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ぼくが「note」をはじめた日のこと、と10月4日の日記【あと87日】

なにこのタイトル?って思いましたよね?

ええ、ぼくもそう思いますよ。笑

とは言え、「毎日書く」と決めてから、670日を超えて、もうすぐ700日!

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通算すると「どのくらいの時間をぼくは文章を書いてきたんだろう?」って思ったりします。

でも、その一つ一つが自分の中に、蓄積して筋トレみたいに地味に力になっているなぁと感じます。

また、書いたことによって、いろんな出会いがあったり、その日の小さな気づきがあったりします。

当初思い描いていた、「1日を大事に生きる」には少し近づけたかな、と思っています。

そもそも、なんでぼくはnoteを書き始めたのか?

今日は、そのことについて少しだけ書き残しておこうと思っています。

以前にも折につけ書いてはいるのですが、その都度思うこと、考えることも更新されると思うので、どんどんアップデートしていきたいのです。

あえてリンクは置きません。

トップページの「月別」っていうアイコンから、遡っていただくとわかるのですが、このnoteの始まりは2018年の年末、12月4日です。

この日は娘の3歳の誕生日。それはまぁ、なんとなく、たまたまだったんですけど。

冬の寒い中、ぼくは長年、癌と闘病していた叔父が入院する広尾、日赤病院に毎日のように通っていたんです。

結局その年末まで通い続けて、「顔を見に行く」と「見せに行く」くらいしかできなくて。

で、年が明けてまもなく、叔父は他界してしまったんですね。

でも、その期間、もちろん仕事もあったのだけど、マネージャーに「とにかく終業後に病院通おうと思ってます。」と、明確に意思表示をし、話を聞いてもらい、毎日毎日病院に通っていた日々だったんです。

そのずっと前に、父を先に亡くしていたので、この世で、ぼくのことを本気で心配したり、本気で怒鳴ったり、とにかく、“本気で”向き合ってくれる人間というのは、その叔父一人だったんですね。

母も、妹も、妻も、親戚も、みんなその立場で心配したり、喜んだり、怒ったりはするけれど、ぼくの人生まるごと受け止めてくれる人、受け止められる人は、叔父一人だったんですね。

少なくともそういう風に感じていた。たぶん性別という要素はたぶんにあった。

そんな叔父が日に日に弱っていく中、冬の寒い日に恵比寿駅からバスで病院へ往復する車中、ふと、この今の気持ち、やり場のない想いをどこかに書き付けておきたい!と思ったのが、最初の動機だったんです。

そういえば、そんな想いだった。

当時を思い返すと、すごいしんどかったんです。今は、平気です。

とりあえず、現時点は。

はじめたばかりのnote、当時の文章をそのまま貼り付けると、こんな感じです。

今日は特にあたたかい1日だった。
朝、娘を保育園に送る自転車。
漕ぎ出す時に感じる温度が生暖かい。
雰囲気は、肌寒い春みたいな感じ。
世の中の動きは気ぜわしく、ただ気ぜわしい。
急ぐために、急いでいるような、なんか変な感じ。
12月なのだ。
年末へのカウントダウンが始まっているのだ。
常にカウンターがゼロに向かって動いていて、
それに合わせて人の心も焦っていく。
去年の今頃は特にそんな感じだった。
今年は少し違う。
一歩一歩を、一つ一つの動きを選ぶように動いている。思えば今年はそんな年だった。
世の中の動きは特に早くなっている。
それについていけない人はどこか欠陥があるのかと自分を疑う。だけどそんな欠陥はどこにもない。
自分のペースを取り戻す。
他人の生きるペースに合わせない。
それと同じくらい、
他人のペースを尊重することも大切だ。
個体として人間の処理できるボリュームはもうすでに超えてしまっている感じがする。
もともとじぶんにはそこまで万能な容量の持ち合わせはない。
できる人にはできることを。
やれることをやれる人が。そんなことを考えている師走のはじまり。
今日は、娘3歳の誕生日。

