見出し画像

【藍染】紺屋の明後日~納期を長くもらう理由~

『紺屋の明後日』という言葉があるように、うちの仕事ではとくに納期を長めにもらう(およそ45~60日)わけだけど、なんでそんなにかかるのかという話を。
実のところ、理想的な条件下で最速であればそんなにかけずに作れるので、たまたま条件が良い、他の仕事が詰まっていない、最優先でそれだけをやるのであれば一週間くらいで出来てしまうこともあります。それでもおおよそその程度にはかかるのだけど。もちろん、型作成の有無やその型デザインの内容、仕立てなしで反物納めなどいろいろ発注内容でも変わります。
たまに、条件が完全には決まってない状態で『発注は確定だから進めておいて』と言われることもありますが、条件が決まらないとそもそも進められないという部分もあったりするのでその部分も兼ねて、うちでやっている作業内容と手順を大まかに。

1.生地の準備
まず、使用生地を仕立て寸法に合わせて計算してから、積もります。作業によって伸び縮みがあるのでそれも考慮に入れて。伸び縮みの具合は同じ生地でも時によって違うことがあるので少し余裕を持っておきます。
うちで使われるのは基本的に生成り生地といって、機織り作業で使われる糊分が入っているものを使うのですが、そのままでは水を弾いてしまってほとんど染まりません。なので、適度に糊抜きをする必要があります。これを精錬作業(練り地)といいますが、要するに洗濯ですね。ただし薬剤と熱湯を使って浸け置きします。一~二日置いて脱水かけてお湯交換してさらに一日置いて干してから使います。昔は、半日~一日かけてずっと煮ていたそうです。急ぎの場合でも朝に浸けて、翌朝にお湯交換して、夕方に干してで2日はかけます。3日目に次の作業に移れる計算ですね。
捺染などに使われる精錬済みの生地を使うときは、一応一晩熱湯に通すだけでやりますが、この生地は却って染みが良すぎるので下張りといって呉汁を引いて乾かしてから次の型付けに移ります。なので、実質どちらであれ生地と寸法が決まってから最速で2~3日はかかる計算になりますね。
積もりの枚数が多ければそれだけ時間がかかるのと、日中は『乾かす』作業が優先されるので、基本的には午後仕事の最後に積もって精錬作業をすることになり、急ぎの事情がある場合を除いて2日で終わることはまずありません。

2.型付け
主に型を使った糊置きをします。(参考:【藍染】型糊置き体験 
通常時は、これを午前中に行って、乾かして午後に次の作業に移ります。
天気がある程度良くないと糊が乾かないので作業でません。糊が十分に乾かずに畳んでしまうと糊を痛めてしまったり、畳んだ時に余計なところを汚してしまったりしてしまいます。
雨ではないけど天気が今ひとつで乾きが悪いというときは、午後に次の作業に移れず、次の作業は翌日以降に回ることになります。

3.呉入れ
呉汁(豆汁、ほぼ豆乳と一緒と思ってもらって大丈夫です。)を引きます。
仕上がりの濃さに合わせて下色をつけるのも一緒に行います。下色が濃い(特に黒系)ほど乾きが良いので、多少天気が悪くても行えたりしますが、下色が薄い場合はなかなか乾かないので、天気が良くないと難しくなります。
基本的には、糊が乾いたあとに、ほうきでおがくずを払い落として、呉汁を引いて乾かして、もういちどほうきで掃き直して呉汁を引いて乾かして、『染め出し』といってやや薄い甕に一度浸けてもういちど乾かしてから畳んで、次の染めの作業まで少し寝かせます。
ただしこれは、紺単色(柄が白)の場合で、差し色(例えば、大紋や衿頭に朱をいれる)がある場合や総型付(全体に柄がつく)の場合はもう少し手間がかかります。
差し色のある場合は、ほうきで掃いたあと(差し色の種類によってはより念入りに掃きます)色差しして乾かしたら一度畳んで寝かせます。その後、色を入れたところを糊で伏せてから上記と同じ呉入れの作業に移ります。どうしてもという急ぎのときは寝かせずに行うことがありますが、十分に寝かせていないと色が剥がれて薄くなったり、傷ついてしまいやすく色にもよりますがスレが目立ってしまうことがあるので基本的には行いません。
総型が付く場合には、最初の型付けで大紋および場合によっては腰柄を付けたあと、乾かしてほうきで掃いてから下色を引いて乾かしたら寝かせて、翌日以降に総型を付けます。
なので、差し色・総型がある場合にはプラス一日計算になりますね。差し色も総型もある場合には合わせて2日かかります。
なので、好条件であれば型付け(半日)+呉入れ(半日~2.5日)で1~3日になります。

