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sainokuni
2022年9月27日 01:21
「妊娠したかもしれない。どうしたらいいですか?助けてください」そう言われて私は動揺した。どうしたら、何をしたら、この目の前の女の子を助けてあげられるんだろう。彼女がこの薬局に駆け込んできたのだって、薬局なら医療機関だからどうにかしてくれるかもしれない、と。そう思って薬局のドアをひいたのかもしれない。大粒の涙がポロポロと彼女の頬をつたっていく。どれだけ不安で恐い思いをしたのだろう。
2022年11月2日 08:12
握り締めた退職届に汗さえ滲まない。それくらい、この会社には冷めたのだと思う。愛社精神はそれなりにあったはずだった。10年以上もこの会社にいたのに。私が今しようとしてることは、今まで自分が信じていたものと縁を切る行為だ。でも、私の心の紐をプツンと切っていったのはそっちでしょう。転職は恋愛と似ている。価値観が合って自分が居心地良くいられる場所を求めて、またそこへ羽根を広げて飛んでいく
2022年11月14日 02:17
「伊根で船越さんが私に見てもらいたいものって何なんだろう…」昨日の夜は久しぶりに気持ちが軽くなった。そんな飲み会だった。一晩あけて翌日、船越と待ち合わせしている天橋立駅へ友里恵は車を走らせる。天橋立駅に着いて船越の姿はすぐ見つけることが出来た。「おはようございます」車を一旦停めて友里恵が車に乗っていた船越に声をかける。「友里恵さん、おはよう。今日は付き合わせてごめんねー!ここ
2022年11月20日 00:33
「ちょっと変わった子だなぁ…大丈夫かなぁ」ふうーっと深いため息をついて白衣を着た男性は首を傾げながら足早に歩いていく。病院にしては珍しい円柱状の建物。男性が歩いている通路はその建物から古い校舎のような建物に続いている。霞ヶ丘酒井総合病院の薬剤部はその奥にあった。総合病院の薬剤部はどこも地下だとか建物の奥だとか何故か陰気くさい場所に位置することが多い。まるで、すみっこに追いやられ
2022年12月8日 00:26
笠松は病棟に行ったきり、半日帰ってこなかった。美咲も他の薬剤師スタッフも自身の業務がある。笠松からの連絡、報告が薬剤部にくるのを待つしかない。美咲のピッチに救急室から連絡があったのは午後の13時すぎだった。「相沢です。…笠松くん?そっち大丈夫だったの?」笠松の疲れきった声がピッチから聞こえた。「大丈夫でした!患者さんに必要な薬剤分、無事に看護師さんにお渡し出来ましたし。あれから救
2022年12月17日 10:15
「あんなこと言われてもなぁ」渡部拓也は調剤室の柱にもたれて背中からずり落ちた。もうすぐ転職で、この薬局から自分はいなくなるっていうのに。トラブル対処は得意な方だった。元々、学生時代に飲食店で接客業はやっていたから感情的になった客をどう鎮めるかなんてお手のものだったし、トラブルが起きないように先回り対処するのも得意中の得意。でも今回起きたことはどうしようもない。「出来ることなんて
2023年1月1日 20:39
ピンポーン拓也は人差し指をインターホンのボタンに押し込んだ。聞こえるエコーのかかった呼び出し音。すぐさまインターホンのスピーカーから「はい」と返事がした。「先ほどお電話した、もえぎ薬局の渡部です」拓也がインターホンに向かって声かけると、ものの30秒程で田中の爺ちゃんが出てきた。「不足のお薬です。御迷惑をおかけしました」拓也が腕に抱えている薬の入った薬袋を彼に渡す。田中の爺
2023年1月2日 18:52
5章で区切りはあるものの長い小説でした。お付き合い頂いた方、本当にありがとうございました。今回は作者が酒をダラダラ飲みながら「今宵はどんなお酒を送ろうか」のあとがきを書く回でございます。【なぜ、日本酒と薬剤師なのか】私自身が普段は薬剤師をしており日本酒は好きで飲んでいました。SNSで活躍している薬剤師仲間のリアルタイムを日本酒を飲みながら見てるうちに、この人達の活躍をnoteに書き起こし