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一気にドドドドーーンと建設したの『ポニイテイル』★71★


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時と場所が少しもどって、7月6日火曜日の夕方のことです。

「じゃ、行ってきまーす!」

ツバメのような速さで学校を飛び出したプーコは、ブラウニー図書館に着くなりハンモックへ飛び込みました。おなかがすいたなと思っただけなのに、司書がおいしいクッキーを運んできてくれました。

受験から解放された喜びと、調べたいものを調べられる自由。
読みたいものを読んでいられる幸福。
プーコはとても上きげんでした。

「ねぇパナロさん」

寝そべりながらプーコは尋ねました。

「あたしの行っている学校、動物だらけなの知ってますか?」
「もちろん」
「人間がどんどんやめちゃって町じゅうの人に動物園じゃないかと笑われたり、あんなの学校じゃないとヘンな顔をされてます」
「すてきな学校なのにね」
「いいですよ、気を遣わないでください。それに昨日休んじゃったし」
「ホントにすてきだと思うけど」
「信じてもらえないかもしれないけれど……」

司書パナロに完全に心を許したのでしょう。プーコは長い間秘密にしてきたことを打ち明けました。

「あの学校、実はわたしのお父さんとお母さんが建てたんです。仕事が忙しくてわたしの面倒を見られないかわりに、ふたりはわたしが毎日行きたがるような、楽しい学校を建ててくれたんです」
「……」
「仕事が忙しくてわたしをどこかに預けるならわかるけど、学校を作っちゃうなんて発想、普通しないですよね。でもわたしは小さかったから、こんな学校がいい、あんな学校がいいとリクエストして。そんなふうにしてあの学校を、わたしともう1人の友だちのために……お父さんもお母さんもいない、ただひたすら動物が大好きなあどちゃんのために、プレゼントしてくれたんです」

司書の長い鼻は「うん」とうなづくように動きました。

「お父さんとお母さんがやっている生物に関する仕事は、どれも大事な仕事で、ぜんぜん断れないものばかり。一日一日が勝負で、少しでも手をぬいたり、もたもたしていると、取り返しがつかないくらいひどい事態になっちゃうものばかりなんですって。だからふたりとも、家に1年に数回くらいしか帰ってこられないんです……。でも、わたしがさみしくないように学校を作っちゃうなんて、なんていうんだろう……とにかくカッコイイと思いませんか?」

司書は鼻で「うん、うん」と2回うなづきました。

「しかも思いついたらすぐに、あっという間に作っちゃったんですよ! わたしは建てるところを見ていないけど、さすがに忙しくしているだけあって、世界中にたくさん、たよりになる仲間がいるみたいです。ちなみにあの教室のバルコニーは、わたしのらくがきみたいな設計図がもとになっているんです」

今度は司書の鼻は動きません。

「驚きました? ウソみたいな話でしょう。信じてもらえないかもしれないけれど。こんなのウソだと思われるよね、ゼッタイ。しかもわたし説明下手だし。しゃべってると……なんかわかんないけど、涙がすぐに出てきちゃう」

パナロの鼻はくるりと1回まわったあと、プーコの頭を3回、ほほを2回なでてくれました。

「ふふふ。悪いけどあなたのすてきなそのヒミツ、わたしはぜんぶ知っていました」
「?!」

今のは大親友のあどちゃんにも、チラリともいったことがないヒミツです。

「なんで? この図書館で調べられるとか?」
「いえ」
「じゃあなんで、パナロさんは知っているのですか?」
「あなたのお父さんは、わたしの古くからの大親友なのよ! わたしはあなたのお父さんに頼まれてここにいるのです。これはあなたのお父さん、お母さんから、あなたの12才の誕生日に発表するようにといわれていたんだけれど、1日早く伝えます。このブラウニー図書館はね……じつは、あなたの学校の施設なのよ!」
「……!」
「ふふふ。四年間かけて計画して、あなたのご両親のたくさんの仲間と、世界中にいるハナロングロングゾウが集結して力をあわせて、月のない暗い夜に、一気にドドドドーーンと建設したの」
「ハ、ハナロングロングゾウ!」
「そうハナロングロングゾウ」
「なんで?! さっきあどちゃんと考えたばっかりなのに?! あ! え? パナロさん、もしかしてハナロングロングゾウ? でも、え? あれはわたしたちの想像でしょ?」
「あなたはそれを調べに来たんでしょう」

司書パナロは、プーコが持ったら腕がスポッと抜けてしまいそうなあの『生物大図鑑』を軽々と運んできてくれました。プーコは索引でハナロングロングゾウの項目をさがしました。ハナロングロングゾウは少女がふたりで考えた架空動物のはずなのに、ちゃんと図鑑に載っていました。それどころか、そこには2人が空想した以上のことがたくさん書いてありました。

* * *

ハナロングロングゾウは安全な場所を好む大型動物です。人間が多い地域では、図書館に生息することが多いです。図書館にいるハナロングロングゾウは、その長いハナをいかして、子どもたちが本を読むのを助けます。ハナロングロングゾウは世界各地からめずらしい本、おもしろい本、せつない本を集めてきては、毎日せっせと本だなに整理しておさめています。このゾウが集めるのは物語ばかりではありません。生物図鑑や宇宙の本などについては、最新の研究書も(その多くはむずかしくて、子どもたちはわからないのですが、それでも)しっかりと用意しておきます。ハナロングロングゾウにおすすめの本を聞いてごらんなさい。きっとあなたに、今一番ぴったりの本を教えてくれるでしょう。

