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「○○すると死ぬ世界」#1 ぬくもり


※読む前に。

この話は、連続するオムニバス形式の短編小説の1話目です。そのためまずはこちらのルール説明をご覧になってから読んでください。



先日、35年以上連れ添ったかあさんが死んだ。

死亡届を提出し、葬儀や火葬も無事に終えた。かあさんが死んでから慣れない作業に疲れては汗をかき、居なくなった事実を思い返しては涙を流した。

ずっと1人で家に居るのは落ち着かない。ここ1週間ほどは家を空けている時間が多かったので、久しぶりに仕事が来ていないか確認したい。パソコンが更新待ちでなかなか開けないので、一旦机から立ち上がって電話台の方へ歩く。

「えーと……」

すーっと指でカレンダーをなぞりながら今日の日付を確認した。太いマジックで、「横内マ」と書かれている日付が明日に迫っている。

あー。そうだった。

見渡せる範囲にダンボールがなかったので、床の間から玄関に続く廊下に出ると、送り主欄に横内と書かれた未開封のダンボールを見つけた。

「ああ、こりゃあ間に合わない。」

ふと呟いてしまったものの、カレンダーに記入している納期はこちらで勝手に決めているものであるため、改まって連絡を入れたりする必要はないのだが。

もうこの時期になると廊下は寒くて長居したくない。とりあえずダンボールを持って床の間に戻った。


かあさんとは少し変わった仕事で生計を立てていた。知り合いや近所の人に聞かれた時は、いつもこう答えている。先日、葬儀で会ったかあさんの妹と話をした時のことだ。

「ペットを飼う人がいるだろう?犬や猫、毛のある動物ならなんだっていい。俺たちは飼い主の依頼を受けて、飼い犬や飼い猫の抜け毛から編み物をするんだ。なかには気持ち悪がる人だっているが、綺麗に洗浄するから匂いなんてしない。始めは人づてでやっていたが、ちょっとお願いしてウエブのサイトを作ったら依頼がたくさん来てね。皆それだけペットを愛してるってことなんだ。」

「へぇー、そんな仕事もあるのねえ。でもタカさん!あなたウェブの発音違うわよ!」


そう言われて笑われたのを覚えてる。また、「タカノリ」という名前だと「タカさん」お呼ばれることが多く、この「さん」は敬称ではない。そしてまたかあさんのことを思い出した――

プルルルルル、プルルルルル。かわいた空気が部屋に音をより反響させる。どれくらいボーッとして居ただろう。

子機の表示番号を見ると娘の携帯電話番号だった。

「もしもし」

「もしもしじいちゃん?」孫の一也の声だ。まだ中学生だから携帯電話はもらせて貰えないそうで、何か用事があると娘の携帯電話から電話をかけてくる。

「プレゼント決まったか?」

先月誕生日だった一也に、何かプレゼントを買うから決まったら教えてくれと娘に言っていた。

「うん、決まったよ。プレステ。」


「ぷれすて?」聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。

「テレビゲームなんだ、先週発売されたばっかり。」

「おー、そうか。ウエブで探して買っとくな。」


「それと、一也。学校の調子はどうだ?」

「サッカーやってるよ。」


「そうか、頑張れよ。」

「うん、お母さんに代わるね。」


「お父さんごめんね〜、あの子ありがとうも言わずに。」

「なあにいいんだ、あれくらいの年頃は礼を言うのが恥ずかしいもんだ。」

かあさんとの子供が産まれた時も、こんな風に買い与えて怒られたことがあった。

「かあさんの遺品整理は終わったの?わたしまたそっち行こっか?」

「いやあいいよ。1人でゆっくりやるさ。」

「あらそうー、お父さんもお母さんについてったらだめよ」

「はっはっは。そんな心配いらんさ。」


その後すぐに電話は終わった。葬儀の時も話をしたからだ。時計を見ると13時を過ぎていたが、お腹はすいていない。なんだか気分が晴れないし、家に1人だから閉塞的な気分にならないようにとカーテンをあけて、それほど眩しくない陽の光を家にいれた。

