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きみのとなりにいる僕⑩



   何度考え直しただろう。何度思い留まろうとしたのだろう。  
 僕は震える手でようやくその一言を打った。  
 『今日の夜会えますか?』  
 しばらくして既読がついた。  
 『どしたん?みつるん』  
 貴一さんから返事が来た。  
 『ちょっと、話したいことがありまして』  
 もう、後には引けない。彼から返信が来るまでの間が永遠のように感じられた。
 『わかった』  
 胸が張り裂けそうだ。もう決めたことなのに、心が揺らぐ。でも、あと少しでこの苦しみから解放される。  
 僕は歩き出す。さあ、行こう。彼が待っている。

 ✱

 「おつさま、みつるん」  
 いつものように優しく笑って僕を迎えてくれる貴一さん。だめだ、泣くな。堪えろ。僕が勝手に決めたことなんだ。決めたんだ……。  
 「お疲れ様です、貴一さん」  
 僕は緊張と涙を堪えるような声を喉から絞り出す。  
 「あまり時間が取れないからここでもいいか?」  
 忙しいのに来てくれたんだ。優しいな。
 「大丈夫です、すぐに済みます」  
 俯きながらそう伝える。だめだ、彼の顔が見れない。彼に別れを告げよう、そう決心したのに。言葉が出ない、出したくない。だって本当は……。  
 「ちょうど俺も話があってね」  
 不意に貴一さんがそう切り出す。
 「え……?」  
 胸騒ぎがする。鼓動が早まる。まさか、でも。  
 「こうして病院以外でみつるんと会うことはもうない」  
 「俺とみつるんは担当医と患者だ。それ以上でも以下でもない」  
 「で、みつるんは?何の話だった?」  
 僕はただ呆然と立ち尽くしていた。何も考えられない。理解が追いつかない。
 「同じこと考えてたか?」  
 彼の言葉が何も聞こえない。何か言ってんのかな。いつもはあんなに心地良い彼の声なのに今は何も耳に入らない。呼吸が浅くなる。頭が痛い。何も考えられない。いや、頭は先程の言葉だけ反芻している。  
 もう、会うことは、無い。  
 「じゃ、俺は行くぞ」  
 何だ、同じこと考えてたのか。いや、正確には違う。僕は彼が好きだ。今でも。ただ、胸の苦しみに耐えられなくて彼を独り占めしたくて出来なくてもがいていた。  
 でも、彼は僕とは違ったんだ。  
 「はは、なんだ……」  
 いつもみたいに降り積もる雪が、僕の心も埋めてしまえばいいのに。そうしたら冷たくて、まっさらで、悲しみなんて感じない心になれるのに。  
 今夜はよく晴れた夜空だった。