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私の本棚

初めて恋人が家に来て、うちの本棚をじーっと見つめているのを見たとき、あのときの居心地の悪さといったらなかなかのものだった。彼から漫画を借りていて、私も何か貸すという約束だったから(本当は初日にそうする約束だったのに私がすっぽかした)彼の真剣に本棚を見定める眼差しは正当なものだった。

彼は私の本棚から、高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』を選んだ。それに対して私は、それあんまおすすめじゃないよとか言って、最近読んで一番おもしろかったのはこれとか言って、中村文則の『列』を彼に手渡した。『銃』と『掏摸』は読んだことがあると言っていたから、『遮光』も読んでほしくて、彼の持つ2冊の上にそれを重ねた。

彼が帰って、しんとした部屋の中で、そういえば誰かが帰った後の部屋はこんなにも寂しいものだったと思い出した。それで頭の中に、孤独の最小単位はひとりじゃなくてふたりだと思う、みたいな言葉がふと浮かんだ。

そのあと普通に仕事に行って、昨日のことを思い出して、私は好きな人に本棚を見られて、中村文則を貸したんだということを思い出して、私はなんかとんでもないことをしてしまったんじゃないかと思った。その日はなんにも集中できなくて、身体をやたらいろんなところにぶつけまくった。職場の人に心配されて、大丈夫ですよ!と答えながら頭をぶつけた。

もっとこう、吉本ばななとか、さくらももことか、渡せばよかった。中でもなんで、しかも列と遮光、ぜんぜん感じ違うし、あと読む前からおすすめしないとか言うの最低だった。彼の一番好きな本になるかもしれないのに。

人と会った後は毎回一人反省会するけど今回のは失言が多すぎて、キャパオーバーになってその日は12時間ぐらい寝た。

いっぱい寝て、起きて、また色々考えて、寝て、起きて、そしたら彼から列読んだよって連絡が入って、結果彼にははまらなかったらしいけど、でも、やっぱ読んでもらえてよかったなって思った。

本棚って、まだまだ未完成だし、売りたいと思ってる本もあるけど、それも含めて私の頭の中な気がして、だからそれを誰かに、ましてや好きな人に見られるというのは、私のこれまでや、今を知られることな気がして、とてもじゃないけど穏やかではいられない。でもこれから、誰かと生きていくってことは、そういうのを全部ひっくるめて、私という存在を知ってもらうってことなんだと思う。そしてそれは、好きな作家を大きな声で好きだって言えない自分自身を認めて、その作家が好きだってことを再認識する作業でもあった。

彼はすごい真っ直ぐな人で、私の知らない世界を沢山知っていて、彼の中には彼の世界があって、確立されているのに、嘘みたいに人懐っこい。そんなことを簡単にされてしまったら、もう私の人生の根底が揺らいでしまうと思うような、私の持っていないものを全部持ってる人で、私は私の在り方をその度考えてしまう。だけどそれで、私は、自分がみんなとちょっとずれていると気付いた日から、それを隠すことに気を取られすぎたかもしれないって思った。

だから、好きなアーティスト誰?って聞かれた時とか、その時用の返答が私の中では用意されてて、みんなが引かない、だけどちょっと私らしさもある、そういう回答が私の中ではたくさんあって、そういうのばっかり上手くなってた。にこにこするのは得意だから、それで社会人もなんとかやってるけど、そうすればそうするほど自分の空っぽさに目が行くのは、私が本当に空っぽだからだった。好きなものを好きだと言って、それでいて人懐こく笑う彼は眩しい。

私は私の好きなものをもっと彼に知ってほしいし、もちろん彼の好きなものの話もたくさん聞きたい。そのためには、私は私の好きなものを再認識する必要がある。その時用の返答じゃなくて、今、面白いと思ってること、良かったこと、そういうのに素直になる必要がある。好きな人によく思われたい気持ちと、でもそれに従うと自分がどんどん空っぽになっていく感覚と、いや本来の自分とか別にないからこの話全部なしって思う気持ちと、もっと上手に付き合えたらいい。

いや、遮光を貸したことに関しては全く後悔してない。そう、多分こういう選択を、積み重ねていけたらいい。

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