”幸福な静謐”を、どうか君にも
11/10。
5:30起床。
天気は曇り。
*
これでも前日に、「明日は何を書こうか」と考えている。でも、いざ翌朝になると「これじゃないな」とボツにする。そして「さて、何を書こうか」とキーボードの上で指先がさまよっている。
どうしてだろう? 昨日のぼくと、今日のぼくは違う。そんな、ありきたりな理由だろうか?
ぼくは、日記を書いているこの時間を、「時間が止まっている」と思う。
ぼくが目を覚ます時間は、いつも真っ暗で。部屋の電気は点けず、間接照明を点けて。ぼくは、肩にブランケットをかけて。白湯をすすって、体を温めて。
この時間だけは、いつも変わらない。今日のぼくも、昨日のぼくも、明日のぼくも、全て混じり合ってここにいる。
バカみたいって、思うかな。でも、そんな気がするんだよ。
ぼくは、この時間を幸福に感じるんだ。
ぼく以外は、誰も目を覚ましていなくて。車の音一つしなくて。(田舎だからね。)キーボードを打つ音だけが、しんと響いている。とても、とても静かだ。
”幸福な静謐”
なんて、大げさかな。
けれど、音に溢れている毎日で、それを感じられる時間は、ぼくをすごく安心させるんだ。
もちろん、ぼくには好きな音もあるけどね。大好きな音楽もそう。それに、雨の音。風の音。時々触るギターの音……。
でも、苦手な音もたくさんある。(それは、ぼくだけじゃないよね? 君はどうかな?)外に出たときは、特にね。
ぼくは、一度に大量の情報にさらされると、ぐったりしてしまう体質なんだ。視覚的な情報も、そして聴覚的な情報もね。
ああ、そっか。だからこそ、休憩時間が欲しいのかな。何の情報にも脅かされない、静かで穏やかな時間が。
ぼくは朝型人間だから、朝にその時間を作るけど……。君はどうかな?
もし君が夜型人間でも、それなりに時間は作れると思うんだ。夜だって、真っ暗で静かで、穏やかな時間を孕んでいるからね。
1時間とはいわない。30分でも、15分でもいい。君にとっての、”幸福な静謐”があればいいと思う。
ぼくは今、とても幸せだよ。ここには、余計なものは何もないんだから。ただ、自分とぼんやり向き合うことができるから。だから、幸せだよ。
*
「僕だけが、鳴いている」
これは、
ぼくと、ドッペルゲンガーのドッペルさんの話。
連載中。