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空想科学詩集『惑星05』第6話 星の正体

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目次


第6話 星の正体


 次の日の朝、ホテルの受付にライララ・ラリロリラテが座っていた。

「おはよう。今日は喫茶店には行かないの?」

「行かない。オルラが帰って来るまで留守番してる」
 ライララは本のページをめくりながら答えた。
 植物のスケッチのようなものが描いてある。図鑑かな?

「昨日、帰ってこなかったの?」

「そう。べつにふつう」
 ライララは本に目をやったまま、顔も上げずに言った。
「出かけるの?」

「うん。ちょっと図書館に行ってくるよ」

「ふうん」
 ライララは興味なさげに、またページをめくった。

 僕はホテルを出て、ネルネルネールネルネ橋の近くにあるベベンベベーグストン市立図書館に向かった。

 図書館はレンガ造りの立派な建物だった。
 レファレンスには、眼鏡をかけた老婦人が座っている。

「この星のアーカイブ移行記録を見たいのですが」

 シックな紺色のスーツに身を包んだ老婦人は、チラッと僕の顔を見上げた。
 それから無言で立ち上がり、無言で歩き始めた。
 ついて来い、ということらしい。
 
 探し物は地下にあった。

 大きくて分厚い百貨辞典のような本――の形をした電子目録。
 アーカイブへ葬られた者たちの墓標。

 ”彼女” の名前は追加されていなかった。

 かわりに何人か、古い知人の名前を見つけた。
 かつて誰もが知っていた、その名前・・・

 少しの安堵と、乾いた無力感。

 振り向くと、いつのまにか司書の老婦人はいなくなっていた。


 図書館をあとにし、ホテルへ戻る道を歩く。
 途中、1台の車が僕を轢いた。
 ちょうどネルネルネールネルネ橋を渡ろうとしたときだ。
 右側から猛スピードで車が突っ込んできて、
 僕を橋の欄干にたたきつけ、押しつぶした。

 僕はグシャリとなって、
 胸からあばら骨が飛び出した。

「すみません。操作ミスっちゃって。救急車呼びます?」

 車から降りてきた若い男が言った。

「あー、いいです。どうにか動けそうなんで」
 僕は答えた。
 腕は一本ちぎれたが、足は両方とも無事だった。

「病院行くなら治療費払いますよ」

「いや、大丈夫。ちょうど帰るところだったんで、いったん死にます」

「そうですか。ホントすみません」

 僕は橋の中ほどまで歩いて行くと、少し助走をつけて、欄干の上に飛び乗った。
 通行人は視線を向けたり、向けなかったりした。

 橋の下には、おだやかなソソッソ・ヤソソッソーン川が流れている。
 僕はそこに身を投げた。

 大きな水音がして、川底に沈んでいく。
 川底は白くツルツルしていて、プールの底みたいだった。
 誰の目にも触れないところは、あまり作り込まれていないのだ。

 水中に沈んで1分半。
 まもなく行動不能と判定され、起床地点であるアパッソンパカールアルアパホテルのベッドの上にリスポーンするだろう。

 
 そう。
 ここは宇宙にある別の惑星なんかじゃない。
 僕たちは地球から出ちゃいない。

 惑星05。
 YPS――Your Planet System によって構築された5つ目の仮想世界。

 
 昔のSF小説にあったような宇宙進出は行われなかった。

 人類は宇宙に旅立つ前に、現実を旅立ったから。


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