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朝のコーヒー

 昨日の内に乱雑に閉めたカーテンから朝日が差し込んできて目が覚める。遮光の意味もしっかり閉めなければこうも眩しい休日の寝室は、いつも以上に静かな気がした。
 布団から出るにはまだ寒くて、手身近にある服を引っ張ってその場で着替えると、そろそろ起きなくてはと脳が覚醒してきてずるりとベットから転がり落ちる。
 ひやりとしたフローリングの床に足の裏まで目が覚めて、はっきりとしてきた聴覚は外でさえずるヒヨドリの声に気が付いた。
 もう秋なんだなぁと思う。
 重たくて離れ難い布団をなんとか引き剥がして立ち上がると、いつもの見慣れた景色が出迎えてくれて特に何も思わない。しいて言うなら昨日散らかしたままの夜食の片付けをして、自由に一人暮らししてるなぁと思う。
 食器を台所に置いて水に漬け、その冷たさに逃げるようにしてコーヒーメーカーの方に体を向ければ、早速朝のルーティンの開始だ。
 コーヒー豆から挽いている、と言いたいところだがそこまでの贅沢も丁寧さもない自分は市販の安いコーヒーの粉をパットに注いでお湯を注ぐ。ガサツな自分は電気ポットに昨日の内に水を注いで沸かしているので、もしこれを忘れていたら有意義な朝の時間が大慌てに変わってしまう。
 お湯を注いだコーヒーパットからふわりと香りが舞い上がる。このまま飲んでもいいのではと錯覚してしまう気持ちをぐっと堪えてコーヒーメーカーへセットする。あとはスイッチを入れるだけだ。
 このスイッチは朝支度の自分のスイッチだ。コーヒーと共に食べる朝ごはんを用意しようと気だるいやる気に穏やかに溢れ、自分はそれに流されるようにパンを取り出してトースターに入れ、バターを塗るだけのシンプルな朝食が出来上がる頃に、コーヒーが出来上がる。
 ついでに最近は健康に気を付けて始めた手でちぎっただけのレタスのサラダを申し訳程度に添え、朝食の時間が全て揃う。
 お気に入りのマグカップにコーヒーを淹れると、漂う湯気に鼻を刺激されながら朝食と一緒に居間のテーブルに運んだ。コーヒーにミルクも砂糖も入れない。これが自分の朝のルーティンだからだ。
 行儀よく正座する性格でもないから、だいぶ平たくなったクッションに腰を下ろして、ようやくコーヒーカップの取っ手に指を通す。
 持ち上げたコップの重さすら至福のひとときだと自分は思う。コーヒー用のカップがあるのは知っていたけれど、実家から持ってきた少し色褪せた花柄のこのマグカップが、今ではお気に入りの一つだ。
 充分香りを楽しんだのちにようやくコーヒーを口に含む。ふわりと広がる苦味と、その中に紡がれる酸味と甘みに今日もよく出来たと自画自賛する。
 そこでようやく、窓のカーテンを開けていなかったことに気が付いた。隙間から零れた朝日だけが薄暗くここを照らして、置いたコーヒーの表面だけがゆらりとその光を反射していた。
 それを眺めるとカーテンなんて一瞬でどうでもよくなり、バターだけのトーストを齧った。香ばしい音が鳴った。

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