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クラブハウスの運営からことばのキャッチボールを考える、と2月2日の日記

“素人ラジオ”なだけに、モデレーター次第かもなぁ。

招待されて一週間ほど。クラブハウスを聴きながら、いろいろな部屋(room)を転々としてみて率直に思ったことです。

もともと、長年の間ラジオを聞き続けているし、Spotifyもポッドキャストも、昔からずっと聴いている。音声配信サービスの「Voicy」もここ1年くらいすごく聴いてきた。

(そういえば、最近聴いてないけど)

「声」のメディアにはすごくなじみがあるんです。ただ、このクラブハウスというサービスは、事前打ち合わせがしっかりあるわけではないのと、個人の力でなんとかなるようなものでもない。すべてアドリブの雑談に近い。“チャットルーム”という概念ですよね。

ぼくはこのサービスががっつり定着するとは到底考えられないんですが、ただ、Voicyだって、Spotifyだって、落ち着くところに落ち着いているわけだし、クラブハウスもきっとそうなる。

プロモーションの仕方と、ステイホームの高まりの中で広がったこのタイミングがすべてだったように思う。

さて、ここから考えたいのは、二つ。

「時間は返ってこない」ということと、「ことばのキャッチボール」は意外と難しいということ。

まずは「時間」について

この数日でクラブハウスに費やした時間はかなりのものになる。

ただ、それは「本」とか「映画」や「マンガ」や「ゲーム」など、そのほかの遊びに時間を使っていると考えたら別に惜しくはない。それで言ったらぼくは「コーヒー」というコンテンツにいくら時間とお金を払ってきたか…想像するだけでぞっとしてしまう。笑

要は、今後の時間配分の仕方、なんだと思う。

「ながら聴き」ができるというところがミソで、がっつりそれを見ていなくてもバックグラウンドで再生ができるし、気になったところで手を挙げたり、コメントをしたりすればいいんです。

故にだらだらと続けがちだし、不用意に抜けにくかったりもする。始めた人はみなそう思っていると思う。しかも、ラジオ(radiko)と違ってアーカイブがないので、リアルタイムでの対応が求められる。これは、なかなか手強い。。

がっつりこのサービスでの上がりを狙って打ち込むか、友人とのチャットやトークイベント的に利用するか。ぼくは後者の使い方になると思う。

ぼくはいつも新しい何かに触れるときに、「これが10年後に自分が触っていられるかどうか?」をよく考える。

SNSとして、10年続けているもの、今となっては「ツイッター」しかない。「ツイッター」はほとんど毎日使っているけど、飽きがこない。たぶん、そこまで執着していないからだろうと思う。今回は音声版ツイッターだというものの、この拘束力はちょっとなじめないなぁと個人的には思う。

ぼくは早晩使い方を切り替えると思う。今は、運営の仕方とか招待制の行く末とか、いろいろな面をユーザーとして感じて見ながら、楽しみながら使って、学びとろうとしている段階。
費やした時間分の「体験値」はしっかりと回収しようと思っている。

次に、「ことばのキャッチボール」について

これが意外と難しい。

フリースタイルで話しているとちょっとした「間」が生じたり、ともすれば「身内話」をゲスト無視で行う展開になったりなどする。

今日も一つあったのだが、不用意に「リスナー」を「スピーカー」にあげたことによって、場がしらけてしまった。ぼくも離脱した。本来のテーマで聴きに来た人にとっては、たのしみにしていた講演会に乱入者があらわれるのに等しい。

“ゆるゆる”とか“自由に”というroomの名前が免罪符となっているのは、わりと初期段階だけで、これからはコンテンツの「質」勝負になると思う。

理想的な「質」というのも、綿密に打ち合わせがされたもの、ではないと思う。
それであれば、ラジオ番組やVoicyのm個人プレイには到底勝てないから。

クラブハウスには「偶発性」を折りこんだ「場作り」が必要になる。これ、ものすごい高度なモデレーションになると思う。

で、さらに言うと、今後「スピーカー」として求められる「知見」や「トークスキル」よりも、数名から数十名の参加者とスピーカー(コンテンツ)をうまく回していく「モデレーションスキル」が最も求められていくと思う。これは、このサービスが続く限りは「絶対条件」だと思う。

だから、もしかすると「クラブハウス」で活躍したい人というのは、フォロワーを増やして、たくさんスピーカーになって、プロフィールを磨いて…などとやるよりも、「モデレーションスキル」を高めるための努力をしたらよいのかもしれない。

プロの手が入ったラジオ番組の進行や「ナビゲーター」や「DJ」がしている「空気作り・場作り」というものを学び取っていくのがよいのかと思っている。

少なくとも、ぼくはそちらの方向でこのサービスには関わっていきたいと思っている。
そのほうが、10年後にこのサービスがなくなったときも、自分のスキルとして身についていくものだから。

突如はじまった「クラブハウス旋風」に関して、ぼくはこんな見方をしている。

ほんと、素直じゃないよなーと自分でもそう思う。笑

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2月2日(火)

少し、ゆっくり起床して7時台に外に散歩に出る。

雨が降っていて、長靴と傘をさしてゆっくりと歩いてくる。雨の日も雪の日も「歩くこと」はできるから、この習慣は最強だと思う。

やれない理由がない。

「ほぼ日の學校」に申込みをしていて、中医学を学ぶ講座の予定がある。11時からの開講に合わせて、神田神保町へ。実はあまり行ったことの街なので、ちょっと不安もあり、ドキドキする。

こういうドキドキ感はやっぱりいつになっても持ち続けたいなぁと思う。逆にそれを避けるようになったら終わりだと思ってる。

安全パイだけで生きたくないっていうと危険なやつだと思われがちだけど、誰の心にだって、そういう部分はあるんだと思っている。

でも、環境とか生活とかでなかなかそれを表明できないんだと。

まぁ、いいや。

「ほぼ日の學校」が終わり、午前休の時間がまだ少しあったので、本社を眺めに行ったり、「TOBICHI」というセレクトショップに行ったりする。

眺めて妻に腹巻とかレッグウォーマーを頼まれていたことを思い出して、電話をするも仕事中で出れず、また次回ということにした。

その後、近くで美味しいコーヒーが飲めるところは、と探して「glitch coffee roasters」へ入る。そこで少しPCの作業をして、コーヒーをテイクアウトする。

ダブルアナエロビックのコロンビアをいただく。とてもおいしい!

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それから恵比寿のオフィスに出社して、午後はミーティング三昧である。

3月19日〜21日で、少し大きめなイベントを清澄白河でやる。もう少ししたらイベントサイトなども紹介できると思うので、乞うご期待。

未来を担うクリエイターたちの展示会です。

コロナで昨年は中止にしてしまったので、リベンジなのだ。たのしみ!

結局、わりと遅くまでいてしまって、帰ったら妻と娘は節分なのでお寿司を食べて帰ってきていて、テイクアウトしたお土産を頂いた。

娘はお風呂の中で寝てしまったので、「節分は明日」ということになり、早稲田の穴八幡宮で買ってきたお札を貼って、ぼくも寝た。

節分が1日早いって、相当ぶりらしいけど、いまだにどういう原理なのかはわかってないし、そういうわからないようなこともそのままにしておいてもいい気もしている。

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