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【学習者の質問に答える】BTSが好きになりました。ハングル検定とTOPIK、どちらを目指したら良いでしょうか?

 昨今、検定試験を「目標」に掲げる人が多く見られるようになりました。書店には試験対策本が並んでいます。なので、推し活をしている人も、「韓国語を勉強する」というときに、検定試験合格を射程に入れ、検定試験対策本で勉強し始める人が現れました。
 検定試験をどのように捉えるべきか。今回は検定試験と学習について深掘りしてみたいと思います。

ハングル検定とTOPIK

 ハングル検定は93年に日本で作られた試験で、梅田先生、管野先生などレジェンド級の学者がその作成に関わられたといわれています。日本語を母語とする人のための試験で、韓国語だけでなく朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の正書法も対象としています。したがって、試験出題単語には北朝鮮の言葉も含まれます。

 韓国語能力試験(TOPIK)は97年から始まった韓国の教育部と国立国際教育院が主催する試験で、韓国語を母語にしない人が受ける試験。世界70カ国で受験されています。韓国の大学に入学するためにも必要です。英語の「TOEIC」や「TOEFL」みたいなものですね。

検定試験の歴史とメリット

 少なくとも私が学生だった2000年代始めまで、検定試験を受けようという流れは、外語大という語学を専門的に学ぶ大学内でもメジャーではありませんでした。韓国語の検定試験対策本などもほとんどなく、SNSでの合格級でのマウント合戦、検定試験合格報告祭なども、当然存在しませんでした。そもそも、検定試験の存在も知られていなかったし、試験にメリットを感じることもありませんでした。
 学習者が検定試験ごとき(いや、失礼)を崇拝するようになったのは、ここ10年くらいの傾向です。
 検定試験が急速に広まったのは、広くは2000年代以降に始まった韓流の波と連続しており、KPOPの興隆により、その流れに若い世代が乗ってきたことが大きく作用していると思います。だって、大学では、韓国語を学ぶ学生に対して、検定試験の受験を勧めましたから。

 もともと韓国語の検定試験は、英検やTOEICと同じように見られることはありませんでした。日本の就活で、TOEIC受験は求められることがありますが、韓国語検定の受験を求めることはありません(あっ、でも外国人が韓国の大学に入る時はトピックの成績が必要だったりします)。薦めても受験するメリットがないのですから、受験するはずもありません。
 しかし、就活の自己アピールに利用できるという観点から、「どんな資格であっても、ないよりはあったほうがいい」という考えが徐々に広まっていきました。韓国では、こうした考え方を、早くから「スペック」と呼んでいましたね。他の学生と差別化するために、できるだけ多くのスペックを積み上げて置いたほうが良いと。
 こうして、大学生は、先生が声を掛けなくとも、自ら資格試験の受験を希望するようになっていきました。

 大学内では、検定試験の受験はスペックを重視する世間と足並み揃えた自然な動きでもありましたが、受験者が学生ではなく「一般」となると、話は別です。転職に役立つわけでもないし、スペックとしての意味合いもありません。あるのは、私は検定試験に合格した人間だ、検定試験に合格するほど努力した人間だ、こんな短期間で合格できた頭のいい人間だ、という自己満足のみです。
 合格は頑張った自分への「ご褒美」でもありますし、SNSなどでそのことを公開して、「自己顕示・承認欲求」に利用している人もいるかもしれません。また、SNSの合格報告祭などは、みんなで同じ試験を受験することで、仮想の学習コミュニティーを作りあげ、そこでの交流を楽しみ、励みにしているのだとも考えられます。つまり、検定試験を「学習の励みにする、学習の動機付けに利用している」ということです。

 もう一つの欠かせないメリットは、「明確な道しるべ」になることです。「これを覚えれば良い」「その次はこれ」と明確に示してくれます。着実に階段を上らせてくれているように感じることでしょう。どこへ向かって何を学習したらいいのか分からないと思っている人にとって、これほどありがたいものはありません。しかも、合格すれば、「達成感」だけでなく、周囲に自慢できる「資格」まで与えてくれるのです。

検定準拠のテキストで学ぶと検定に合格するのか

 検定試験そのものを否定するわけではありません。でも、検定に合格することを学びの目的にすること、そのために検定対策の勉強だけをすることが、学びにどれだけ有効なのかという点で、私は疑問を抱くようになりました。検定の役割を客観視できず、検定が絶対と信じる人が増えてきたことで不安を覚えるようになったのです。

