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カレがオヤジで、オヤジがカレで【ショートショート】【#136】

「……じゃあ、お父さんは今どこにいるの?」

「ユイのお父さんはショックのあまり上で寝込んじゃったよ。……まあでもそうだよね。何度も経験したことのある人なんてきっといないし……、というか普通初めてだよね。『体が入れかわっちゃう』なんてさ」

 ひょうひょうとそう言いながら私の目の前に座っているのは父だ。いや、今の言葉を信じるのであれば、『外側は父の体だけれど、中身は彼氏のヒロト』ということになる。外見はともかく、どんなときでもあっけらかんとしているそんな様子は、確かにヒロトそのものだった。

「あの……なんていうか、その、ちょっと急には信じられないというか……」

「そりゃあそうだよね。廊下で出会いがしらに頭と頭でぶつかって、中身が入れかわりましたって、いくらなんでもちょっと雑な設定だよね」

「いやそこの設定じゃなくて、……本当に中身が入れかわっていて、ここに居るのは本当にヒロトなのかってことなんだけど……」

「あーそこね。はいはい。――じゃ、ほらなんでも聞いて?」

「そんな急に言われても……その、頭の整理が……」

「そう。じゃあ俺が教えてあげるよ。例えばそうだな……ユイと初めてデートに行ったのは流行りの映画で、配役も豪華だし、興行収入もいいってきいてたわりに全然面白くなかったよね。それで、カフェに入ってその映画の文句を2人で言いあってたら、予約してあった夕食の時間に遅刻しそうになって。慌てて走って向かったらユイのヒール取れちゃってさー。あの時は焦ったよ。――ってほら、こんなことお父さんは流石に知らないでしょ?」

 今言った情報はたしかにヒロトとの初デートの時のエピソードだ。私が父に話したことなどもちろんないので、父が知っているなんて考えられない。ではやはり、今目の前にいるのは父の姿をしたヒロトということで間違いないのだろう。

「えっとわかった……と思う。ここに居るのはヒロトなのね」

「そうそう、そうなんだよ。いやーわかってもらえてよかった」

 ヒロトはこんな状況にもまったく動じる気配がなかった。普段からそういうところは頼もしいと思っていたけれど、こんな状況にも動じていないのにはびっくりだ。でも次に彼が放った言葉にはさすがに耳を疑わざるえなかった。

「……それでさー。俺いまちょっと溜まってるんだよね。ねぇ、お父さんは寝てるわけだしさ、――しようよ?」

「――え?」

「いや別にいいでしょ? 体は変わってても俺なわけだしさ」

「いやいやいやいやいやいや……ちょっと待って。この状況でなにを言ってるの?」

 私は頭の整理もつかないまま、目の前に座っている『父の姿をしたヒロト』をにらみつける。

「いやほら、えっちしたいなーってそれだけだよ。たまたま今、お父さんと体が入れかわっちゃってるだけでさ、ユイを好きな気持ちも、ユイとセックスしたいと思う気持ちも、まったく変わらないよ」

 彼は話しながら立ち上がり、私の隣の椅子に腰かけた。「中身はヒロト」というのは理解したつもりだけれど、外見はどこを切り取っても父だ。急にプライベートゾーンに入ってこられ、正直気持ち悪い以外のなんの感情もうかばなかった。私は思わず軽く悲鳴を上げてしまった。

「いや、だから、ちょっと待って。その……中身はヒロトだとしても、体は違うんだからね。その、私からしたらお父さんに迫られているようなもんで……」

「だってユイは俺のことを見た目で好きになったわけじゃないでしょ? ほら、いつでも堂々としているところが好きだって言ってたじゃん」

「それはそうだけど……」

「じゃあそれって俺がどんな見た目でも関係ないってことでしょ? 俺は俺なんだから問題ないでしょ。いいじゃん。ねぇ……ねぇってば。いいだろ? 別に減るもんじゃないし――」

 そう言いながらヒロトは私の肩に手をおき、顔を近づけてきた。

「――やっ! ちょっ……ちょっとやめて!」私は両手をのばしてヒロトを押しかえす。

「なんでさ! 結局、見た目が大事だってのかよ?」

「――見た目とか、見た目じゃないとか……そんな単純な話じゃないから! というか今の状況もっとちゃんと考えてよ! もう戻れないかもしれないんだよ!」

「じゃ、なおさらしようよー。次、いつ会えるかわかんないんだからさー」

 あまりのヒロトの的外れっぷりに、驚きを通りこして、ふつふつと怒りが湧きあがってきた。父の姿でこれを言われているというのもまた輪をかけて腹ただしい。

「するわけないでしょ! だいたいその体、お父さんのやつなんだから、したいとか思ってるのもお父さんで、お父さんが私に欲情しているだけ……ああもう! 自分で言ってるだけで気持ち悪くなってきた!」

「いや確かに体はそうだけどさー……」

 私はヒロトの言葉をさえぎり続ける。

「だいたい仮にセックスしたとして、もし妊娠したらどうするつもりなのよ! ちゃんとつけてもできるときはできるんだからね。そうなったら私はお父さんの子供を妊娠する羽目になるのよ! 中身が誰だろうと世間の目は変わらないんだから! ヒソヒソと後ろ指をさされながら、一生日陰で生きていくしかないんだからね! もう、というかホントそれ以前に、お父さんに迫られるとかマジで気持ち悪くて絶対に無理!!」

「ええー……だってちがうのにな……」

 ヒロトがクールダウンしたのを見て、私もひと息つく。

「いやほんと、それどころじゃないって。ほんとにこのまま戻れなかったらどうするの? ヒロトはもうヒロトじゃなくて、私のお父さんとして生きていくしかなくなっちゃうんだよ? はっきり言って若いヒロトの体に入り込んだお父さんはまだまだ人生これからで、楽しいばっかりかもしれないけど、その年取って、あちこち悪くなったお父さんの体で生きていくのは結構ハードモードだと思うわよ。本気になって戻る方法を探さないと……」

「あーまあねぇ。そうだよねぇ。さっきイスから立つのも一苦労だったし、腰も痛いっていうか、なんか全身どこかしらに違和感がある感じ……」

「ほらーそうでしょ? 馬鹿な事言ってないで解決に向けて動かないと……」

「そうだな、わかった。じゃ、――さきっぽだけでもダメ?」

「ダメ!!!」

 私は父の体をしたヒロトの左ほおを豪快に張りたおした。




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