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【story】シェアハウス ~日暮里駅

私が住んでいるところは日暮里駅からちょっと歩いた「夕焼けだんだん」で有名なあの階段を降りてちょっと歩いたところにある。
最近流行のシェアハウスだ。
そのシェアハウスは、元は祖母の実家。
祖母が亡くなる前に私に、この家を自由に使っていいと、若者向けにリフォーム費用まで出してくれて、おしゃれなシェアハウスにしてくれた。
私は35歳。独身。普段は公務員として穏やかに生活している。
祖母が亡くなった後、遺言状が発見され、そこに祖母の家の所有権は私に譲ると記載があった。
祖母の実の1人娘である私の母は、特段騒ぐことも反論することもなく
「いいんじゃない?」とあっさりしていた。
と言うのも、自宅で最後を終えたい、と言っていた祖母の面倒を見ていたのは私だった。
公務員とは言えども、介護福祉士の資格も持っていたため、祖母の身の回りの世話もしていた。
祖母は介護事業所に頼むのを拒み、平日はなんとか仕事をして、定時で帰宅し、夕方は祖母の介護をするという日々だった。
まあ…彼氏もいませんでしたし。夜はいつでも暇でしたから。
死期が近づいてきたからと、祖母は急に施設入所を希望し、有料老人ホームに入所した。その間に祖母の家をリフォームし、現在に至る。
管理人兼務のため、1室を私の部屋としている。
最初はシェアハウスとは言っても、利用者はいるのだろうかと謎だったが…今は全室埋まっている。
101号室は私の部屋。
102号室は自称イラストレーターの坂井くん。私より12歳年下の23歳。
201号室は、会社員の児玉さん。私の2歳年上の37歳。
202号室は、公務員の藤井くん。私の10歳年下で25歳。実は家を探していると言ってたので、1部屋空いてるよと勧めてしまった。
203号室も同じく公務員の関根くん。私の5歳年下。30歳。

祖母は最後の最後まで私の「婿」問題に悩んでいたせいか、生前まだ管理人を施設にいた祖母がやっていた頃は、男性限定として募集していたかも知れない。
しかも、藤井くんと関根くんは…同業者でかつ、元同僚。以前の職場で先輩後輩だった間柄だ。
光熱費込みで家賃30,000円は安いと思いますよ?
プラス、夕飯時ご飯を食べたい場合は、プラス500円を払ってもらえれば私が作る。ついでだから特に負担とはではなかったけど、夕飯の有無は夕方6時までにグループLINEに連絡をすることになっている。

今日は土曜日。仕事は休みではあるが…
訳あって私は荷物をまとめて日暮里駅にいる。

理由は「夕飯を作ることがなくなった」からだ。

何を言っているのか?と言われるかも知れないが、このところ住人4名が多忙で私の夕飯を食べる希望者がいなくなってしまい、私だけが広いリビングでご飯を食べる生活が3ヶ月続いた。
シェアハウスなので、別に自分の食べるものは自分で用意してもらっても問題ないのだが…。
私自身もこのところ仕事が多忙過ぎて、精神的に追い込まれていた。
その中で意外にも夕飯をしっかり作ることが発散となっていたのだ。
そのストレスのはけ口を遮断された今、もうどうすることも出来なくなっていた。

しばらくは実家でゆっくりするか。
と思って母に連絡したら「いいよ、帰っておいで」と言ってもらえたので
実家に帰ってしばらく暮らそうと思っていたのだ。
実家と言っても、千葉県船橋市なので、日暮里からそう遠くはないけれどね。

男性陣とひとつ屋根の下で暮らすとは言えども、悪い気はしなかった。
モテてるとは違うけれど、みんなでリビングで集まって、みんなが私のご飯を美味しいと言ってくれる日々が癒やしとなり楽しかった。
世間は、突如現われた感染症のせいで、リモート勤務となり、外出自粛と自由が利かなくなり…別の意味で仕事が多忙となった。
102号室の坂井くんは、イラストをWebで公開していたところ、そのイラストを気に入ってくれた方から発注の希望があり、それからどんどん依頼が殺到した。来月には新たに購入したマンションに移る予定だ。
201号室の児玉さんも、今年昇任したそうで、豊洲の一等地にマンションを購入した。今月中に引っ越す。
202号室の藤井くんは、学生時代から付き合っていた彼女にプロポーズをして無事成功した。彼女と住む部屋が決まったため、同じく今月中に引っ越す。
203号室の関根くんは、今後どうするかはわからないけれど、今は実家の神奈川三浦半島に帰省中。

