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ラムネ空と白い夏休み

貴方の人生で一番綺麗だった青空は、どんな空でしたか?

恋人にその質問をしたら「そんなこと考えたことないなぁ」と首を捻って悩み出した。

日々の空なんて、意識しなければ背景として消えてしまう。
あんなにも面積は広いのに、目先の小さなことにいっぱいで、狭い視野で生きているのが現代社会だろうか。

悩みに悩んで「小学生の頃やった青空教室の時に、屋上に椅子並べて見た空かなぁ」と言っていた。

「そっかぁ」と返して自分の質問に戻る。私の学校でもやっていたな、全然覚えていないけれど。

一呼吸置いて「ねぇ、貴方はどうなの?」と問いかけられた。



私には忘れられない空がある。
今回ヘッダーになっている写真がその空である。

去年の6月、ちょうど今頃の時期に入院した病室の窓から見た青空だ。
大部屋だったけれど、私だけの病室。看護師もまばらで静かな空間だった。

一週間ほど入院した。急に39℃の高熱が出たのだが、受診するにも寮住まいだったので一人で行くことが出来ず、寮母さんが呼んだ救急車に運ばれてそのまま入院した。

課題もやらずに絵ばかり描いていた。灰色の肌と白い髪で黒い服の、デフォルメされた人間を描いていた。
不気味な見た目だが、お気に入りである。


決まった時間に起きて、食べて、寝る。

たまに看護師さんがやってきて、血圧を測られてすぐ戻っていく。ずっと不規則な生活をしていた私にとって、そんな単調な日々が心地良かった。



この空は病室にある手洗い場で手を洗おうとした時、偶然見たものだ。

廊下側のベッドだったので、外の景色が見えないのが残念だったが、行き交う人や看護師を眺めてるのも好きだったからまあいいや。

窓に近づいて撮ろうと最初は考えたけれど、「病室から撮った」という事実を写真の中に埋め込みたくて、少し離れた位置から撮った。

スマホのボタンを押してシャッターが切られる。淡く、柔らかなラムネ色をした空。
美味しそうだな、と思いながらベッドに戻る。気分は晴れやかだ。



束の間の白い夏休み。
無機質な天井と、繋がれた点滴の雫がポタポタと落ちるのをぼんやり眺めていた。

不安に満ちた頭が徐々に整えられていく。  

「このまま、眠るように逝けたらいいなぁ」

この世の邪気から隔離された世界。
純粋で無機質なこの病室の中で、私の命が終わってくれないかなぁ。

元の生活に戻ることが怖くて仕方なかったけれど、この短い入院生活を忘れたくない。


様子を見にきた看護師さんが「何か良いことありました?幸せそうな顔してましたよ〜」と私に笑いかけた。

その時の私は、さぞ嫋やかな笑みを浮かべていたのだろう。

えへへ、それはとても静かで幸せな死を考えてました。

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