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七夕嫌いだった私が願い事を書いた日

 七夕祭りなんて、嫌いだ。
 街や店が七夕祭りに向けてすっかり模様替えをしている中、私は心の中でどんよりとそう考えた。
 七夕祭りというか、誕生日もクリスマスもみんな嫌いだった。
 いつも人とは違うことを好んだ私は、子どもの頃から浮いていて。変わった子なんて言われるくらいだったが、私に付き合える友達も彼氏もいたことがないまま二十歳も過ぎて。
 なぜなぜ質問が多い私は親からもそれとなくあしらわれ、子どもだった私は必要な愛情を足りないとどこかで感じるようになって欲しいものも言えない人間になっていた。
 振り返れば過去がそんなに酷かった訳じゃない。もっと他にも大変な思いをしている人だっているのだから、と考えることがあまりよくないのも分かっているから私って本当に面倒くさい。
 私、何が好きだったんだっけ。
 周りに合わせようと必死になっていたら分からなくなったもの。みんなが選ぶようなものを選び続けていたら、結局自分のしたいことも分からなくなって。流れるように就職して。
 それなりに大抵のことがこなせる私に苦労もそんなになくて。私ってこんなことを繰り返していつか死ぬんだろうなって、当たり前のように考えて。
 そんな私に、願い事を書く七夕祭りが好きになれると言えるだろうか。欲しいものは「愛情」だったなんて、子どもの頃は言えたもんじゃないし、こんな歳になってワガママも言えない。
 昔は、友達が欲しいと願ったことがあった。あれはクリスマスの前日。文字が大して書ける子どもじゃなかったから、暗い夜の空に向かって祈るように、友達が欲しいと。なんなら鳥やリスでもいい。そんな馬鹿げた欲は誰にも叶えられなくて。私の手元には、絵本や自転車や最新のゲーム機が与えられていた。
 おかげで私は読書を好むようになったし、常にゲームをしていい家庭だったのでやり過ぎることもない。親は干渉しないタイプだったから自ずと自主性が身についたのは確かにありがたいとは思うのだ。
 それでも、七夕祭りは、願い事を書くことだけに集中されてしまう。
 家族に連れて行かれて来た近所の七夕祭りも、中学校の七夕祭りも、どこも何も願い事が書けなくて居残りしたこともあったっけ。中学生の頃は最悪で、願い事を書けないだけで大目立ち。多感だったあの日の自分がどれだけ苦しかったか、もう言葉にすることはない。
 そんなある日、転機が訪れたのだ。
 仕事終わりに疲れたなぁとなんとなく開いた動画投稿アプリ。作業BGMとしてしか開いていなかったのだが、無課金だったので余計な広告が入ってきて。その時に飛び込んできた五人のアイドルと歌声に、一瞬にして惚れ込んだのである。
 私はこれがどういう感情なのか認識しないまま広告の元の動画へ飛ぶ。五人はたくさんの歌を出していて、ダンスも披露していた。歌声や歌詞はもちろんのこと、ダンスもハードで軽やかで元気がもらえる。
 彼らはとても有名なアイドルだったらしく、世間に疎かった私から一転し、グッズを買うまでにハマりこんだ。アイドルの行った先で食べたものすら買いに行くくらいに。
 そうして一年経った今日。七夕祭りに染まったこの街を歩く私の最終目的は、短冊に願い事を書きに行くためだった。
 街を上げて賑やかに催される七夕祭りは、ここに色鮮やかさを呼んだ。商売人たちはより熱を帯び、祭りという名に財布が緩む客たちで賑わっている。
 その奥の突き当たりには広場公園があって、普段は石畳に石造りの舞台があるところに、大きな竹が用意されていた。
 竹にはすでにカラフルな短冊が飾られていて、様々な願い事が書かれていた。そういえば、この願い事って誰が叶えるんだっけ。彦星と織姫? 二人がようやく出会える日に、他の人の願い事を叶えている余裕なんてあるんだろうか。
「短冊に願い事を書きませんか?」
 きれいな女性に声を掛けられた。私が頷くと、机があるだけのところに案内され、好きな色の短冊に願い事をどうぞとペンを渡される。街が出し合った寄付で用意された短冊は、無料でもらえるらしい。
 私は好きな色の短冊からかなり悩んだ。私が推してるアイドルにはイメージカラーがあり、せめて五色の中から選びたいが、なにせ私は箱推しだからなかなか選べない。
 悩んでいると、先程の女性がまた声を掛けてきて、よければカラフルなペンがありますよと助け舟のように出してくれた。それはいい。私は真っ白な短冊に、推しカラー五色を揃えて一文字ずつ願い事を書いた。
『推しが幸せになりますように』
 推しカラーを二色ずつ使い、文字に入らなかった色は周りにハートや星マークを描いてカラフルに推し色を詰めた。
「これ、お願いします」
 私は係の人に渡して短冊を飾ってもらった。
 外はすっかり夜で、ライトに照らされた竹と短冊が夏風に揺れた。白い短冊を使っている人が少なくて私の願い事が少し目立つような気がした。
 でも、今なら大丈夫。目立つことをしても、今なら私、願い事をちゃんと言えるから。
 私は深呼吸をして、踵を返した。

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