら、「出会いは10万杯目のコーヒーがつないだ縁でした」なんて結婚式で司会が読み上げてさ、なにそれ超ロマンティックー! って会場がどよめくところが想像できるでしょ。いやーほんとこれほんとキリスト様もビックリだと思うよ。あ、別にキリスト教徒じゃないよね?

 ……だからさ。せっかくそんな記念すべき日に、こうして喫茶店でたまたま男女が隣同士になったわけで、これは何かの啓示だと思うわけ。だから――ちょっとこれから2人だけでどっか出かけようよ。俺、おいしいランチの店いろいろ知ってるよ? いやもちろん俺がおごるからさー、別にいいでしょ減るもんじゃないし。ちょっとその10万杯目の奇跡を俺にもおすそ分けして欲しいわけ……。

 ――っておーい? え、なに? 出てっちゃうの? あれもしかして忙しかった? いやいやコーヒー代くらい俺に出させてよ。え、結構です? そんな、つれないなぁ……いやいや、近寄らないでナンパ野郎ってそれはちょっとヒドイじゃないか。俺だって君の10万杯目を一緒に祝いたくってこうして頑張ってめんどくさい計算したんだから、ちょっとぐらいその労に報いてくれてもいいじゃないか……



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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)