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キラキラ去って、またキラキラ 『あら?!マドリ』★11★

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「あ、ちょうど良かった。マドリさん、さっきの試合の動画、こっちに送ってもらえますか?」

男子テーブルに行くなり、デイビッドくんにリクエストされた。

「あ、いいけど、ええと……送信のやり方、わからないよ」
「それならオレがやりますんで、iPhoneのロック解除してください。あ、写真のフォルダとかメールの一覧に見られちゃ困るものあります?」

あるような気がするけど——こっちもプロだ。構わない。

「いいよ、気にしないで。もうやりやすいようにやっちゃって」
「ありがとうございます!」

デイビッドくんは手慣れた手つきで作業を開始する。
ユニフォームを着替えたデイビッドくんの私服のシャツの色はライトグリーン。スニーカーはコンバースのピンク。さわやかな四月にぴったりの配色だ。舞鳳は汚れてしまった白いスニーカーを見えない角度に引っ込める。

そして——『豆のイタズラ』の他に、こっちの席で何かやるんだったよね……

「あ、そうだ!」

舞鳳は席を立ち、女子テーブルへいったん戻ると、予定通り残した『みそカツサンド』を小皿に乗せ、ジャンボくんへ差し出した。びっくりした顔をして固まるジャンボくん。

「これ、もしよければ食べる?」
「いいの?」
「ジャンボくん、大きいね。身長いくつ?」

グラウンドでも大きく見えたけれど、ここコメダでも『たっぷりサイズ』だ。

「175センチです」と本人に代わってデータ転送作業中のデイビッドくんが答える。
「175センチ?! すごいね!」
「オレ、ソッコースカウトしましたよ。始業式の朝礼でジャンボが紹介された瞬間、これはヤバいって。キーパー強くなったから……守備力大幅アップです。今日の試合も惜しかったですし。あの2点はジャンボのせいじゃないから」
「ふふふ。あいさつ終わったらすぐスカウトしにきたよね。デイビッド、朝礼中にオレのとこ来たんだよ」とジャンボくん。
「あは! 朝礼中は早い! 嬉しかったでしょ」
「うん。オレ、前の学校でもキーパーやってたし。メッチャうれしかった」
「おい、ジャンボ。お前、タメ語とか甘えるな。マドリさんは大人だぞ。丁寧な言葉でしゃべろ。謝れ」

乱暴な言葉でジャンボをたしなめるデイビッドくん。

そして——

「ごめんなさい」

ジャンボくんは大きな体を少し小さくして、素直に謝ってきた。
なんなんだろう、二人のこの体育会系先輩後輩チックな関係は。
それにしても……最近の子は言葉遣いが乱れてるどころか、丁寧なのかな?

「あ、ジャンボくん……えっと、別に謝らなくてもいいですよ」

つられてマドリもぎこちない丁寧語になる。
デイビッドくんはさらに付け加えた。

「あと……マドリさん、オレ、さっきのインタビューのこと反省しました。ごめんなさい。失礼でした」
「失礼?!」
「サッカー選手ってこうかなって思って、あんな感じで何となく演じてみたけど……あのあとベッカムがアメリカの番組でインタビューを受けているのをチェックしました」
「チェック?」
「YouTubeに上がってました。英語バージョンですけど」
「デイビッド、英語できるの?」とジャンボ。
「オレのおじいちゃん、イギリス人だから多少ね。そもそも英語できなくちゃ、世界と戦えないだろ。ですよね、冬本さん」
「たしかに、英語はできた方がずっといいね」
「そんなことよりベッカムです。今のベッカムはぜんぜん偉そうじゃなくて、超ていねいでフレンドリーで話すのすごく上手くて。見ている人も聞いている人もハッピーでした。パパになったベッカムって、4人の子どもが全員ちがう学校に行ってるから、その送り迎えを1時間15分もかけてしなくちゃいけなくて……」

こういう具体的な数字をしっかり覚えているところに、舞鳳はデイビッドくんの地頭の良さを感じる。きっと描くイメージがくっきりしているんだ。まだ会ったばかりだからわからないけど——

舞鳳は得意の妄想モードに入る。

デイビッドくんは優れたイメージ力を持っているんだ。ベッカムという人と4人の子どもたちの朝のシーンを細部まで、たとえば朝食に焼くソーセージのにおいとか、玄関に散らばるたくさんの靴だとか、そういうのをしっかり思い描いているんだ、きっと。あ、靴は脱がないか。

舞鳳も、ベッカムがどんな人かわからないけれど、イケメンの外国人が、子どもたち4人を毎朝学校まで送っていく姿を具体的に想像してみた。朝、ぐずる4人をたたき起こして、朝食を食べさせて、車にみんなを乗せて、学校まで順番に送り届ける。兄弟ゲンカも始めるだろうし、機嫌が悪くてしゃべらない子もいるだろうし、学校でテストがあるから、今日は具合が悪いと仮病をつかう子もいるかもしれない。そんな息子に対し、「パパも小さいころは——」なんてむかし話を交えて励ます。

うーん、ちょっとリアルに想像するだけで、すごく忙しそうだし頭が痛い。舞鳳は一人っ子だから、朝の騒々しさとは今も昔も無縁だが、朝からそんなエネルギーを消費して仕事ができるのだろうか。

ただ……このベッカムって、引退後のベッカムだよね?! 小学生が興味をもったり身につまされたりするような存在ではないのでは……。デイビッドくんは、『選手ベッカム』じゃなくて、『人間ベッカム』を目指しているのかな。たしか髪の毛の先からスパイクの先までパーフェクトを目指すって言ってたよね……

それと忘れちゃいけない新情報。デイビッドくんのおじいちゃんは『イギリス人』なんだ! そう考えると……ぜんぜんキラキラネームじゃない。

「動画で、『子どもたちの運転手役』は忙しいって内容を話していたんですけど、話がすごくクリアで、表情もすごく楽しそうでした。さっきのオレ、たぶん楽しそうじゃなかったですね。ごめんなさい」
「大丈夫です。あなたとのインタビュー、とっても楽しかったし、デイビッドくんのベッカムへの尊敬がすごく伝わってきました」

あら?!

舞鳳も子どもたちを見倣ってつとめて丁寧な言葉で返したが——この話し方だと、自分が自分じゃないみたいな感じがする。こういう違和感が気になって、たぶんデイビッドくんもベッカムのインタビュー動画を探し、修正することにしたんだと思うんだけど……。

どうする、自分——ひとまずの結論としては、デイビッドくんに対しては『フレンドリーさをベースとしたていねいさ』がよさそうだ、なんてことを考えていたら——

「そうそう、さっきオレ、試合をベンチのすぐ近くで見てたら、この朝練の子の名前、わかりましたよ」

「え?」

朝練の子——試合中、一人だけ別次元のプレーをしていた子。ずっとスマイルで、すごーくたまに、丸尾編集長のインスタに登場する謎の少年。

「この子——ロイって名前でした」
「ロイくん!」


キ ラ キ ラ 去 っ て

ま た キ ラ キ ラ

★12★へつづく

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