見出し画像

貴方解剖純愛歌~死ね~#12【インスパイア小説】

みんなと合流する手前で陽葵に止められ、背中から下ろした。まだ少し足を引きずるように歩きだす。
「大丈夫?」
「さっきよりだいぶ痛みも引いたから大丈夫。ありがとうおぶってくれて」
そう言ってまた陽葵は歩き出した。スマホの薄明かりでは、陽葵がどんな表情をしてるかぼんやりとしかわからなかった。


スタート地点に戻ると、竜馬たちはすっかり酔いが醒めたと言って、コテージに戻って飲みなおすことになった。しばらくカードゲームをしたり、大学にまつわる噂話をしたりして盛り上がり、そのまま宴は深夜まで続いた。

再び酔いも回り日中の疲れもあったので、一人、二人と睡魔に勝てず横になり、気づけば皆バラバラにその場で眠ってしまっていた。

どれくらい時間が経ったのか、ぼんやりとした頭で目目を開くと、誰かが明かりを消したのか部屋も暗くなり、みんな寝静まっていた。横になったまま枕元にあったスマホの画面を点けると、まだ朝の四時前だった。

再び眠りにつこうと寝がえりをうつ。振り向いた先に体が触れるくらいの距離で誰かが寝ていた。僕に背中を向けた状態だったが、それが誰かすぐにわかった。

森川さんの綺麗な髪が背中まで伸びている。僕は反射的に正面に向き直った。一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。いつからこの状況だったのだろうか。森川さんは僕が寝落ちしたときにはまだ起きていたような。よく覚えていない。

とにかく横になったこの状況でほぼ接触寸前の距離だなんて、僕は息をするのも忘れるくらい頭が真っ白になった。天井を向いたまま身動きが取れなくなっていると、僕に背を向けて寝ていた森川さんが、突然寝がえりをしてこちらに体を向き直した。

思わずビクっと体が反応してしまった。というのも寝返りした流れで森川さんの手が、今僕の左手に触れているからだ。声を上げて叫びたい衝動をなんとか抑えた。深く息を吐き出し目を瞑る。

あの森川さんに触れている。金縛りにあったかのように身動き出来ない中、全神経が左手に集中していた。森川さんは気持ちよく眠っているのか、スースーとゆっくり寝息が聞こえる。

10分経ったか、30分経ったか。僕はしばらくそのままじっとしていたが、意を決して左手の指を少し動かしてみた。緊張して冷たくなっていたせいか、指先から森川さんの手の温もりがじんわり伝わる。

もう一度動かしてみようとすると、森川さんの指が先に動いた。また声を上げそうになるのを堪えて、再び僕も指を動かしてみた。少しの間があったあと、森川さんの指が先程よりも深く僕の指に絡んできた。

心臓が耳の中に入ったかのようにバクンバクンと大きな音がする。
起きてる?寝ぼけてる?横になって、半ば手を繋いだようなこの状況はどういうことだ。僕のすぐ側にある森川さんの顔。横を向いて確かめたい。怖い。でも見たい。

僕は止まりかけのゼンマイ式人形のようにゆっくりと首を左に傾けた。恐る恐る目を開ける。暗がりの中、森川さんの綺麗な顔が目の前にある。森川さんは目を瞑っていた。

少しだけホッとした。このままずっと寝顔を眺めていたかった。整った長いまつ毛、凛と筋の通った鼻、ぷっくらとした唇、思わず見惚れてしまう。いつもずっと遠くから見ていた森川さんが今目の前で寝ている。

動かないまましばらくいると、再び僕の指に森川さんの指が絡んできた。目を瞑った表情はそのままだが、明らかに先程よりも力の籠った指の絡ませ方だった。やっぱり森川さんは起きてる。再び頭の中が真っ白になり、どうしたらいいのかわからなかった。

森川さんが僕の手を握っている。自分の意志で。いや、他の誰かと間違えてるだけかもしれない。いつの間にか仲良くなっていた竜馬ならあり得るんじゃないか。

けれどそんなことはすぐにどうでもよくなった。今この瞬間彼女の温もりに意識が支配されていく。

気づけば僕は体ごと森川さんのほうになおり、向き合った状態になった。更にゆっくりと吸い込まれていくように、森川さんの顏に自分の顔を近づけて行く。香水か髪の毛からか、ほのかに甘い香りがする。

鼓動が激しくなりすぎて体全部が心臓になったように感じる。唇に向かって更に顔を近づけた。もう触れてしまう。あの森川さんとキスを。

ブーーブーーブーー。

突然誰かのスマホが鳴った。僕は反射的に手を放し身を引く。苦しい。自分が息を止めてることにも気づかなかった。今息をしたら口から心臓が出るんじゃないかと本気で思った。

誰かがスマホを止める。再び静寂が訪れた。僕は残念なような、でもどこか助けられたような複雑な心境だった。これはもしかしたら出来すぎた夢なのかもしれない。そうだとしても、こんな幸せな夢はない。僕はそう思いながら諦めてまた目を閉じようとした。

その時、森川さんが僕のTシャツを引っ張り、自分の方へと引き寄せた。次の瞬間、僕の唇は森川さんの唇と合わさっていた。

世界は無音になり時が止まる。永遠とも思える時間が過ぎる。いやほんの一瞬だったのかもしれない。森川さんの唇が離れ、僕は現実に引き戻された。

森川さんは目を閉じたままそっと身を引き、静かに寝がえりを打って僕に背中を向けた。しばらくその状態のまま僕は何も考えられずただただ虚空を見つめていた。



結局その後眠らずに朝を迎えた。最初に起きた竜馬が順々にみんなを起こし、昨日の残り物と買ってきていたパンでホットサンドを作り、インスタントコーヒーと共に朝食を摂った。