4.染
染めるときは、伸子をかけて屏風畳にして入れるので、屏風畳にするときに乾いた糊が割れないように、霧吹きですこし湿らせる作業を行います。その日染める分を一通り霧吹いたら、伸子をかけて準備して、染めの作業に移ります。染め終わったら大きな水槽(バック・洗濯槽)に浸けて糊をふやかしつつ藍を落ち着けます。
染める量・種類にもよりますが、この染めの作業でおおよそ半日くらいの作業になります。ただし、糊を落とす作業まで半日以上は浸け置くので、かける時間としては丸一日になります。
また、同じ甕の連続使用は、甕に溶けている藍の色素が減っていってしまって薄くなっていくので、ある程度の色の安定性を確保しようとすると一日あたりの染の量は一定数以下にする必要があります。

5.水洗・水元
水洗作業を水元(みずもと)というのですが、染の翌日に生地についた糊を落として、余分な染料もある程度洗い流します。
その後、天日干しして充分に乾かしてから、畳んで裁断~仕立てに回します。
これは条件が良ければ水元~乾燥で半日、裁断の方で半日といったところでしょう。合わせて一日ですね。

生地と寸法が決まってから染め上がりまでに単純な足し算で3(精錬)+1(型付け・呉入れ)+1(染)+1(水元)で6日(その後に仕立て・発送が入る)ですが、内容説明で書いたとおりその間に天日干しでの乾燥作業が5回以上入っています。どうしてもという事情であれば天日がなくても単に乾かすだけなら乾かせる手段は用意していますが、天日干しでないとどうしても仕上がりが良くならないことが増えてしまいます。(藍染なのに陰干しでやっているところもあるそうですが、仕上がりの比較からして天日干しが正しいと思います。)ですので、出来る限り乾燥には天日が使えるように調整して、天気の悪い日に生地の積もり~精錬などを回すことで単一の仕事の納期を最速にするように調整するのではなく、全体としての平均速度・クオリティのバランスを取って仕上げるようにしています。

染屋の中でも藍染は特に天気仕事と言われることが多く、天気による日数の変動が激しいため余裕を持った納期をもらっています。
特に、年に一度(場合によっては数年に一度)で日取りの決まっている祭りの仕事が多いため、他に仕事を取られないようにと相手側に都合のいい最短時間だけを言っておいてやっぱり出来ませんでしたでは誠実さがありません。天気・災害その他、どうしても仕方のない事情というのはありえますが、安く早くで同業者からお客だけ奪っておいて出来なかったとか、キャンセルだとか、回らなくなって潰れただとか、そういうのこそ少なくとも文化を支える仕事としては不適格だと思うので、競争力という面では弱みになってしまいかねない長めの曖昧な納期でやらせていただいています。
天気には読めない部分も多く、本当にひどい年にはクオリティと納期のバランスを狙って細かな調整しないとならないので、余裕を持った納期をもらっていても正確なお祭りの日取りまで確認してすべての仕事が最悪でもその日までには間に合うようにという調整までしなければならない場合もありますが、天気仕事とはいいながらもなんとかお祭りには間に合わせ続けていて、時によその染屋さんが投げてしまったという仕事を受けることもあります。もちろん、内容と状況が合えば、なのですが。ありがたいことに、そういう特性をわかっていただける方も多く、今回はこういう事情なので無茶な納期でお願いするけど、間に合わなければ来年使うためにちゃんと買い取るから、間に合うなら間に合わせてほしいという形で依頼を受けることもあります。
幸いなことに、新規参入の少ない祭り関係の染め物業界ではその傾向は薄いのですが、市場競争が過熱化すると誠実さが失われるというのは、よその業界でよく見ています。紺屋の明後日も、明後日できるというところと、明後日には難しいというところでみんなが明後日というところを選んでしまうからこそ起きる『当てにならなさ』かもしれません。自由競争の弊害でもあります。
自分の信じたいことあるいは自分にとって都合のいいことを明言されることに対して、誠実な曖昧さを受け入れる難しさは昨今の自然科学周りの言動でもよく触れられるところですが、うちの仕事はこういう形であり、それを理解してくれる消費者の存在に支えられている面もあるので、個人的には消費者としても『いい感じの売り文句』より『誠実さ』を大事にして選びたいと思っています。判断の難しいことではありますが、できるだけ。

最後は余談になりましたが、染屋さんが天気仕事であるとはどういうことかについて少し理解いただければ幸いです。

関連記事
染物屋の話
染色技法(ジャンル)
印染
藍染、型付、馬ーあるいは不思議な縁

そもそもどんなの作れるの?

関連ページ
有限会社 相澤染工場 
全国青年印染経営研究会

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?