「よし、やるかあ」

重たい腰を上げてダンボールを作業台の上まで持ってきた。横内さんには悪いが納期が遅れちまう。ダンボールの封を切ると大量の犬の毛が袋につめられている。まずは洗浄をしないといけないため、風呂桶よりもひと回り大きな容器に洗浄液と水を適量入れ、わさっと毛を入れた。ここから更に数十分ほど浸け置きしなければいけないため、キッチンタイマーをセットして再び腰掛けた。すぐ手の届くところにリモコンがあったのでテレビをつける。


「発見が遅れると匂いが染みついてリフォームしなければいけない事もあるようで、管理会社の方から家を貸してもらえないと言われた方もいらっしゃいます。そこで、今日は京都大学教授の松永さんにお越しいただいています。どうでしょうか、松永さん。」

「えー、そうですね。こういった孤独死の問題は、奥さんや旦那さんが亡くなってから後を追うケースが多いことが既にわかっており、今仰られたように近隣住民や家主に迷惑がかかってしまうことは事実です。」

「それでは松永さん、精神的な問題もあるとみてよろしいですかね?」

「一概に言うことは出来ませんが、可能性としてはかなり高いです。歳をとると社交の場へ出る時間がどうしても少なくなってしまうの―」

テレビを消した。



時刻は17時を過ぎている。毛が乾いたので作業に取り掛かっていた。編みながらずっと考え込んでいる。周りの人間からも関係の無い人間からも、「次に死ぬのはお前だ」と言われているようで気分が悪い。この歳にもなると、「気を付けて」は精神への負荷でしかないのだ。俺は幸い持病もないが、かあさんが死んでから重たい鎖に繋がれているような感覚になる。決して生きる気力がなくなったわけではないんだ。勘違いされては困る。

ただ、意志とは裏腹に寂しい気持ちは生まれてくる。夜が来たからだろうか。肌寒いので電気ストーブの電源をいれた。じんわりと足が暖かっていくのを感じながら少し休憩をしようと思った。

コーヒーを淹れて今日の朝刊を持ってきた。老眼鏡がないと読めないため、電話台まで取りに行きメガネをかけると、まだカーテンが開いたままであることが気になってしまった。もういい時間だし閉めてしまおうと思ったが、空には星が見えた。小さいが確実に光っている。とても美しい。星が輝くのは周りの空がおぞましいほどに暗闇だからだ。周りに高い建物はないため、この歳じゃなければもっと鮮明に見えたはずだろう。よく、死んだ人は空から見ているという表現が、曲であったり物語であったりと様々なところで使われる。その表現にすがるわけでもないが、かあさんは居るのか、居たらどんな気持ちで見てるのか問いかけたくなる。


そうだ。すごくいいことを思いついたぞ。とりあえず今日の作業はこれで終わりだ。これから別作業に入る。季節外れだが、気合いをいれる為に腕まくりをした。小走りで玄関先からかあさんが使っていた手袋を持ってきて作業台に置く。次に作業台の横の箱から新しい毛糸を取り出した。そうだなあ、色は赤にしよう。そして俺も作業台に座る。なんだか腰が軽い。


かあさんが居なくて寂しいのなら、かあさんが使っていた物で新しい編み物を作ればいいじゃないか。いやあ、我ながら名案なのである。慣れた手つきで手袋をほどいていき、その次に新しい毛糸と交互に絡めていく。生き返ったような手付きで、異様なスピードである物が出来上がっていった。誰が見ても口を揃えて「腹巻きだ」と言いそうなマフラーが完成した。急ごしらえだし外で使うものじゃないんだからこれでいいだろう。


風呂に入りすっかり寝る準備ができたため、布団に入った。もちろんマフラーは巻いている。毛糸よりも暖かいものに包まれている。今日はいい夢が見れるはずだ。

「おやすみ、かあさん。」




    山本タカノリ死亡。享年62歳。










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