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ラプンツェルの君へ(お題「キャンプ、灯り、悪魔」)

「がっかりよ」と、彼女はいった。


そんなこといわれても。


僕は、焚き火の中に薪をもう一本放り込んだ。ぱちぱちと小気味のいい音が鳴る。盛り上がる炎は、風を巻き込みながら、僕の顔を照らす。彼女の顔は照らさない。


「こっちへおいでよ。寒いでしょ」


もう何十回とくり返したセリフを口にする。


「遠慮しておくわ」


彼女も、決まったセリフしかいわない。


「私は、悪魔だから。……明かりに晒されたら、死んじゃうわ」





「がっかりよ。……あなたが自殺志願者じゃなくて、ただのキャンパーだなんて」

「紛らわしくてすみませんね、ええ」

「そうよ、樹海にひとりぼっちなんて……」


縊死以外、ありえないわ。彼女は、本当に悔しそうにいった。


「イシ……首吊りか。ごめんね。ビギナーだから、ロープの持ち合わせはなくて」

「ナイフはないの?」

「刃物なんて、はさみ以外持ったことないよ」

「じゃあ睡眠薬は?」

「毎晩熟睡できる人間には、処方されないよ」


役立たず。


彼女は、その場に座り込んでしまった。


「ごめんね、いじわるみたいになっちゃって。……でも、悪いけど、僕はもう死ぬ気はないよ」

「『もう』?」


彼女は、伏せていた顔を勢いよく上げた。


「ここにキャンプしに来たのは、本当だよ。でも、その気になったら、死のうと思ったのも、ウソじゃないよ。……まあ、生きるための道具は持ってきても、死ぬための道具は持ってきてないけどね」


僕は笑おうとしたけど、上手く笑えなかった。こんな場所でも道化を演じている自分に、気付いてしまったから。


こんな場所……。僕を悪者にした人も、除け者にした人も、ここにいないのに。僕は、人ならざるものの前でも、取り繕ってしまうのか。


「どうして?」


彼女は、また立ち上がっていた。


「どうして、私を悪魔だと信じてくれたの?」


薄闇と暗闇の、微妙な境目に立っている。僕を見下ろすその顔は、やっぱりよく見えないけど――。でも、これだけはわかった。彼女の目に、救いを求める光が宿っていることは。


「何だ、そんなことか」


僕はいった。


「ここは樹海だよ? 幽霊もいれば、悪魔もいるだろうって。それだけだよ」


焚き火は、すっかり下火になっていた。辺りはまた、暗闇に還ろうとしている。彼女は、胸の前で両手をきつく組んでいた。何かに必死に祈るその様は、悪魔とはほど遠い姿に思えた。


「もしかしてさ、」


祈りの途中に口を挟むのは、無礼に当たるだろうか。それでも、構わなかった。僕は、神なんて信じてないから。


「君も、死ぬためにやって来たの?」


彼女は、ハッとして僕の顔を見た。


「……どうして」

「だって、樹海を訪れる目的は、たった一つなんでしょ?」

「私は……」


彼女が口を開いた瞬間、炎が最後の煙を吐き出し、沈黙した。辺りは、完全な暗闇に包まれた。そういえば、今日は新月だった。街灯もないし、本当に何も見えない……。


「おいでよ」


でも、彼女の気配はまだ消えていなかった。


「もう、君を脅かすものは、何もないんだよ」


下生えにつまずかないように、すり足で近付く音。僕は、徐々に大きくなっていく音に向かって、腕を広げた。彼女は、気を失ったように僕の胸に倒れこんだ。か細くて冷え切った体が、小さく震えている。


「ひとりで死ぬのが、怖くなったの」


彼女はあえぎながら、煮えたぎったように熱い涙を流した。その熱は、僕の左の人さし指に落ちた。僕も、その熱には覚えがあった。


「僕もだよ。……だから、死ぬのは止めたんだ」


彼女の濡れた頬に、涙の乾ききった自分の頬をつけた。彼女のソレが僕の頬に移り、彼女に出会う一時間前の僕の再上映になった。


そして僕も、自分自身の涙を流した。それは、彼女の頬にも移り、どちらがどちらの涙なのかわからなくなった。


「死にたくないよ」


どちらからともなく、僕らはいった。


「寒くない?」

「……うん」


死ぬことを諦めた僕らは、二人仲良く毛布を分け合った。お互い泣き疲れて、ややこしいことはもう考えられなかった。


「朝になったら、どうしよう」


彼女がいった。


「まあ……誰かに見つかる前に、どこかへ行こうか」

「どこへ?」

「わからないけど……でも、大丈夫だよ」


死ぬことも生きることも、もうひとりぼっちじゃ出来ないから。


他人の死の匂いが満ちる中、僕らは眠りに落ちた。二人きりで、息を潜めて。それでも僕らは、生きていた。


生きていたいと、願っていた。

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