こんな感じ。

今よりもちょっとだけ詩的というか、散文調というか、気持ちをそのまま書き殴っているようで、誰に聴かせるわけでもなく、ただ書き綴っているような感じがしますね。

なんとない、哀愁。

で、ここをきっかけにはじまったnoteはその後、叔父の葬儀やもろもろのやりとりの中でも、ずっと書いていたんです。

父の時はしっかりと向き合えない自分がいたけど、今回こそは。

生きてめちゃくちゃ元気なうちから、だんだんと衰弱していくまで、「生と死」にずっと寄り添ってこれた。

なんだか、そういう意味では自分本位で言い方は変だけど、“達成感”のようなものがあった。人一人と寄り添えた、達成感。

逆に言うと、そう思わないと、気持ちを維持できなかったのかも知れないです。

なんだか、そういう想いでスタートして、それでも少しずつ自分のことから、周りのことに気を向けるようになった。

自分ができること、やりたいこと、これからどうするか、誰に向けて何をやるのか、何のためにそれをやるのか、そういう自分の「これから」について考えるようになりました。

今から考えると、一番大変だったあの時期に、しっかりと足元の感情に向き合えたこと、そしてその行為の記録として、このnoteがあったことを、ぼくは本当に感謝しているんです。

その恩返しみたいな思いもあって、毎朝、毎晩、noteを開いては、「あー何書こうかなぁ」とか言いながら、1日1日の更新を続けてきたんです。

そしてこれからもずっと、続けていくでしょう。

結局、自分が自分の人生の中で大事にできることと、それに費やせる時間なんてものは、とても限られていて、本当にわずかで、少ないものです。

だから、せめてそういう、“たしかに生きた”その時間だけは、しっかりと自分の記憶の中と、文字や文章として残しておきたいと思うんですよね。

「生きる。」が、両手からこぼれ落ちないように。

なんか不思議な雰囲気で最後まで来ちゃいました。あはは。

こういうのもまた「書くこと」のおもしろさですね。

こんな日もあっていいです。

ちなみに、今ぼくは少し早めに会社を抜け出して、渋谷のBarBossaに行く前に初めて入った「スクランブル」というビルの7階、「ナチュラルスムージー」ってお店で、超絶健康的なドリンクを飲みながらポメラを叩いています。(で、それを翌朝見直してアップしています。)

ふー、なんとか今日もいい時間を生きた。

これから、人生で3回めのBarBossaに行ってきますね。

それでは!

 *

今日の一曲。Powered by Spotify

最近、好きな曲が溢れていてたいへんです。汗
まぁでも、じわじわ聴く回数が増えてきているミスチルのこの曲。

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10月4日(日)

朝、5時半に起床。前の晩は24時半に就寝したので、ぴったり5時間睡眠。

これが6時間~7時間になると理想なんです。

実際にできていなくてもできるまで理想を書き続けておきます。

とにかく睡眠からすべてがはじまる。睡眠は1日の終わりじゃなくて、はじまり。

瞑想を少し多めに10分。

前日はジャムを煮ていて意図的に夕飯を抜いたので、なんだかお腹がすっきりする感じがする。たまに、こうやって夕飯を抜いてみるといいんだろうな、と思う。

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朝の散歩に出る。5分だけランをする。

これ、毎日書いているからそろそろ記述要らないんじゃないかって思うけど、でも、やったことを書くのが信条。

ラジオ体操をして、帰宅。

ここまでが一セット。

朝食にはヨーグルトに作りたてのジャムをかけて食べる。コーヒーを淹れる。

家族が起きてくる。妻は美容院のため、11時頃に出かける。娘とお留守番の日。

朝ご飯を少なめにしたので、しっかりお昼を食べようと思って、近くのカフェへ。

アボカドサンドと、サラダボウルを注文。

娘はオレンジジュースにすると言う。

このお店の良さは、食事の美味しいのはもちろんなのだけど、娘の不意な挙動に対しても、おおらかに対応できるスタッフ力だと思う。

人の良さがそのまま伝わってくる。このお店、流行るだろうな。というか、続いてほしいと願う。

ひさびさに当たりを引いた気分。

その後は、娘の言うがままに公園をはしごすることになる。

お昼、野菜とサンドウィッチをしっかり食べ過ぎたせいか、ちょっと身体がだるく重くなる。

なんだろう?と思ったけど、公園遊びで気を紛らわせる。

遊び終わって、自宅に帰るともうだめで寝ることにする。睡眠不足なのか、それともいきなり食事で身体がびっくりしたか。

昼寝を2時間たっぷりしてすごくすっきりした。

妻が帰ってきていて、家族で池袋へ。

ペンや万年筆を何本か修理したり、インキを替えたりする。

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ようやくいろいろとすっきり修理完了。あとは、メガネを修理したいところ。

家族で夕飯。

東武のレストランフロアはリニューアルしてからすごくきれいで居心地がよい。

ここでも、直感でいいお店を引き当てる妻、本当にさすが。

帰宅してからいそいそとみんなで寝る支度をして、日曜夜なので少し早めに就寝するように心がける。

こうしたちょっとした「心がけ」を大事にしたい、生活を整える秋、です。

それでは~!

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