労務分野の底上げ、価値向上のために。/株式会社TECO Design 杉野様特別インタビュー【前編】
インタビューシリーズでは、バックオフィスの専門家や、新しいことに取り組む方達からお話をお伺いし、日々の業務のヒントになるようなノウハウや考えを記事として共有します。
第一弾は、人事・労務を中心にコーポレート業務のDX・効率化、生産性向上を支援する株式会社TECO Design 代表取締役社長の杉野様にお話を伺います。前編となる本記事では、労務分野の課題やDX化についてお話をお伺いしました。
◆プロフィール
杉野愼(すぎの しん)/株式会社TECO Design代表取締役社長
Twitterアカウント@shinson10 岡山県笠岡市出身。
広島大学大学院 工学研究科 修士課程 修了。
●医療系IT上場ベンチャー企業に就職。テレアポから営業トークまでを徹底的に分析して、マニュアル化。科学的な営業を取り入れ、トップセールスを継続達成。
中四国大手の社会保険労務士事務所に入社。実際に給与計算業務などに従事し、顧問先担当企業のIPO、M&Aも経験。同時にIT推進室室長として、社内のマニュアル整備、IT推進などに注力。またグループ内でコンサルティング会社を設立し、顧客データベースの導入・移行作業や、クラウド勤怠、クラウド給与等の導入、また、業務フローの見直しなどを含めたバックオフィスの業務設計を中心に実施。
これまでに、200社以上の給与・労務・勤怠サービスの導入支援業務を実現。
ー杉野様、本日はよろしくお願いいたします。
キャリアのはじまりは営業でいらっしゃいましたよね。労務分野に進まれたきっかけをお教えください。
28歳くらいの頃に、なんとなく今後10年間で働くことについての価値観が変わるんじゃないかな、と思ったことがきっかけです。それで働くことの専門家である「社会保険労務士」という資格を知りまして、広島県で一番大きい社会保険労務士事務所に応募して勤務を開始したことから労務分野のキャリアが始まりました。
ーここ数年で働き方改革・勤務体系の多様化なんかも進んでいますから、まさに杉野様の読みどおりでしたね。いま取り組んでいらっしゃる、労務業務のDX支援はどのようなきっかけで始められたのでしょうか。
うーん、どうしてもこれがやりたい!という思いがあったわけではなくて、出来ることとやりたいことが合致したことがきっかけでした。
社労士事務所に勤務して、労務の専門知識を得たいとは考えていたのですが、どちらかというと採用や人事制度といった、人事領域でも花形の分野に憧れていたんですよね。
ですが、知れば知るほど「労務分野」の問題が根深くて、これは長く向き合わないといけないぞと気持ちが変わってきました。そのタイミングで、WEB給与明細・勤怠管理システムが普及してきたのですが、当時はITと労務両方に詳しい人材が少なかったんですよね。
だったら、労務知識と前職で得たITの知識を活かして、自分が取り組んだら良いんじゃないかなと思ったことがきっかけで、労務分野のIT化推進・DX領域に足を踏み入れました。
ー労務の問題が根深いというのは、どういったことでしょうか。
一つは、市場が小さいのでITの力が入ってくるのが遅かったということです。もう一つは、労務分野で働く人たちを底上げが必要に思ったことです。
経営者の頭の中って、売上や事業展開が大半を占めているんですよね。だから、バックオフィスへの優先度が低く、業務改革やDX化が進まないんですよ。
失礼な表現かもしれませんが、座っていても出来る仕事なんだから、パートタイマーの方を雇用してやってもらえば良いんじゃないの?という雰囲気がありました。実際に、当時の労務担当者は事務スキルに特化した人が多くて、扱いも実態も作業をただ行う「事務屋」であることが多かったように思います。
社労士事務所も同じで、労働集約的でかつ紙・Excelがメインの非効率的な業務が多くて、労務分野の仕事を変えたいな、全体のレベルを底上げしたいなと強く思いました。
ーTECO Designや杉野様の元に依頼にいらっしゃる方たちは、どのようなきっかけでいらっしゃるんでしょうか。
人手不足で、もうどうにもならない状況である場合も少なくありません。
以前は、「属人化」が課題である場合が多かったんです。
例えば、定年で辞めてしまう方がいる、産休育休で長期で離れる方がいる、退職してしまう・・・といったケースですね。でも、少子化が進み、年々採用が困難になっていますよね。それに、バックオフィスや労務は少人数で回している場合も多いですから、未経験者や経験が浅い人材を育てることも出来ない。
それから、企業が欲しい人材と実際に市場にいる人材の乖離が起きていることによって、人手不足がどんどん進んでいます。加えて、効率化やDX化の遅れによって、給与計算や勤怠管理と言った標準業務で手一杯の状況なのに、働き方改革やLGBT配慮、リモートワーク対応といった新しくかつイレギュラーな業務も増えています。