では、ハナロングロングゾウ自身は、いったいどのような本を好むのでしょうか。じつは、ハナロングロングゾウは詩集が好きなのです。それにはもちろん、理由があります。主な理由は二つ。一つはハナロングロングゾウは、仕事中にこっそり鼻歌をうたうのが好きなのです。詩集にはたくさんの、覚えやすいことばがのっています。ハナロングロングゾウは、お気に入りの詩に、自分なりの節をつけて歌っているのです。こうすれば、毎日の生活がとても楽しくなるのです。もう一つの理由はハナロングロングゾウの生い立ちに関係があります。ハナロングロングゾウは、ある詩人の空想から生まれました。その詩人は女性で、いつもふざけてばかりいるキノコ研究家の夫と、ふたりでひとつの愉快な空想をしていたものです。もちろんハナの長いゾウの話なんて、世界中の子どもやおとなが想像しています。でもその詩人たちは世界中の誰よりもしっかり、くっきり、きみどり色の長いハナをもつハナロングロングゾウのことを思い描きました。詩人たちの間には産んだばかりの子どもがいました。でもとても悲しい理由があって、その子と別れなくてはなりませんでした。そう、国に『現実革命』が起きたのです。革命家は現実を推し進め、空想を駆使して人間をたぶらかす詩人は、まっさきに弾圧されました。キノコ研究家の夫は、もっと人の役に立つ研究をしろと迫られました。研究家はそれをきっぱりとことわりました。すると長年せっせと調べてきたキノコ研究の成果は取り上げられ、目の前ですべて燃やされてしまいました。キノコ研究家はショックで目の前が真っ暗になりました。おそろしい革命はなおも進み、いつまでも現実に屈しないふたりの逮捕・処刑が決定した夜のことです。詩人の妻は、西の夜空を見ながら、自分たちが考えたハナロングロングゾウがどこからかやってきて、高い灯台のてっぺんにこっそり隠した赤ちゃんを、その長いハナで助け出してくれる場面を空想しました。この子が大きくなるまでこまりませんように。森の奥に作っておいたキノコ型の家で、やさしいハナロングロングゾウにこっそり助けられながら、その子どもがすくすく育っていくようすを思い描きました。こうして架空動物のハナロングロングゾウに命が宿りました。だから、ハナロングロングゾウは詩集が好きだし、研究書を大切にするし、子どものためにもてる力を尽くすのです。

* * *

「パナロさん」

プーコが呼ぶと、きみどりのハナのパナロは丸い穴からハナをのぞかせました。

「パナロさんは……わたしとあどちゃんのためにいるの?」
「もちろん」
「すごい!」
「逆に言えば、あなたたちがいるおかげでわたしがいるの」
「?!」

パナロさんはプーコのほほをもう1度なでました。

「わかる?」
「たしかペガが……こないだそんなこと言ってた!」
「あの子、さっき死にそうな声で『元気になったらあなたを乗せて空を飛ぶぞ』って言ってた」
「ペガが? 乗せてくれるの?」
「それがあなたへの誕生日プレゼントですって。今は爆睡してるけど、ちゃんと復活するから、そのときは連れてこいって威張ってた」
「パナロさん、ペガと友だちなんですか?」
「もちろん。ペガもユニもミヤコも」
「ミヤコ?」
「プーコさん、ミヤコウマのこと調べてたでしょ。それであの子、がぜん勇気が出たんだと思う。きっとミヤコも感謝してる」

現実と架空がミックスされてしまったようで、プーコは夢を見ているような気分でした。話をつかみきれなかったけれど、そこにはただ身をゆだねていればいいような、気分の良さがありました。

あなたたちがいるおかげでわたしがいるの——

パナロさんのフレーズが胸に響きます。たぶんきっと——ペガサスにまたがって空を飛ぶと、きっとこんな気分がするはずです!

ペガったら。
あの子、ホントに飛べるのかな?

「パナロさん、何か、今のわたしに超おすすめの本はありますか?」
「もちろん。でも今日はもう遅いから明日にしましょう」
「はい。今日は早く寝て、明日の誕生日に読もうと思います!」
「それがいいわ。12歳の誕生日にぴったりの本だから」
「12歳の誕生日にぴったりの本? やった! あ、あどちゃんと一緒にその本読もう!」
「ご両親が2人にプレゼントしてくれた、バルコニーの、デッキチェアでね」
「はい!」
「じゃあ、今から13秒数えていて。一番のおすすめをとってくるから」

きみどり色のパナロは、ブラウンのフロアをすべっていきました。パナロが持ってきてくれたのは、きれいな金色の表紙の

『ポニイテイル』

という名の物語でした。

「これは、どんな本なの?」
「ふふふ。それはもちろん言わない。読んでからのお楽しみよ」

『ポニイテイル』★72★につづく

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