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魔王城の『呪い』の物語【ショートショート】【#122】

「貴様の寿命はあと3年だ! これまでの行いを悔いながら残り少ない年月を生きるがいい」

 今日も向かってきた冒険者に対して、私は必殺の『呪い』を繰り出した。どうやら名の知れた猛者だったらしいが、私の呪いはどんなものにも等しくその効果を発揮する。急激に寿命が縮まったショックで、すごすごと逃げ帰っていく男を横目に、私は己の能力を自画自賛する。
 これまでこの魔王城に来た冒険者は数知れない。だが、どいつもこいつも考えているのは自分の都合だけだ。世の中には「絶対悪」など存在せず、立場が違うだけなのだ……そんな簡単なことも理解できずに、ただおだてられるままに私を討伐に来た者たちには哀れみすら感じる。本来ならその場で命をとることも容易い。しかし私は毎回、情けをかけるつもりで呪いをかける。お前にも猶予をやる、3年間己を見直すがいい。そういった親心のような気持ちで呪いをかけ、世間にその恐ろしさを知らしめることで魔王城を長きにわたり守ってきた。


 そんな魔王城に冒険者らしからぬ背格好の男がやってきたのは、夏も終わりがけのころだった。

「……あの、魔王様でいらっしゃいますでしょうか?」

「いかにも。私が魔王だ。貴様もまた私を討伐しようというのか? もしくは何かしらの見返りを出して、懐柔でもしようというのか? 下手なことを言うとお前も呪いにかけられることになるぞ!」

「あ、いえ違うのであります! ……その懐柔というかですね、魔王様にお願いがあるのです」

「願いとな?」

「そうです。その通りでございます。あのですね……私に『呪い』をかけてもらえないでしょうか?」

「お前自身に……呪いをかけるだと? わかっておるのか? 呪いをかけられたら3年で必ず死ぬのだぞ!」

「……いやはい、存じております。お恥ずかしい話なのですが、私などは一度死んだ方がよいのです。女房の稼ぎにたかって、博打か酒浸りの日々でして……。自分で働いたのはいったいいつの話だか。挙句にこの前は、たしなめてくれた女房を殴っちまいましてね。『いい加減酒やめて働け!』って言われたときに、カッとなってしまいまして……あいつは俺のことを思って酒やめろって言ってくれているのに、まことに情けない……」

 最初は淡々と話していたが、だんだん思いが抑えきれなくなったのだろう。途中から涙が流れ出し、一向に止まる気配がない。持参したハンカチで目元をおさえているが、くしゃくしゃになったその小さなハンカチではとても間に合っていなかった。

「しかし……その死ぬことはないのではないか? 女房だって、おそらく心からは死んでくれとまでは思っていないだろう?」

「いや、もちろん本心はわかりませんけれど、それくらい怒っているのは間違いありません。それに、――呪いをかけて欲しいというのは、どちらかといいますと、私自身のためのケジメなんです。何もなくここで『明日からは心を入れ替える』と宣言しても、きっとダメなんです。また数日後には酒におぼれてしまうでしょう。だからこそ……ケジメとして、私に『呪い』をかけて欲しいのです。3年たって死ぬときには後悔するかもしれません。でも今、何もせずにまた酒浸りに戻ってしまったら、私はこれから一生後悔し続けるんです。魔王様、後生ですから……私に呪いをおかけください」

 床に突っ伏し、泣き続ける男の言葉は心から出ているものなのだろう。これまで人間を苦しめるためだけに使ってきた呪いだが、ダメな男が立ち直るために使うのであればそれもまた呪いの使いかたとしてアリなのだろう。そう思い魔王は言った。

「……よし、いいだろう。お前に呪いを使ってやる。明日からお前の寿命はきっかり3年だ。限られた寿命であることを心に刻み、善行に励んで生きてゆくのだぞ! いいな!」

「はは~! ありがとうございます~!」

 その男に無事呪いをかけ、心身共に生まれ変わるための支度金として多少の金品も与えて解き放った。長いこと生きているといろんなことがあるものだ。最初は少し驚いたが、そういった新鮮な体験は楽しいものだ。そんな浮ついた気持ちでしばらく過ごすことしばし。森の木は少しづつ赤や黄色に色づいてきていた。


