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色々あった(わけではないけど、そんな気分だった)ので、アルネとお茶をする

9/2。

5:00起床。

天気は曇り。





――アルネ、アルネ。


ぼくは、彼女の名前を呼ぶ。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。


やがて、アルネが目の前にひょっこり現れる。


――おはよう、アルネ。

――おはよう。……何かあったの?


アルネはかわいらしい眉を八の字にして、ぼくのことをふしぎそうに見つめた。今までは、アルネの方からやって来ることはあっても、ぼくの方から彼女を呼ぶことはなかったから。


――何にもないよ。何にもないから、呼んだんだよ。

――ふうん。

――今朝は、何が飲みたい?

――カフェラテがいいな。ミルクたっぷりの。冷たくしてね。

――はいはい。


ぼくが上機嫌でコーヒーや牛乳の用意をするのを、アルネはやっぱりふしぎそうに見つめていた。


――どうかな?

――うん。……この氷、水じゃないのね。

――そうそう。牛乳を凍らせたんだよ。これなら、溶けても薄くならないでしょ?

――おいしいわ、とっても。

――それはよかった。

――それで、


アルネは、カップをテーブルの上に置き、両手を組んだその上に小さな顎を乗せた。


――何があったの? 楽しい人。

――だから、何もないよ。……信用ないなあ。

――私はね、君を悲しませることがあったかどうか、訊いているわけじゃないの? その「何か」っていうのは、君をそんなに喜ばせたの? それを訊きたいの。


ぼくの考えていることなんて、アルネには何でもお見通し。そんなこと、わかっているはずなのに。それなら、もったいぶる必要もない。


――「ぼくはボク」……改めて、それを自覚したんだ。

――どういうこと?

――自分に付いているラベルを、全部剥がしたんだ。『うつ病』とか『発達障害』とか『ジェンダーレス』とかね。……まあ、それは本当ではあるんだけど、ぼくの全てではないから。なんだか、息苦しくなっちゃって。だから、剥がしたんだ。ぼくは、ボクという人間でしかないから。


アルネは、時々カフェラテをすすりながら、時々目を伏せた。彼女は今、何を考えているんだろう。


――少しだけ、涼しくなったね。


ふいに、アルネはいった。


――うん。

――生まれ変わるには、良い季節ね。

――……そうかもしれないね。


ぼくも、まだ冷たいカフェラテを口に含んだ。柔らかい味がした。


――夏が終わっても、会いに来てくれる?


ぼくはいった。


アルネは、そのことばにくすくす笑った。


――私は、夏の生きものじゃないよ。

――知ってる。

――私は、常に君の中にいる。君が会いたいと願えば、いつでも会える。


ぼくもアルネも、カップの中にはカフェラテがもう半分残っていた。氷は牛乳でできているから、焦って飲む必要もない。


ぼくらは、秋の訪れを静かに聞いていた。





「僕だけが、鳴いている」


これは、
僕と、ドッペルゲンガーのドッペルさんの話。


連載中。


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