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親子の特別ないちご

こんにちは、愛音です

10年以上前、今の家に父と引っ越した時の話です
父はまだガンガン仕事をしていたので、私は家事を頑張ろう!と意気込みました。
それまで家事なんてしっかりやったことはないけれど、祖母の助手としてスーパーに行けばレジ袋に買ったものを詰めたり、掃除機もかけて、洗濯物も干していました。

よし、準備は出来てる、ここから本番だーー!!

でも家事を1人でやるのは当時の私には辛かったです。助手としてなら出来たけれど、なぜ1人だとできないのか??

褒めてほしくて、成長を感じたくて、がむしゃらに家事をしました。
そんなことしたらすぐに心も体も反応して、動けなくなり、頓服も毎日必要になりました。

情けなくて昼間に泣いていました。
頑張りたいのに頑張れない。
お父さんには綺麗になった部屋に帰ってきてほしい、温かいご飯を用意しておきたい、洗濯物は畳んで渡してあげたい。
でもどれも出来ず、泣いて薬に頼りました。

父と話して家事は最大1日に1つ、基本、休みの時に一緒にやろう、と決まりました。
私としては情けなさと不服でしたが、限界なのは気づいていたので受け入れました。

どのくらい限界かというと…
ソファーで会議=話していて、父がキッチンにお茶を取りに行き、戻ってきたら私はソファーに倒れて眠っていた。
ちょっとでも気を抜いたら意識を手放すレベル。わぁ。

そんなこんなで家事を制限された私。家事が出来ない=役に立たない、と思っていて辛かったです。
褒めてもらえないこと、自己肯定感が下がること、本当に辛かった。また不登校に逆戻りした気分。

当時もよく親子会議を開き今週はこれができた、とか、本当はこれがしたかったとか、伝えてました。
伝えて聞いてくれる存在に私は下がるだけの自己肯定感を少し認められるようになりました。
父も留守番してくれること、わんこのお世話を毎日していることを認めてくれました。

体力と精神力がバランス取れるようになると活動範囲も広がり、念願の家事制限を設けなくてもよくなり、好きな時に掃除して洗濯して、夕飯の買い物をして作ることも出来ました!
時間はすごくかかりましたが、私のペースを見つけられて嬉しかったです。
ここまでくるのに何百回転んだか分からないけど、父の支えのおかげで、私も成長出来ました。

でも時々バランスが崩れると、動けなくなりメールで父に「今日は動けないからご飯ないです」と送りました。
ご飯ないですメールを送った日には、父が帰りにスーパーに寄り、お惣菜やフルーツを笑顔で買ってきてくれました。
「これだけあるから、心配しないで寝ときな!」
「うん。ありがとう。あ、いちご」
父の買ってきたものをレジ袋から出すといちごがありました。いちごは大好きです。父もそれは知っています。しかし。
「あまおうだ」
「大きくて、真っ赤で、買っちゃった」

普段とちおとめの我が家にあまおうがやってくるのは、私からの動けないメールを送った日でした。
あまおうは少し高いけど、父の優しさがぎゅっと詰まった特別ないちご。

この時期になるとレジ袋からあまおうを取り出していたことを思い出します。
あの頃、すごく無理して頑張ってたな、と。
でも父は、無理して笑って家事をする私の姿より、素直に動けないメールを受け取るほうが逆に安心したのかも。
素直に気持ちを伝えることは悪くないと父と一緒に学びました。
あの時食べた、大きくて真っ赤なあまおう。それは頑張りすぎた自分への特別ご褒美でした。

*愛音*

2024/04/21
ご褒美ってさ
ひとり占めするよりも
誰かと分け合うことで
より深い意味になるんじゃない?

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