ーなるほど・・・。ストレスチェック義務化なんかもありますし、人手不足な上に労務担当者一人が担う業務量が増えているのですね。
まさにそうなんですよ。
疲弊している労務担当の方は少なくないでしょうね。コロナ禍は労務分野のDX化の推し進めている要因にもなっていますから、ここ1〜2年で大きく変わるかなとは思いますが。noteで連載していた「小野寺さん」シリーズを読んで頂けると、労務担当者の方は彼女の苦労や疲弊に共感して頂けるんじゃないかな。
労務担当者小説 「小野寺さん」: 中小企業の人事労務担当者、給与計算担当者の真実やいかに... (TECO出版) Kindle版
ー話は戻りますが、企業の人物像と実際の人物像が異なると仰っていましたね。では企業ではどのような労務人材を求めてるんでしょうか。
ハイスペック人材・スーパーマンですね。ぐちゃぐちゃな状況を巻き取って、整理して、更に平常業務もこなせる人。
ー・・・それは、相当レアな人材ですね。
そうなんですよね。実際は、指示内容や業務分掌に沿ったことのみ取り組む姿勢だったり、新しいことにはあまり前向きではないという方も多いですよ。ただ、それが悪いわけではなくて、細かい作業が苦にならず正しい倫理観を持ち、誠実ではあるものの、未知のことへの対応が苦手という特性なんです。
中には、Excelが使いこなせなくても平常業務をミス無くこなす方もいますよ。800人規模の企業でExcelのフィルター機能を知らず、その人数分の給与計算を手でやっていたりとか。
ー800人分を!どのくらい時間がかかるんでしょうか。
そこはもう熟練の技になってますから、丸二日くらいで終えられるんですよ。気をつけるべきことや、各社員の動きが頭に入ってるんですよね。
各社各社にいる、スペシャリストというか、勘で動ける方というか。
ー属人化の極みとも言えますね。貴社のブログで、SaaS導入のメリットは属人化や効率化や経営に必要な情報を出せることと拝見しました。逆説的にExcelや紙ベースだと、それらが出来ていないということですよね。
出来なくもないんですけれど、どれだけ仕事を抱えているかを経営者が理解していないので、マンパワー的にかなり無理しないと厳しいですね。労務担当者が、大変さを訴えても、その大変さがわからないわけですよ。
ーSNSを見ていると、労務担当の方が「大変さを上に分かってもらえない」というフラストレーションを抱えていらっしゃることも少なくないようですよね。そんな方たちになにかアドバイスをいただけますか?
あえて厳しいことを言いますが、労務が経営の中でどう役に立つかということを示せてないんじゃないでしょうか。
僕たちが導入支援をする時に、先方の経営者の方にお会いするんですが、すごく盛り上がるんですよ。この課題をクリアするとこういうことにチャレンジが出来て、こんな会社になりますよ。その方が良くないですか?と話をすると、皆さん乗り気になるんです。
つまり、そういった話し方が出来てないから、経営層も説得出来ず・・・結果、「うちの会社は頭が固い・分かってくれない」になっちゃうのかなと。
ーなるほど。労務担当として、会社全体・経営にとってのメリットを提示できるかどうかですね。
そうです。
具体的に言うと、効率化だけだと片手落ちなんですよ。
だって、ペーパーレスとか効率化とか言われても、経営陣は重要性が分からないですよ。システム導入にかかる費用と担当者の人件費を比べたら、人件費のほうが安いなんてこともあるわけで。
例えば・・・手計算でノーミスは無理があるけれど未払い残業が出た場合のリスク分かってますか?助成金も数字が整って無くすぐに書類が出せずにいて機会損失してるんです なんてアプローチはどうでしょう。
後は、もたついてる間に勝負のタイミングを逃す場合も考えられますね。この計画でこのタイミングで勝負を仕掛けたいのに、人事労務周りがもたついていて足かせになってしまうとか時流に乗り遅れるとか。
費用対効果の話を出されてしまうと押し負けるので、こういったアプローチをしてみると良いと思います。
ただ、ここが僕らが取り組みたい課題の一つでもあるんです。労務業務ができる人の価値を適正にする、ということです。労務って、専門性が高く繊細な仕事で、確実にスキルが必要な業務なんです。だけど、出来て当たり前と思われたり、場合によっては安く使われたりしてしまう。それって、違いますよね。正しくない状態なんです。
ー労務のDX化だけでなく、大きく労務に携わる方たちの底上げや適正評価を目指していらっしゃるんですね。では、今後必要なスキルセットは何になるんでしょうか。
まずは、コミュニケーション能力を高めないと、今後活躍することは厳しいですね。日々の観察があってこそ、人の心の機微が分かるようになりますよね。ただただ事務処理を担当しているだけでは機械と変わらないですから。
数字や社員の様子なんかを見て、総合的に適切な判断をし、社員に気を配り、働きやすいためのサポートにつながるコミュニケーションが取れるかどうかはかなり重要です。
ーそれは、トレーニングして身につくのでしょうか?
