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大人になりきれない私でも

ただ生きるのではなく、善く生きること。

古代ギリシアの哲学者、ソクラテスの名言。聞いた事ある人も多いはず。「哲学って難しそう」と気負いしないでほしい。

2021年は本当に色々ありました。毎年言っているような気がするけれど、とびきりの幸福から、張り裂けそうな不幸に襲われたり。
せっかく新卒で入社した会社を辞めてまで専門学校に進学したのに、お金とそれに見合う時間が足りず、働いてばかりでした。社会人の頃よりも、労働に対する体の負荷が辛かった。
それでも懲りずに沢山遊んだ。善くない遊び方を何度もした。過去の自分を叱りたいほど、私の言動は道徳的ではなかった。そんなこんなで色々あったのは事実。


罪悪感の在り処

「罪悪感ってどこからくるの?」
私は聞く。検索窓の向こうには、誰が書いたか分からないウェブサイトが開かれる。自分で調べたのに、うんざりとした気分になる。
「人を傷つけた時に、自分が悪かったと感じる心」

私の放った言葉で泣いた顔がいくつもあった。
その時決まって、私は思う。
「私は何も悪くない」
国語は得意だったのに、道徳心がまるでなかった。
主人公の心情を読み解きましょう。
主人公の気持ちに寄り添いましょう。
主人公の、主人公の、主人公の、主人公の、主人公の……


私は悪くない

「貴方って相手の気持ち考えたことないの?」
ない、というより分からない。何を言ったら傷付くとか、何をしたら傷付くとか。分かっていたら初めからしない。

恋人は顔を真っ赤にしながら、私を睨み付けている。そうだ、私は怒られていた。部活の先輩に告白されて、そのままキスされた。返事もしてないのに、勝手な男だなと思いながら「キスというものは、恋人とする方が幸せな気分になる」という発見があった。

その日の放課後。一緒に帰る道中で、私は数時間前の発見を、嬉々として恋人に話してしまった。恐らく、多くの人が私の言動を軽蔑するだろうが、当時の私からしたら、それで恋人が傷付くだなんて考えもしなかった。むしろ喜ぶと思った。他の男と過ごす時よりも、恋人と過ごす時が、同じ事をしていても幸福度が何倍も高い。身をもって証明した実験結果だ。

なのに恋人は噴火しそうなほど激怒していた。
罵倒されながら必死に唱えていた。
「だって、断ろうとしたら口塞がれたから。防ぎようがないし」
私は悪くない。事実だ。私は悪くない。
「それにこの発見で貴方が喜ぶと思ったから」
私は悪くない。本心だ。私は悪くない。


毒杯

そんな感じで似たようなことを繰り返してきた。どうやら私は、そういう道徳心が欠けている様だ。何かあって責められる度に「私は悪くない」という理論が駆け回る。
そんな時、何気なく読んでいた哲学関連の本(『哲学用語辞典』可愛いイラストと、簡潔な説明が読みやすくオススメ)の中で、ソクラテスのあの言葉が目に入った。

「ただ生きるのではなく、善く生きること」

善いとはなんだろう。彼は不当な裁きで死刑判決を受けるが、『どんなに正義に反する法であっても、法は法である以上、従う他ない』と言い毒杯を飲み、自ら命を絶つのだ。彼にとって、善とは普遍的なものだった。当たり前だった。

私が悪いと思えないまま、私が悪いと言えないまま、多くの人を傷付けたことに気づく心すら忘れ、ここまで生きてしまった。私にとって、善とは意識しないと頭を過ぎらないものだった。でも、それではダメなのだと、ようやく気付くことが出来た。兄のおかげである。


これから

「罪悪感ってどこからくるの?」
私は聞く。送信してすぐ既読がつき、貴方らしい返信がトーク画面に表示される。それは私の胸を悲しみで締め付けた。
「相手を傷つけたことが、自分にとっても嫌だった時」

20歳の冬。やっと、私の中に罪悪感という心が生まれた。
遅い、遅いよもう。今後悔したところで過去の行いは取り消せないのだ。貴方を私が傷付けたという事実が、津波のように思考を沈ませる。

それでも貴方は、落ち込む私に笑いかけるのだ。
「貴方がそこで罪悪感を覚えてくれたことで、許してあげるから。これからも一緒にいてね」
腕の中で、互いに冷え切った心と体が温まっていくようだった。酷い行いを何度も繰り返したのに、その度に私は許されている。恋人だったあの頃も、兄と呼ぶようになった今も。

愛してくれてありがとう。
許してくれてありがとう。
私を成長させてくれてありがとう。
もうきっと、傷付けないから。
もし何かあっても、すぐに謝るから。

善良な生き方をしたい。兄だけでなく、周りの人のことも大切にしていきたい。勤勉と、行動と、配慮と、秩序と、感謝。私が今年、特に意識したいことである。

明日は成人式。まだ大人になりきれていないのにな。
でもきっと、叶えてみせるよ。これからも貴方の隣で。


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