 まず、大学で使用するテキストも、検定準拠とされるものが非常に多くなりました。大学組織自体が、検定をオーソライズしているのです。
 このテキストをやり終えたら、検定に準拠しているから、「ハングル検定5級・4級レベルになったと言える」という考えなのでしょうが、実際の授業では、このテキストを1学期でやり終えるという「進度」を優先することになるため、脱落者の発生を引き起こしています。
 途中でついていけなくなった人にとって、それ以降の授業はほぼ無意味です。今の語学テキストは積み上げ方式で書かれていますから、途中で起こした目詰まりを解消することなく次へ進んでしまうと、それ以上先の授業には、もうついていけません。でも検定準拠を謳い、期限内にテキストを最後まで説明しきると決めていますから、脱落者を無視し、説明しきることに専念することになります。学期が終わり、テキストは無事やり終えましたが、振り返ってみると、中途脱落者が多数転がっている…という悲惨な状況をつくりかねないのです。
検定準拠のテキストを使用することと、検定に合格することとは別ものです。検定に準拠したがために、興味のある話題や語彙に出会えなかった可能性もあります。

検定試験による恣意的な選択と格付け

 検定試験の単語は「韓国文化・社会の中でこれはよく使われる」と「学者が恣意的にチョイスしたもの」なので、例えばKコンテンツに普段触れている学習者が慣れ親しんだ語句とは、チョイスが違っている可能性があります。
 例えば、KPOPの歌詞が分かるようになりたいと思っていても、検定試験が、歌詞に登場する語彙を網羅しているとは限りません。やみくもに検定試験の勉強をしていると、私が学びたいことではなく、別の方向へと導かれてしまうことがあるのです。
 こちらの語彙から先に学ぶべき、この語彙は上級になってから覚えるべきと、検定試験は、その恣意的な選択と格付けによって、学ぶ語彙や学ぶ順序を一方的に決めてしまいます。
 韓国語学習があなたの趣味なのだとしたら、本来、学ぶ語彙も順序も、あなたが決めることです。検定に縛られすぎると、本来自分のものであるはずの学びを、のっとられてしまいます。自分から学びたいものなどない、全面的に身を委ねたい、というのならいいのですが。

 個人的に、検定は上級になるほど、検定側が策定した語彙が恣意的に選択されることになるため、格付けそのものに意味がないと思っています。でも、ハングル検定5級・4級、もしくはTOPIK1級など、初級で問われる知識は、押さえておいてもいいかなと思います。

文化がそぎ落とされた検定試験

 検定試験では、言語的知識を問うのみで、文化的知識が割愛されています。文化的知識も併せて問うべきだという意識は、韓国の国立国語院にもあるようですが、現実では、検定試験に反映されていません。

 これまでの韓国語学習では、入門や初級で語学的知識をまず詰め込み、級が上がってくると文化的事項を登場させるという流れになっています。上り詰めると、最終的には文法事項が消え、文化だけになります。

 これだと、入門段階で挫折した人は文化を全く学べないことになるので、この学習順序自体にも問題を提起したいところですが、検定試験ではさらに問題が根深くなります。

正答数で合否を決めるので、評価のしやすさ、勉強の効率を考えてのことなのでしょうが、言葉だけに特化して、文化的事項を一切そぎ落としてしまったのです。文化の領域が全く存在しない、言葉と文化が完全に分離された状態になっているのです。
 こうした検定試験に長く接していると、「言語と文化は切り離されたもの」という感覚が培われてしまいますね。あらかじめ決められた単語と文法を効率良く暗記することが外国語学習だ、と思い込まされてしまいかねません。学習者が使うことばに「背景文化」という言葉があります。これはまさに文化はおまけで余剰なもの、+α、「隠れた」というニュアンスという「歪んだ言語カリキュラム」がいつの間にかすり込まれているのでしょう。
 このように、文化的なコンテキストをほとんど問われていないのにもかかわらず、合格者を「韓国語の出来る人=韓国についてよく知っている人」とオーソライズしているのが検定試験です。でも韓国語オタク=韓国文化に精通しているわけではありません。さらにいうと4技能バランス良くという言説自体も検定文化が何となく作ったのだと思います。皆さんの日本語はバランス良いですか?「文を読み書きできる」能力はかなりのトレーニングが必要だと思います。オーラルだけで良いと考えるのならば検定試験対策は無駄が多いとも言えます。