 その日、目を覚ますと城の外には列ができていた。
 またも人間どもが大挙して私を退治しにやってきたのかと思い身構える。人間が何人よせ集まったところで私の相手になどならない。まとめて相手をしてくれる。私は勢いよく城門を開き、外に並んだ人間どもを一斉に広間に招き入れた。

 そうして広間に集まってきた人間どもは我先にと口を開いた。

「お願いします~。呪いをかけてください!!」
「夫に呪いをお願いします」
「兄に呪いを……」

「ちょっと……ちょっとまて! お前たち私を退治しにきたのではないのか?」

 私の疑問に答えようと、またも全員でいっぺんにしゃべろうとするので何を言っているのかわからない。ちっとも要領を得ないため、私は代表者として1人を指名し、まずはそいつに事情を聴くことにした。

「私たちはあなたを退治しにきたわけではありません。みな、誰かに呪いをかけてほしくてきたのです。実は……、先日あなた様が呪いをかけた男がおりますでしょう。あの男は酒浸りでちっとも働かず、ヒドイ男だ妻がかわいそうだと有名なダメ男だったのです。――それが呪いにかけられたら、これがもう! 別人のようになってしゃんと働いていまして、『俺はもう3年しか生きられない。酒飲んでる暇なんてない。限られた時間で妻を大切にしたい』と本当に生まれ変わったようなのです。あんまり大きな声では言えませんけれど、前にここに来た冒険者の男もですね……あまり素行のいい人ではなかったので、腑抜けのようになって、これはこれで、なんて言われておりまして……」

「……あーえっと、ちょっと待て。……呪いをかけるってその――お前ら自身が呪いにかかりたいというわけではないのだろう? いきなり本人の同意もなく呪いにかけてしまうってのは、いくらなんでも悪逆がすぎるのではないかと……」

「それでしたら本人を連れてきますから!」
「明日にも!」
「引っ張ってでも連れてきます!」

 口々に叫びだした群衆に、「とりあえず明日、本人を連れてこい」と告げて、私は逃げるように控室に下がった。いったい何がどうなっているのだ。しかし困惑しながらも時はたつ。――翌日、城門の前には、昨日の倍はあろうかという長蛇の列ができていた。

 仕方がないので順番に話を聞くと、どいつもこいつも確かにヒドイ。働かない、酒浸り、女遊びが……くらいは可愛いもので、金を使い込み殴る蹴るも日常茶飯事。そんなやつらばかりだった。
 だからと言って、誰もかれもに呪いをかけるわけにはいかない。呪いを乱用したところで、本人にその気がなければ逆効果だ。1人1人話を聞き、言い分を聞き、そのうえで一緒になって解決策を探る。どうしてもダメなら、その時は呪いをかけるぞ、と脅しをかける。月に1回面談日を作り、家族ともども素行調査を行い、面倒を見る。困っていることがあれば、魔物を派遣して手伝わせるし、たまには私自身、世を忍ぶ仮の姿になって大捕り物ということもあった。

 近隣の子供たちなどは、みな「悪いことをすると、呪いをかけられるよ!」と言い含められ私の似顔絵を見せることもあるようだ。実際に呪いにかけられた人だっているのだから効果は抜群だ。
 魔王城と私は、いつしか恐れられながらも頼られる、大岡裁きならぬ、魔王城裁き、として困った時の駆け込み寺のような存在になっていた。

 そして私が呪いを使うこともなくなった。
 実際に呪いを使うことはなくても、十分に呪いの効力は発揮されていた。もはや呪いは必要はなくなったのだ。魔王城の『呪い』は言い伝えだけを残し、春の雪のように消えてなくなった。



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