何も知らないから、旅人になった(或る旅人の日記/加藤久仁生)

僕の夢の中で、僕はいつも旅人だった。


旅人は、「stranger」と訳されることがある。


stranger。
見知らぬ人。
よそから来た人。


見知らぬ場所にいて、見知らぬ人達がいて、その場所では、僕の方が見知らぬ人間だった。(自分の夢なのに、変なのって思うかな。)


僕はそこで、様々な経験をする。


曖昧ないい方しかできないのは、目が覚めると、10秒も経たない内に、どんな夢だったのか忘れてしまうからだ。


覚えているのは、自分がよそ者だったことだけ。


自分が、旅をしていたことだけ。





『或る旅人の日記』


或る旅人――トートフ・ロドルは、架空の国トルタリアの旅人だ。タイトルに『日記』と冠しているように、この作品には、彼が今まで訪れた場所での出来事が収められている。


彼はトルタリアで、夢のような日々を起こっている。


(……夢のような、は語弊があるかな。そうだね……夢に出てくるような、っていった方が近いかな……。)


旅路の中で、彼はよく感動している。


感動。
心を動かされること。


時には、静かに喜び。
時には、恐怖に震え。


彼は、いつも感動している。


トートフ・ロドルが旅を続けている理由は、作中では明らかになっていない。(それを匂わせる描写はあるものの。)


けれど、僕にはなんとなくわかる気がする。


彼だけじゃない。
人が、旅をする理由。


知らないことを、知ること。


見知らぬ場所にいて、見知らぬ人達がいて、その場所では、自分の方が見知らぬ人間で。


「知らない」だらけの中で、「知る」を見つけるのは、簡単なことじゃない。でも、簡単じゃないからこそ、探そうとするんだろう。探して探して、ようやく見つけ出したものは、何ものにも代えがたい宝物になるはずだから。


知ることは、生きること。


常に「知らない」の中で生きるために、旅人は場所を移すんだろう。トートフ・ロドルがそうであるように。


strangerが、strangerで居続ける理由は、きっと、そういうことなんだと思う。


トートフ・ロドルは、今もトルタリアで旅を続けている。


今日も、「知らない」の中で生き続けている。





夢は自分を映す鏡だと、誰かがいっていた。


自分を知るために、僕は今日も旅人になる。


「知らない」を知るために、strangerになる。

5/6更新

或る旅人の日記/加藤久仁生(2005年)

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