シェアハウスも潮時かも知れないよ、ばあちゃん。

全員がリビングで揃わなくなってから、私が本当についてない。
仕事は常にうまくいかず、自分の失敗だけじゃなく、他の人の失敗までも私に直すよう上司から指示があり、常に残業続き。
今日どうしても用事があるので!と先に帰る後輩達は、実は近場で飲んでて「小坂先輩って、本当不器用ですよね~」と私の悪口を肴にしていたところを目撃するなど本当ついてない。

ばあちゃん、私、仕事も向いてないんかな。

仕事をすぐ辞めるとかは考えてないけど、母が帰っておいでと察してくれて、シェアハウスの連絡用ホワイトボードに

『管理人、しばらく実家に戻ります。
今後のことは不明ですが、シェアハウスは継続します。
夕飯を管理人が作るかも不明です。
緊急時は管理人まで連絡してください。』

と書いて出てきた。
日暮里駅の改札を抜け、京成電車乗り場へ向かう。
京成電車のホームは3階にある。
意外とこのエスカレーターが長い。
ホームに着いて、ベンチに座り一休み。
スマホを見る。
LINEが来ている。
グループLINEじゃなく、個別で…
203号室の関根くんからメッセージが来ている。

『小坂さん、今どこにいますか?
帰ってきて、ホワイトボード見ました。
何かありましたか?返事ください。
今日、一緒にご飯を食べようと実家のお土産とワインを買ってきました。』

あれ。関根くんは今日戻ってくる予定だったか。
関根くんに電話する。

「…もしもし、関根くん?」
『小坂さん?今どこですか?もう実家ですか?』
「ううん、まだ日暮里駅。京成のホームにいるよ。」
『実家に帰るって、何かあったんですか?

・・・・・・・・・・

辛いことでも、あった?』

関根くんは、本当に細かいことに気がつく。
以前、仕事をしている時もそうだったな。
私が行き詰まって悩んでいた時も、手伝ってくれたのは関根くんだったな。
関根くんの問いに黙り込んでしまった。

『小坂さん、いろいろ買ってきたんで、今日は戻ってきてくれませんか。もちろん実家に何かあってなら止めませんけど、そうでなければ、小坂さんが作る白身魚のフライと、商店街のコロッケが食べたいんです。』

白身魚のフライなんて、そう簡単に作れませんけど!

つい笑ってしまった。

『小坂さん…いや、あかねさん?…日暮里駅まで迎えに行きますよ。』

ああ。関根くんに負けた。
迎えに来てもらおう。

シェアハウスでの生活上、管理人は名前で呼ぶという謎のルールをばあちゃんが決めた。けれど、私のことを「あかねさん」と呼んでくれたのは

関根くんだけだった。

折角上った京成のホームをそのまま降りて、実家の母に
「今日は戻らない、ごめんね。」とLINEした。
母は「いいよ、いいよ。…シェアハウスの住人が戻ってきたのかな。話いろいろ聞いてもらいなさい。」と返事が来た。

なんだ、お見通しなのか。

改札を抜けると、そこに関根くんが待っていた。
急いで来てくれたようで、息があがっているように見えた。
関根くんは笑顔で手を振ってくれた。
私のカートを持つと、

「今日はいい白ワインが手に入ったんですよ。後、買い物一緒に付き合いますから、悩んでることがあったら言ってもらえれば。夜通し付き合うよ。」

「関根くんは…何故私が悩んでるってわかったの?」

「…うーん。なんだろう。でも、このところあかねさんの夕飯を食べてなかったので、気にはしていたんだよね。職場ですれ違っても素っ気なかったから。あかねさんの白身魚のフライと、大根いっぱいのお味噌汁が飲みたいっす。」

「…寂しかった。なんか、寂しかったんだ。」

そう呟いたら、

「…うん、そんな感じしてた。あかねさん、寂しがり屋だからな。…みんないろいろあって巣立ちますけど、僕がずっと側にいますから。おばあちゃんもそれを願っていたんでしょ?」

関根くん、そこで告白しますか。
そう言われている時にはもう何故か知らないけど、泣いてた、私。

夕焼けだんだんの階段を降りて、コロッケを2人分買って
夕飯の材料も買って
あのばあちゃんが残してくれた、シェアハウスに戻ろう。

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