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Birthmark(お題:ハチ、駆け引き、目)

Aは言いました。


「欲しい、欲しい。あなたの痣が欲しい」


Bは言いました。


「欲しい、欲しい。あなたの目が欲しい」


「いいえ、いいえ」


首を振ったのはA。


「それでは、等価交換にならないわ。

わたくしの目は生まれつきのもの。

そしてあなたの痣は……蜂に刺されたのかしら? 

それとも、虻に噛まれたのかしら?」


「いいえ、いいえ」


次に首を振ったのはB。


「覚えていらっしゃらないの? お姉さま。

わたくしの痣も、生まれつきのものよ」


「だとしても、だとしても」


首を振るのを止めないA。


「目を失うか、痣を失うか。どちらが重大なのか、わかるでしょう?

それにこの目は、お母さまともお父さまとも違う、ひいおばあさまと同じ色なのよ。

わたくしがあなたに目をあげるなら、あなたもわたくしにそれ相応のものを渡さなければ」


「いいえ、いいえ」


またまた否定するB。


「この痣はお姉さまの目と同じ価値が――いいえ、いいえ、それ以上かもしれないわ。

なぜなら、わたくしはこの痣に、蜂を飼っているの。生まれたときから、ずっとよ。

痣は蜂。蜂はわたくし。わたくし達は、一蓮托生。

お姉さま。わたくしは、等価以上の交換をしようと言っているのよ?」


「お止め、お前たち」


仲裁するのは姉妹の母親。


「それぞれ自らの素晴らしさを誇っているのに、わざわざ交換する必要があるのかい?」


「だって、お母さま」


AとBは声を揃える。


「妹のものは」


「姉のものは」


「「欲しくなるものでしょう?」」



先の諍いはどこへやら、姉妹はくすくす笑う。


「良いことを思いついたわ」


Aは言った。


「奇遇ね、お姉さま。わたくしもよ」


Bは言った。


「「わたくし達、きっと同じことを考えているのね」」





わが娘たちながら、気味が悪い――母親は思わず目を瞑った。


母親から見れば、姉妹のする事なす事は、どれもこれも理解の範疇を越えていた。


腹を痛めて産んだわが子たちだが、時々、悪魔によって受胎された子どもたちではないかと疑う。


自身にも、数年前に亡くなった夫にも似ていない、この娘たちは。


「「ねえ、お母さま」」


気付けば、姉妹は母親にすがりついていた。


「わたくし達、交換するのは止めにしたの」


「そうなの? よかったわ。生まれもったものは、簡単に反故にするべきでは」「その代わり、」


姉妹は、示し合わせたように、同時に口を開いた。


「わたくしの目を」


「わたくしの痣を」


「「お母さまにあげることにしたの」」


状況を飲み込めない母親をよそに、姉妹たちはうんうん肯く。


「生まれもったものは」


「生んでくれたひとに」


「「わたくしたちは、返してあげるの」」



母親は、床の上にへたり込んでいた。いや、姉妹たちによっ引きずり下ろされたのか。あまりの恐怖に、記憶を辿ることができない。


「お母さま」


Aは、自らの目をもぎとり。


「お母さま」


Bは、自らの痣をちぎり。


「「あなたが生んだものを、あなたに返してあげる」」


Aは母親の上唇を、Bは下唇を掴み、大きく開いた。


「「これで、仲直りね」」


断末魔を背に、姉妹たちは互いの手を握り合った。

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