帰りの車内はみんな昨日の疲れや二日酔いのせいで、あまり会話が盛り上がることもなく、音楽を聞いてる時間が大半を占めた。僕は起きてから一度も森川さんと目も合わせておらず隣に座るのが気まずかったので、二日酔いと嘘をついて竜馬に運転を変わってもらった。

そのまま陽葵の隣でずっと外の景色を眺めていた。お酒を飲んでいない陽葵も疲れているのか、いつものようにからかってくることはせず、寝たりスマホをいじって過ごしていた。帰りの道路も混むことなく昼過ぎには大学に着いていた。


ラウンジで精算を済まし、そのまま解散することに。
「じゃあ俺はこのままバイト行くわ」
そう言って新が先に【Buzz】へと向かって行った。その流れで方向が同じ竜馬と春香ちゃん、森川さんが連れ立って帰ることに。

四人とは別の方角の僕と陽葵も大学を出て駅へと向かう。冷房の効いた部屋から再び外に出ると、じとっと夏の暑い空気がまとわりつく。寝不足と疲れも加わって足取りが重い。隣を歩く陽葵もとぼとぼと前に進む。

「足は大丈夫?」
陽葵の左足首にはテーピングが巻かれている。陽葵は必要ないと言ったが、帰り道ドラッグストアに寄って、湿布やテーピングを買った。
「だから、これくらい全然大丈夫なのに。みんな大袈裟」
 
「帰ってから痛み増してきたら、病院行っておきなよ」
「はいはい、わかったから」
陽葵は適当に相槌を打った。

「キャンプ楽しかったね」
隣で暑そうにTシャツの襟首をパタパタ仰ぐ陽葵に言った。
「そうだね。どうでもいいけど暑すぎ。蝉もうるさーい」
「蝉の鳴き声ってさ自然の中では情緒があるのに、都会では耳障りなのはなんでだろうね?」
「そんなの知るわけないじゃん。てか都会だろうと田舎だろうとうるさいものはうるさいよ」

「何か機嫌悪い?昨日あんまり眠れなかった?」
「別に。普通に寝れたよ。蒼は?」
昨夜のことが頭にちらつく。
「……なんか暑くて寝苦しかったから、あんまりかも」

「そう。てか蒼、キャンプ場でもけっこう写真撮ってたよね?見せてよ」
バッグから一眼を取り出し渡すと、陽葵は歩きながら写真を見ていく。
「これ行きの朝出発するときか。新くんだけ写真からでもわかるくらいはしゃいでるね」

「そうそう、みんな眠たそうな顔してるのに、新は前日から遠足前の気分なんだけどってLINEでも言ってきたよ」
言いながら自分も前日は、浮足立ってなかなか寝付けなかったことは黙っておいた。

「バーベキューどれも美味しかったよね。みんないい顔してる」
「うん。俺も撮ってて楽しかった。あ、これ竜馬が新に激辛タコス食べさせた時のだ」
僕らはしばらく写真を見ながらキャンプを振り返った。

「なんか段々ピントが合ってない写真が増えてきてるんですけど?」
「それはもう酒の酔いが回ってきて適当に撮ってる頃だね」
「おやおや、妙に美青が写ってる写真が多い気が」
陽葵がこちらを向く。

「いやそんなことないでしょ」
僕は慌てて陽葵からカメラを奪う。
「もう、まだ見てたのに」
「後半ほとんどブレてるし大した写真ないからいいよ」
そう言ってカメラをバッグにしまう。

「そういえば、美青と昨日なんかあったの?朝から二人全然会話もしてなかったじゃん」
「え……そう?俺は二日酔いだったし、森川さんも疲れてたんじゃないかな」
キスの事は触れず、僕はなるべくいつも通りの調子で話すことを心掛けた。

「ふーん、まいいけど」
「陽葵もせっかくチャンスって背中押してくれてたのに、全然アピールできてないよね。覚えの悪い教え子で申し訳ない」
「だから別にどうでもいいって」
強めの口調で陽葵が言った。

「やっぱり機嫌悪い?俺なんか気に障るようなことした?」
僕の問いかけを無視して、歩調を速める陽葵。何て声をかければいいかわからず、しばらく黙って並んで歩いていたが、ふと思い出してポケットからスマホを取り出す。ある写真を開き黙って陽葵の前に差し出した。

「ちょっと、何これ?」
立ち止まって、驚いた様子で陽葵が言う。
「今朝陽葵起こす前に、あまりにも気持ちよさそうな寝顔だったから撮っちゃった」

「はあ?盗撮じゃん、変態」
「ごめんごめん。でも朝陽の加減も絶妙だし、可愛い寝顔だしいい写真だと思うよ」
僕は本心を伝えた。

「顔むくんでるし、全然可愛くない。ていうか他の人に見せたら殺す」
「はい、誓って見せません」
頭を下げながら陽葵の顔を覗くと、言葉の割に先程よりも柔和な表情になっていた。

「ちなみに右にフリックしてみて」
陽葵がスマホの画面を指でなぞると、僕と陽葵のツーショット写真が出てきた。
「これ肝試しの時の自撮り。ブレブレなんだけど二人の驚いた顔が臨場感あって好き」
「二人ともめっちゃ変な顏してるじゃん。でもあの時ほんとビックリしたよ」

思い出して二人して声を上げて笑った。僕は陽葵の笑顔が戻ったことに安堵する。それから別れるまで会話は尽きることなく、真夏の太陽の日差しを浴びながら、僕らは外濠を並んで歩いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?