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指切りなんかしなくても、(今朝は、ウィンナーコーヒー)

9/30。

5:00起床。

天気は晴れ。


――あ、うかない顔してる。

――アルネ。

ベランダで一人ぼんやりしていると、アルネが現れた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――何か「あった」の?

――……何も「なかった」日なんて、一度もないよ。

きっと、アルネにはすべてお見通し。


だからこそ、はぐらかしたくなる。

――今日はコーヒー? それとも紅茶?

――君は何が飲みたいの?

――ぼく?

ぼくが飲みたいもの。


そんなこと、一度も訊かれたことがなかった。


アルネなりに、ぼくを気遣ってくれているんだろうか。

――じゃあ、ウィンナーコーヒーにしよう。ホイップクリームが余っててね。市販品だけど。

――私、初めて。

――ぼくも2回目だよ。この前行ったカフェでおいしいのを飲んでね……。

豆を挽いていると、自分にのしかかっている問題が遠のいていくのを感じた。実際は、そんなことないんだけど。


淹れ立てのコーヒーに、さらにホイップクリームを浮かべる。

――はい、どうぞ。

――どうも。……ああ、おいしい。カフェラテとはまた違う味。

――うん。……なかなか上手にできたな。

――クリームは市販でしょ?

――コーヒーの方だよ。

ずっと、こうしていられたらいいのに。ぼくがコーヒーを淹れて、アルネがそれを飲んで。そんな、なんでもないことで世界が満ちていればいいのに。

――また、うかない顔してる。

――たぶん、元からだよ。

――ウソつき。

――それも、元からだよ。

ぼくは、アルネにすらいえない。自分にしか見えない、自分だけの女の子にすら。


ぼくにのしかかっているものは、ひどく臭くて、とても重い。こんなもの、見せられるはずがない。

――何か「あっても」何も「なくても」、

――うん?

アルネは、すでにコーヒーを飲み干していた。

――これからも、私とお茶してくれるんでしょう?

そして、微笑んだ。


もしかしたら、ぼくの背後にあるものを見ても、こんな風に笑ってくれるのかもしれない。だからといって、彼女の気分を害すことはしたくないけど。

――もちろん。ぼくは、君専属のお茶係だからね。

――お茶を飲む相手もね。

アルネはすっと立ち上がると、ぼくの顔をのぞきこんだ。

――私がお茶を飲みたくなったとき、ちゃんとそこにいなさいよ。

――約束するよ。ぼくだけの女の子。

指切りはしなかった。


そんなことをしなくても、ぼくらの約束はいつでもここにある。





「僕だけが、鳴いている」


これは、
ぼくと、ドッペルゲンガーのドッペルさんの話。


連載中。


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