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小説で行く心の旅⑧「バリ山行」松永K三蔵

小説で行く心の旅、第八回目は第171回芥川賞受賞作
松永K三蔵さんの「バリ山行」をご紹介します。
「バリ山行」とは通常の登山ルートから外れ、
自分で探し出した「バリエーションルート」を使って登山する事を言います。
※「文藝春秋」九月特別号(令和6年8月9日発売)
 より
※第171回芥川賞は、今年7月17日に受賞が発表され
 ました。

松永K三蔵(まつながけーさんぞう)さんは
1980年 茨城県生まれ。関西学院大学卒。
2021年「カメオ」で第64回群像新人文学賞の
優秀作を受賞しデビュー。

文藝春秋九月特別号より

【あらすじ】

※ネタバレを含みます、ご注意ください。

ある会社にできた登山部

主人公の波多は、以前勤めていた内装リフォーム会社でリストラに合い、外装修繕会社新田テックに転職し2年経ちます。新田テックでは、定年後も嘱託社員として働く古株社員・松浦の声かけで登山部が発足します。
そんな中、二代目の現社長が経営方針を一新。
受注と売り上げの安定を求め大手企業アーヴィンHDの下請会社になる事を決定。アーヴィンの修繕工事を単独受注することになります。
新田テックは本来元請会社で、多くの顧客を抱えていましたがアーヴィンの受注に集中する為、役員から他の顧客の受注を断るよう指示が出ます。昔ながらのワンマン経営で、丁寧な顧客対応をしていた先代社長。その経営方針に従って来た古参社員達は、顧客対応だけでなく業務形態にも意義を唱え
新田テックを去りはじめます。

バリ山行

波多は一度、登山部で古参社員の妻鹿(めが)行った「バリ山行」に同行します。バリ山行は、一般的な登山ルートを外れ、急勾配や草木だらけの所を歩く「バリエーションルート」を使った登山方法でした。
経営方針の一新で社内が不穏な空気となり、リストラ不安に苛まれる日々を送る波多は、危険を顧みず、道なき道を行く「バリ山行」にもう一度行きたくなります。そして妻鹿に頼み込み、二人でバリ山行を行う事にしました。
バリ山行の日、波多と妻鹿は、道のない所に道を作りながら山行して行きます。黙々と進み続ける妻鹿の姿に、波多は経営方針が変わっても自分の仕事スタイルを変えない妻鹿の姿を重ね合わせます。
下山の時、バリルートならではの急勾配の崖で、
慣れない波多は滑落してしまいます。衝撃的な出来事と怪我をしたショックから、波多は助けに来た妻鹿に思わず胸のうちを叫んでしまいます。
その後、波多と妻鹿に変化が起きて物語は終わります。

【読後感想】

登山経験者として

私の父は、大学で登山部でした。その影響で私は幼稚園児の頃から、毎年山に登らされました。小さい子供にとって登山は苦行で「楽しい」と思えたのは中学に入ってからの事です。
小学生の頃、道に迷ったのかわざとなのか知りませんが「バリエーションルート」で一度バリ山行いたしました。この作品に書いてある通り「山に道を使わず突っ込む」わけですから、尖った枯れ木が刺さる、トゲのある植物が擦れるで全身傷だらけ。夏だったので刺す虫がぶんぶん飛び回り、毒蛇のヤマガカシにも出くわしました。朽木に足を突っ込んで抜けられない、急勾配で滑落しかけ泣き叫ぶなど、阿鼻叫喚の山行でした。小学生女児ですから楽しいどころではない経験でした。それ以降、父はバリ山行を一度もやりませんでした。
この作品のバリ山行描写は、経験者から言っても
非常に良く書かれています。読みながら「そうそう」「あぁー、そうなんだよなぁー」と何度も頷いていました。作者の松永さんは、本当に山をよく知っている方だなぁ、と思いました。

バリ山行は危険


この作品を読んで「バリ山行やってみたいな」と思った方はいらっしゃると思います。泣き叫びながら経験した私でさえ「バリ山行、またしようかな」と思ってしまいました。山の魅力を存分に味わえ、冒険出来る登山だと思います。でも、バリ山行は本当に危険で、複雑骨折した友人も知っています。山だけでなく、変わりやすい天候も非常に危険です。
また遭難し、ヘリでも出して捜索してもらうとなったら1日100万円単位の捜索費用がかかります。ベテランのガイドさんについてもらったとしても、
山は、自然は本当に怖い。バリ山行の実行は、そんな意味でオススメ出来ません。作品の中だけで、楽しんで頂いた方がいい気がします。

自然の中で、見つめる。

山という、いつも変わらない自然を通し、
移りゆく時代や自分自身、自分を取り巻く人々を
じっくり見つめている作品だと思いました。
とても読み易く面白い作品でした。

誰も知らない、バリルート山行で
心の旅をしてみませんか?

最後までお読み頂き、ありがとうございました。





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