検定試験対策という罪

 試験対策で一夜漬けで暗記した内容は、すぐに忘れてしまいます。中高生の定期試験がまさにそうでしたね。年号や化学式、難解な漢字、暗記すればテストでは点が取れますが、その知識は1カ月と持ちません。
外国語は、「暗記」するものではなく「習得」するものです。一度自転車に乗れるようになれば、10年ぶりでも乗れます。一度アルファベットが読めるようになれば、読めなかった状態にはもう戻れません。習得するとは、習得していない状態に戻れないことを意味します。
 では、試験対策で覚えた単語は? もし1カ月後には忘れているのだとしたら、「習得したわけではなかった」ということです。試験対策は、短期間で効率よく「暗記」させようとします。でも、暗記=習得ではないのです。

 検定試験の直前は、試験対策をしたくなる誘惑にかられるかもしれませんが、本来の目的通り、検定試験は韓国語を勉強した証や腕試しとして受けるべきです。検定試験合格のために、試験対策することはおすすめできません(目的が韓国語習得ではなく、スペック入手である場合は別です)。
 検定試験対策本で勉強する時間があったら、自分の好きな文や歌詞、本を読み進めるほうがずっと有益です。試験対策だけしても韓国語は習得できないからです。

 私は、就活中の大学生のように、スペック入手が差し迫ってでもいない限り、「検定合格」を学習目標にする必要はないと思います。検定試験対策をすることで語学が習得され、異文化理解を深められるのなら、ぜひ学んでほしいですが、多くの場合、そうではありません。検定対策は語学の本質的な学びではないのです。

検定試験出題単語は、あなたにとって意味のある単語か

 テレビにもよく出演されている脳科学者ですが、大いに共感した記事です。

 「努力することと」と「結果を出すこと」は別だよ。努力する自分に酔っている人は、大概結果を出せないよ、というのが大意ですが、脳神経学を研究した中野さんの言葉の中で、私が着目したのは次です。

興味がないことは覚えられないし、自分がつまらないと思うことを覚えても大した意味はない
中野信子

 検定試験の勉強中に、単語の暗記で苦戦している人を見かけます。ずばり、この中野さんの言葉を伝えたいです。覚えられないのは、あなたにとって「大した意味がない単語だから」です。あなたがもし本当に韓国語を習得したいなら、あなたが覚えたいと思う言葉を選んで学ぶべきなのです。その言葉はあなたにとって意味があるからです。覚えられないあなたが悪いのではなく、あなたの脳が、「覚える必要がない」と拒否しているのです。

検定試験による格付け文化

もう一つの大きな弊害は、学習者の間に「格付け」文化を作ってしまうことです。偏差値教育の弊害といえばご理解いただけるでしょうか。人の能力(言語能力)って、そんな簡単に見極められるものでしょうか。
 語学の能力別クラスで「上位クラスの学生」は「下位クラスの学生」を見下し、「下位クラスの学生」は自分を卑下してしまうことがあります。先生から見れば、どちらのクラスの学生の能力も大差なく見えてもです。相手を見下し、自分を卑下してやる気をなくすくらいなら、その格付けは弊害でしかありません。(先生の教える効率性はあがるかもしれませんけど)
 検定試験の格付けは、SNSのプロフィール欄に合格級を記載し、マウントを取る行為として散見されます。プロフィール欄に合格級を書くことが悪いわけではありませんが、数字が簡単に人を格付けしてしまいます。この人は自分より下、自分より上、と。

もはや誰も疑問を抱かない検定試験

 最近は、就活を強く意識するあまり、1年生のうちから「次の検定試験を受けた方がいいですか?」と聞いてくる学生がいます。「この後留学する予定があるのだから、就活の直前に受ければいいのであって、今受けてどうするの? どうしても受験したいというなら止めないけれど、先生だったらそのお金で美味しいものを食べるね」と答えます。

検定試験が広まったことは意識の高まりでもありうれしいことですが、検定の基準が絶対視され、試験対策に弊害もあることを誰も考えなくなりました。
 すべての学習者が受験しなければならないわけでもないし、合格級が上位のほうが能力が上ということでもない。検定試験対策をするのは論外。検定は、うまく利用するべきものであって、検定に支配されてほしくないというのが私の願いです。検定試験は、使いようなのです。

 検定試験ではないオタ活のための韓国語については下記のブログも読んでみてください。

さあ、最初の質問に戻りましょう。BTSを深めたいという理由で韓国語を勉強するなら最初から資格試験は目指すな。

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