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cherish(お題「ひまわり、橋、塔」)

村の外れには、橋があって。
そこを渡ると、塔があって。


いつ建てられたのか、何のために建てられたのか、知る人はいない。入口はなく、ただ、ずっとずっと上の方に、窓がぽつんと開いているだけ。(ただの穴だから、通気口かもしれないけど。)だから――何の役にも立たないから、わざわざ近寄る人はいない。……僕を除けば。


僕は知っている。あの窓から、時々ひまわりが見えることを。


ひまわりを見つけたのは、まだ肌寒い春先のことだった。だから、最初は見間違いか、幻かと思った。だって、こんな時期にひまわりが満開に咲いているなんて、おかしいじゃないか……。


でも、何度目をこすっても、川の水で目を洗っても、窓から大輪がのぞいていた。狂い咲きってやつなのかな。それにしても、あんなところに咲くなんて。あんなところまで、種が飛ぶなんて……。僕は、人気のない場所で生まれてしまったその花を、かわいそうに思った。


「僕がいるよ」


僕は、ひまわりに約束した。


「枯れるまで、毎日会いに行くよ」


ところが、初夏になっても、ひまわりは枯れなかった。もし、誰かが世話をしていたとしても、何ヶ月もしゃんと背を伸ばしている花なんて、この世にあっただろうか。


そんなことも、あるかもしれない。少なくとも、このひまわりには。僕は思った。だって、人知れず咲く花だもの。あんなに高い場所で、ひっそりと暮らしているんだもの。まるで、ラプンツェルだ。ラプンツェルのお姫さま……。


僕は、ひまわりに向かって、手を振ってみせる。すると、風のいたずらか、まるで手を振り返すように、ひまわりの頭が左右に揺れた。僕はすっかりうれしくなって、大声を出した。


「明日も! 明日も必ず会いに行くよ!」


死の匂いがする塔に咲いた太陽の花。僕は、初めての恋をした。





次の日は、大雨だった。川が氾濫しているから近付くんじゃないぞ。畑帰りの父さんは、母さんと僕にそう言った。


やだねえ、洗濯物も溜まっているっていうのに……。母さんはぶつぶつ呟きながら、朝食の目玉焼きを焼き始めた。けれど、僕はそれどころじゃなかった。


川?
川だって?
あの近くには、ひまわりが――。


僕は、勢いよくレインコートをひっつかんで、うちから飛び出そうとした。でも、その勢いは、父さんによって止められた。


「どこへ行くんだ!」

「塔に! 塔に行かなくちゃいけないんだ!」


父さんは思わず呆気にとられていたけど、母さんはすぐ合点がいったみたいだった。


「あんた、まだあんなところに通っているのかい? ダメだっていっただろう? 塔のふもとの橋は、老朽化していて危険だって、」

「そんなことは関係ない! あのひまわりには、僕が必要なんだ!」

「ひまわり? ひまわりがこの時期に――」


僕は父さんを振り切って、ひまわりが待つ塔へ急いだ。


川はものすごい勢いで流れていて、その上にかかっている橋も、荒波に揉まれて、今すぐ藻屑になってしまいそうだ。


それは、僕も同じだった。雨粒を叩きつけられて、視界を遮られて、橋の長さがいつもより長く感じる。


焦っちゃいけない。僕は、自分に言い聞かせた。焦って走り出しでもしたら、そのまま川に転がり落ちてしまう。落ち着け、落ち着け……。


それにしても、どれだけ歩いても、塔にたどり着かない。橋の終わりが見えない。いつもなら、子どもの僕でも十歩歩けば、すぐに渡り終えるのに。もう、何時間も歩いている気がする。早く行かなきゃいけないのに。


ひまわりが見えるあの窓には、ガラスがない。だから、ひまわりには雨風をしのぐ術がない。僕が風除けに、雨除けにならなきゃ。それが、お姫さまにしてあげられる、王子の僕の務めだから……。


そのとき、まったく見えなかった視界が、急に開けた。ひまわりが、目の前にいる。いつも手の届かない場所にいるお姫さまが……。


「お姫さま! 助けに来たよ!」


お姫さまは、右に付いている葉っぱを――右手をひらひら振った。


呼んでいる。
僕を、呼んでいるんだ。


やっぱり僕は、君の王子だったんだ!


「待ってて、今そばに――」





翌日、村の川の下流で、少年の水死体が発見された。


身元は、すぐに判明した。昨晩の豪雨で外へ飛び出したのは、彼しかいなかったからだ。彼は、まるで何かにとり憑かれていた様子で、両親の制止を振り切り、村の外れの塔へ向かったという。


少年は足繫く塔に通っていたそうだが、塔に入口はないため入ることはできず、また辺りに民家もないため、どのような事情があったのか察することはできない。


少年の両親によると、彼は近ごろ「ひまわり、ひまわり」とうわ言のように呟いていたそうだが、塔の辺りにそんな時期外れのものは咲いておらず、ましてや塔の通気口からも窺うことはできなかった。


そのため、少年は幻を見ていたのではないかと、村の住民の間では、まことしやかに囁かれている。

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