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武士の目にも3本の涙【ショートショート】【#137】

「毛利元就の言葉にあるだろう。1本の矢では簡単に折れてしまう。だが矢も3本集まれば頑丈になり、容易には折れない。そうやって毛利元就は兄弟の団結の必要性を訴えたってわけだ」

 ここは古くなった家屋の解体現場だ。重機ではなく、ハンマーによる解体が行われており、親方と社員2人が駆りだされていた。家はすでに半分は取り壊され、居間や台所が白日の元にさらされていた。

「有名なセリフですよね。まぁ3本になれば3倍強いわけですから、当たり前っちゃぁ当たり前なたとえですよね」

「ばかやろう! だからお前はいつまでたっても半人前なんだよ! 現実の物事ってのはな、単純に足し算だけじゃ計れねぇんだよ。特に人間の『気持ち』ってのはな、そういうもんじゃねぇんだ……」

 親方の目には涙が浮かんでいるようにも見えた。土ボコリが目に入ったわけではなさそうだ。

「親方、まぁわかりますけどね。でもだからと言ってですよ。今日、作業進めとかないと……また赤字になっちゃいますよ? 経理の奥さんに怒られちゃいますって」

「わかってる! それはわかってる! 俺だって嫁さんの大目玉は食いたくねぇ。それにうちではもう預かれねぇのもな……、重々わかってるさ。だから、だからな……。2時間でいい、2時間だけでいいから……」

 親方のひとみにたまっていた涙が、耐えきれなくなってこぼれ落ちた。

「――この子らの里親を探してやってくれないか」

 親方の目の前にいたのは3匹の子ネコ。家主がいなくなった後に、どこかの隙間からこの家に入りこんだのだろう。こんな小さくてかわいい存在が、1匹ならまだしも、3匹もいたら、ほっておくなんて出来るわけがない。あたりに親猫の姿は見当たらず、どこかでもう亡くなってしまったのかも知れない。そんな境遇もまた親方の心に深く刺さったようだ。

「そんなの保健所にでも持ってけばいいじゃないですか……」

「お前は何にもわかってねぇんだ! もちろん保健所だってタダでやってるわけじゃねぇのは百も承知。でもあそこに一度入っちまって、引き取り手が見つからなかったら最終的には殺されちまうんだぞ! こんなにかわいくて、ちっちゃな子ネコちゃんだちが! ああかわいいでちゅね〜おじちゃんが絶対里親を探してあげるからねぇ〜。お〜よしよし。こんなにやせほそっちゃってなんてかわいそうに! ――おいお前! ボサッとしてないでミルク買ってこい! ミルク!」

「はぁ……わかりましたよ」

 親方はかわいいものに目がない。家はすでに拾ってきたネコやイヌでいっぱいだ。奥さんの苦労には頭が下がるけれど、ここでゴネたところで、急に親方の性格が変わるわけもない。
 社員はあきらめ、ミルクを買いにとぼとぼと歩き出した。後ろからは、また、親方のネコなで声が聞こえてきていた。



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