見出し画像

今日の仕事はなんだろう【ショートショート】【#171】

「うわ……熱くないですか」
 衛生のために設けられているビニールのカーテンをくぐり、一歩場内に立ち入ると、熱された蒸気が穴と言う穴を狙ってこちらに襲いかかってきた。
「まあ熱いのは仕方がない。そういう状況じゃないとうまいこと整形できないからな」
「今日はなんですか? さすがに鋼鉄の流しこみとかそういうわけじゃないですよね?」
「そんな軽口を叩けるようになってきたなんて、お前も慣れてきたもんだな。順番に工程を説明してやるから当ててみろよ」
 帽子を直しながら上司の男は言った。
「受けて立ちましょう」
 つられて部下も帽子を直す。そして上司に率いられて向かった先は、何段かの階段を上った先。そこから眼下に置かれた大きなナベを覗き込めるようになっていた。
「工程の1番目はここから開始で、適宜ここに材料を流しこむんだ。そして見ればわかるようにドロドロに溶かすってわけだ。これがあるからこの工場内はいつでも熱いのさ。さあ何かわかるかな? 今、当てれば50点だ」
 ナベの中には黒くて粘性のある液体がゆるやかに流れていた。上から見ているだけではよくわからないが、真っ黒というわけではなく多少透明度があるように見えた。
「あーわかりましたよ。この感じ。さては寒天じゃないですか? もしくは羊羹とか」
「目の着けどころは悪くない。だが不正解。ボッシュートだ。次の工程行くからついてこい」
 上司は、手元のバインダーに目を落としながら先を歩く。
「いや不正解はともかくボッシュートってなんですか……」
「最近の若者はモノを知らんな。グーグルに聞けグーグルに」
 丸投げされた回答に生返事をかえしつつ、上司に遅れないように狭い通路を進む。すぐにまた階段を下り、次はろうと状になった場所にその謎の黒い液体が流れ込んでいた。さきほどの場所に比べたら幾分熱さがましになったような気がした。
「これが第2工程だ。ここで行われているのは味のチェックと微調整だな。主に入れるのはこれだ。なめてみろ」
 差し出されたのは白い粉だった。手袋とマスクを外し、指先をその粉にすこし触れさせる。ついた粉をこぼさないよう注意しながら口に運ぶ。――甘い。砂糖だ。
「そう、砂糖。まあ厳密には合成甘味料的か何からしいけれど、まあ調味料を加えて味を調節するわけだ。その日の湿度などによって加減が違ってしまうため、職人が手作業で行っている。さあどうだ? この辺でわかってきたか?」
 黒くて、甘いもの……寒天状とまでくれば、思い当たるものはそう多くない。
「わかりました。これでファイナルアンサーです」
「なんだよファイナルアンサーって……普通に答えろよ」
「え、だってお約束じゃないですか……」
「若い子は知らねぇんだよ」
「そんなこと言ったら『ボッシュート』だって……」
「――あん? 答える気ねぇのか?」
「ありますよ! ずばりコーヒーゼリーですよね! あとこれを容器に詰めこんでお終いですよね!」上司はにやりと微笑んで答える。
「残念ながら不正解。泥まみれです!」
「いやもう何の番組だかわかんないから……」
「はい、次の工程いくぞ。というかこの最後の工程を手伝ってもらうために今日呼んだんだからな」
 そう言って上司が奥に向かって歩いていくと、明らかに寒くなってきていた。ナベのまわりがかなり熱くなっているので気がつかなかったが工場の全体はかなり低い温度になっており、全体の帳尻を取っているようだった。気がつくと息がわずかに白くなっていた。
「なんなんですかここ。俺、一体何をやらされるんですか?」
「あーこっちだ。ほらみんな居るだろ。この並びに入ってもらえばいいから」
 そこには前方から先ほどの黒い粘性の高い液体がベルトコンベアーで流れてきていた。そのコンベアーを取り囲むように数十人の人が構えており、みな一様に帽子マスクメガネ手袋をつけている。そしてその流れてきた黒い液体に手を差し伸べたかと思えば、一生懸命それを手のひらでこねくり回していた。外気によって冷やされたせいか液体はかなり固まってきているようで、それを1センチにも満たない程度の少量づつ手に取り小さく丸めて、横に置かれたバットに並べているようだ。
「それで――、俺もこれを丸めればいいんですね。まあそれはわかりました。でも結局なんなんですか、これ?」
「まだわかんねぇのか。最後に一回くらい回答しとくか? はい部下さん早かった! どうぞお答えください!」
「えぇぇ……何も押してないし。最後までそのノリなんですね。まあいいですけど。えーーっとじゃあ、そうですね。丸くて黒くて柔らかい。これはタピオカ! タピオカじゃないですか?」
 上司はそう答えた部下をにらみつけ、しばし何も答えなかった。場内には流れるコンベアーの音と、黒い粘性の液体を丸く整形するニリニリとしたねばついた音だけが響いていた。
 沈黙に耐えられなくなったその瞬間。上司は動いた。これでもかとばかりに大きく口を開け、勢いよくその両腕を首の前でクロスさせる。勢いに部下は圧倒されるが、そのジェスチャーが意味しているのが不正解であるということは言葉にしなくとも伝わってきた。
「不正解!! 正解は――『小豆』でした! 今はね、こうして合成物質を丸めてそれっぽい形にして販売してるんです。色ももう少し温度が下がると赤みを帯びてきてかなり小豆っぽくなるんだけどね……。まだまだだね。残念!」
 上司のそう言ったのと同時に部下の頭上からどこからともなく大量の水が落ちてきた。



#ショートショート #クイズ #小説 #掌編小説 #工場 #作業員 #ライン

「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)