元々の素養と、後天的に身につけられるものと、半々かと思います。ただ、リモートワークが進み、チャットツールなどのテキスト文化もぐっと進んでいますから、それは追い風ですよね。
リアルだと声が大きい人、話すのが早い人が目立ちがちですが、チャットだときちんと丁寧に伝えられる人がコミュニケーション強者になるので、自分のペースで落ち着いて伝えられる人にはぴったりですよね。コミュニケーション能力と言っても、クラスの人気者的なイメージではなくて、きちんとした安心感のあるコミュニケーションを取ることが重要です。
ーなるほど。クライアント企業の担当者の方には、どのようなコミュニケーションを心がけておられますか?
そうですね・・・まずサービスの話はしません。困っていることは何で、どうしたら達成できるのかを整理できるようにお話しています。無理やりシステムを入れることもないですね。
基本的に、何か困っているときの原因って、専門知識不足ではないんですよ。課題がある状態って頭の中が整理できてないだけなんです。課題とやるべきことを整理して、道筋を示せば良い。僕たちは、担当の方が歩く道を整えるコミュニケーションを心がけています。
ートレンドのHR TechやDXといった言葉にとらわれずに、課題を見据えることは重要ですよね。
DXだなんだといって、システムを導入してそれに合わせたフローを構築することは、ITリテラシーが高くて新しい挑戦をしようという風土がないとうまく行かないんですよ。そして大半の企業はその領域にはまだ達していないので、まず課題を明確にしてオペレーションを整える。システムを入れるか入れないかは、企業に合わせて考えることです。
ー打ち合わせで課題を整理されてから、システムを導入する場合、運用に乗せるまでどのくらいの期間が必要ですか?
三ヶ月くらいですね。その期間は労務担当に頑張って頂いて・・とても真面目な方たちが多いので、事前にスケジュールを示せばきっちり取り組んでくださいます。
ー労務担当の方って、本当に真面目な方が多いですよね。もし自社で何かシステムを入れようとした場合に、どのような観点から選ぶべきでしょうか。
まずは課題の解像度をあげることからですね!なぜその課題に取り組むのか・・・DXしたい・生産性アップしたい・効率化したいだと、お金持ちになりたいのと同じ解像度なんですよ。漠然としている。
ただただお金持ちになりたいですなのか、X歳までにキャッシュで一億円欲しい、では取り組み方が全然違いますよ。勤怠管理を省エネにしたいのか、給与計算なのか、それとも実は従業員の態度が悪くて打刻漏れが多いだけなんじゃないのとかね。
ー課題によっては、システムが不要な場合もあるでしょうね。
そうですね。なので、あくまで個社なんですよ。あまりに世の中の流れと逆行していたら、「それでも良いですが、世の中の流れはこうです」とお伝えはしますけどね。
今よりも前に進められれば、それで良いんです。
ーでは、労務担当やコーポレート部門の方が何か新しいことを進める時、他に気をつけることはありますか?
周囲の巻き込み方だったり、社員にうまく使ってもらうための乗せ方ですね。
僕たちがシステムの導入支援を行う場合には、登場人物がこれだけいますけれど、この進め方で「うん」と言いますか?ということを必ず伺っています。ステークホルダーを洗い出し、誰がどの立場でどう使うのか?いつに何が必要なのか?を洗い出して、それぞれの人達から「YES」を引き出すためにどうしたら良いかを考えることが大事です。
それから、ルールで縛ると人は前向きになれないんですよ。「現場の社員がうまく使ってくれない」の解は、自浄作用を持った組織を作るのが一番ですよね・・・。果てしない話ですが。
ルールで縛るのは簡単なんですよ。ここからはいいよ、これはだめ。そうすると、自由度も裁量も小さくなるから、多様性と逆行してますから。組織づくりの頑張りどころですね。
例えば当社では、社内ルールはかなり緩くして、一方でやるべきことを明確にした組織づくりをしています。当社の取り組みがご参考になるかもしれませんね。
・・・・・
以上、前編となる本記事では、株式会社TECO Design 代表取締役社長 杉野様に、労務分野の課題やDX化についてお伺いしました。明日、公開予定の後編では、リモートワーク下での組織づくりや採用活動の実例について、TECO Designでの実例を伺います!
【本記事で紹介したリンクはこちら】
株式会社TECO Design
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