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愚者の行進(お題:カメ、リンゴ、スイッチオン)

「わたし達は、神に謀られたのです」


「神?」


「ええ。……神。地上の全てを統べる者。そして、人間の都合により、我ら動植物を嬲る者」


カメはそう云うと、ゼイゼイと喘鳴で体を震わせた。水を与えたとはいえ、それもつい先ほど、すでに手遅れなのだろう。腕も脚も紙のように干からび、愛らしかっただろう目は落ちくぼんでいる。


僕は知っている。どれだけ眼窩に沈もうと、その目はたった一つを捉えていることを。彼の後方に聳える、一つの丘を。


「お聞きいただけますか、旅の方。ウサギとカメの話を。……寓話に隠された真実を」





「わたし達は、無二の親友でした」


カメは、舌を何度も地面に擦り付け、湿らせながら話し始めた。


「ウサギとカメ。互いが互いにとって、異形の者。容貌だけではなく、性質も。……例えば、カメのわたしは歩みが遅く、ウサギの彼は歩みが早い。そう、あの寓話のように」


「寓話の通りであれば、ウサギは貴方をバカにしているようですが。……実際は、そうではなかったということですね」


「はい。歩みの遅速など、障壁にすらならない、些細な問題です。そもそも、わたし達は種族が異なっているんですから。当然のことです。……それなのに、」


カメの干からびた体に、その場で絶命しかねないほどの熱が籠る。


「ある日、神はわたし達に二つの果実を与えました。

『お前達は、あの丘を越えるのだろう? それなら、これを食べるがいい。ウサギとカメ、お前達が口にするからこそ、意味のある実だ』……。

わたし達は、ソレを見るのは初めてですが、噂には聞いていました。コレが、あの知恵の実だと。神が直々にお与えになった果実。わたし達は、喜んで口にしました。

……しかし、それが過ちの始まりだったのです」


カメの目が、さらに眼窩に落ち込んでいく。怒りの底へ、身を沈めていく。


「ああ! アレは、知恵の実などではない。傲慢の実だ!

アレを口にしたわたし達は――ウサギはわたしの歩みののろさを嘲笑し、わたしはウサギの傲慢さを冷笑したのです。

わたし達は志を同じくした友だったのに、気付けば、互いを蹴落とし合う敵となっていました。

……結局、この丘に辿り着いたのは、わたしだけ。わたしを侮ったウサギは、ひとりぽつねんと、元の丘に置き去りにされたまま」


「全て、神による捏造だったんですね」


カメは僕の言葉に身震いすると、突然ばたりと倒れ込んでしまった。触れてみても、反応がない。その腕の硬さは、すでに生者のものではなかった。


もう、ここにカメはいない。僕の眼前にあるのは、なにか干からびた塊だ。


「どうして迎えに行かなかったんですか? ……あなたもウサギも」


西の方から、風が吹く。僕がやって来た方向。僕がウサギに出会い、そして永遠に別れた丘のある方向。


「一時の恥が、互いを永遠に分かつ」


カメの死骸を抱えると、僕は元来た道を引き返した。この哀れな彼らを、弔うために。

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