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劇中の『聖家族』――『ふたり』(2)

今回も、前回に引き続き、大林宣彦の『ふたり』を取り上げたい。本稿では、主人公の姉妹である母親と、彼女が読んでいた本に注目したいと思う。

姉妹の母親は、劇中で堀辰雄の『聖家族』をリビングで読んでいた。それは、たまたま『聖家族』だったというわけではない。わざわざ『聖家族』だけをうつすカットがあることからも、その偶然性は排除できる。
では、なぜ『聖家族』なのか。実際に『聖家族』を読んでみると、『ふたり』と共通する要素を見出すことができた。

まずは、堀辰雄の『聖家族』のあらすじを簡単に紹介しておきたい。

青年・河野扁理は、師であった九鬼の告別式に向かう道中、一人の美しい婦人に出会う。扁理はこの女性が、かつて対面したことがある九鬼の恋人の細木夫人であることに気づいた。一方、細木夫人は、最初扁理のことを思い出せずにいたものの、しばらくしてから九鬼の傍らにいた少年であることに気づいた。
この出会いを契機として、河野扁理は細木夫人と彼女の娘である絹子と親交を結ぶようになる。そうして、時を経るにつれて、河野扁理は絹子に恋心を抱くようになる。が、その恋によって自身が傷つけられることを恐れた扁理は、別の女(踊り子)と付き合ったり、旅に出たりすることによって、絹子への思いを断ち切るように動く。
絹子の側も、扁理に対して恋心を抱いていたこともあり、扁理の行動に傷つけられ、病気になってしまう。その様子を見ていた細木夫人は、娘が扁理に対して恋をしているがために、心身を傷つけるに至ったことに気がついた。
細木夫人と九鬼、および娘・絹子と河野扁理の関係が重なるように描かれた、堀辰雄の代表的短篇の一つである。

自分の娘のことが分からなくなる、という不安は、『ふたり』と『聖家族』に共通する母親の心情だ。娘が恋することを経験し、一人の「女性」に成長していくに従って、母親は娘のすべてを把握し、コントロールすることはできなくなる。自分がいちばん娘の気持ちを分かってあげているという自信が失われるのだ。

共通する要素としては、「煙草の臭い」にも注目できる。『ふたり』においては、母親が、転勤先から一時帰宅した夫から煙草の臭いを嗅ぎ取り、それを浮気のしるしとして読み取る(実際に夫は浮気をしていた)。一方、『聖家族』においては、扁理が細木家のもとに持参した画集から煙草の臭いを嗅ぎ取った細木夫人が、その画集の元持ち主である九鬼のことを思い出す。どちらも、母親の想像を惹起させる要素として「煙草の臭い」が重要な役割を果たしていることが分かる。

以上のことから、大林宣彦監督が『ふたり』の中に『聖家族』を登場させたのは、母の抱く娘・夫に対する不安定な心情を演出するためだったといえるだろう。

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