見出し画像

貴方解剖純愛歌~死ね~#16【インスパイア小説】

「おーす。なんだ一人飯かよ」
学食で昼食をとっていると、向かいの席に新がご飯のプレートを持って現れた。

「大学来てたんなら連絡のひとつでもよこしなさいよ?」
後ろから遅れて竜馬がやってきた。席に着くなり生姜焼きを頬張りながら箸をこちらに向けてくる。

「最近蒼から連絡ないし、グループLINEもリアクションないじゃん」
「たまたまだよ。最近忙しくて」
「ははーん、さては美青ちゃんのことで頭がいっぱいかな?」
「は?森川さんは関係ないって」

「蒼くん、僕らの情報網を舐めてもらっちゃ困るな。先日蒼と美青ちゃんが二人で話してるのを見たという目撃情報が上がってきてるのだよ」
新が記者みたいにメモを読むフリをする。そこに竜馬も畳みかける。
「二人とも深刻そうな表情で話し込んでたそうじゃない。さては蒼、お前美青ちゃんに告って撃沈したんじゃ……」

僕のリアクションも待たずに、調子に乗った二人はコントをし始めた。竜馬が立ち上がり新に近づく。

「こんなところに呼び出して、話って何蒼君?」
「じじじ、実は、その……」
「うん、どうしたの?」
「も、も、も、森川さん、ぼ、僕は高校生の時、からあ、あ、あなたの、こ、ことが、す、す、す、好き、好きでした!」
「……ごめんなさい。蒼君はいいお友達としか見られないの」
「そんなー!森川さーん!」

二人のわざとらしいやり取りを見せられイライラが募る。
「……はいはい、気が済みましたか?大変おもしろい喜劇でした。だけど残念ながら二人が想像するような話し合いでは一切ないです。もちろん告白なんてしてません。食事の邪魔なのでコントしたいなら他所でやってもらえます?」

真顔に戻った竜馬が再び席に戻る。
「ジョーダン、まあ怒りなさんな。で、ほんとは何を話したのよ?」
「ばったり会ってちょっとした相談事を聞いてただけだよ。あとは、気晴らしに今度付き合ってほしいとこがあるって言われたけど」

後半はボリュームが急激に萎んで、新が顔をこちらに近づけてくる。
「今付き合ってほしいとこがあるって言った?おいおいそれどこよ?」
「遊園地……だって」

新が箸を持ったまま驚きの表情を浮かべる。
「はあ?それ完全にデートのお誘いじゃん。そんな大事なこと俺らに早く言えよ」
「別にそういうんじゃないって。さっきも言ったろ。気晴らしにって」

「美青ちゃんの気晴らしって何かあったのかよ?」
竜馬が聞く。僕は少し逡巡したあと答えた。
「……彼氏にフラれたんだって」

竜馬と新が顔を見合わせる。
「おいおい、フラれたのそっちかよ。てかそれなら蒼ビッグチャンスじゃん」
「そうだよ。それに気晴らしにって言っても、どうでもいいやつ誘うわけないっしょ」
僕を置いて二人が盛り上がる。

「知らないって。俺だって色々混乱してるから」
「いやー、まじか。とうとう蒼にも遅い春が訪れるわけかあ」
感慨深げに天井を見上げる竜馬。

「ですねえ、雛鳥が巣立つのを見守る親鳥の気分だ」
新も深々と頷く。
「いや、竜馬はともかく新、お前は違うだろ。どちらかと言えばこっち側の人間だからな」
「失礼だな君は。俺は既に将来の伴侶とデートを重ねているのだよ」

ドヤ顔の新たに竜馬が横からくぎを刺す。
「あ、こいつが言ってる伴侶って春香ちゃんのことね。全く付き合ってないし、しかもデートも一回二人で飯行っただけ」

「ばか、毎日LINEで愛のキャッチボールもしてるっての」
新がLINEの画面を僕と竜馬に見せる。
「はいはい、お前はいつも妄想で先走るから。ま、上手くいくことを祈ってますと」
竜馬の発言には頓着せず、スマホ画面を見つめニヤける新。

「でもよ蒼、美青ちゃんからデート誘われたなら、それこそこいつみたいに浮かれてる様子こそあれど、なんかテンション低くないか?」
竜馬の言葉に新も頷く。
「そうだよお前、俺なら飛び跳ねて悦喜ぶぞ」
「いや、今そういう気分でもないから」
「そういうい気分じゃないって、他にも何かあるのかよ?」

「……いや、別に。ただ今日は気分が上がらないっていうだけ。俺次の講義入ってるからもう行くわ」
「おい、蒼……」
竜馬の問いかけを遮るようにそそくさとプレートを持って食堂を後にした。親友に本当のことを打ち明けられないことがとても心苦しく申し訳なかった。

森川さんとの約束の当日、前日の降水確率では30パーセントで曇りの予報だったが、駅に集合したときには雨がぱらつき始めていた。再度スマホを開き天気予報を確認すると、降水確率は70パーセントに上がっていた。

仕方なく予定を変更して、森川さんが以前から行きたかったというおすすめのカフェに僕らは入った。

「でね、その時友達が言った一言がすごくおもしろくて。あれ、蒼くん?」
森川さんに呼び掛けられ我に返る。

「え?あ、ごめんそれで?」
「どうしたの?体調でも悪い?」
心配そうに僕の顔を覗き見る森川さん。
「ううん、なんでもないよ」

「あ、もしかしてLINEで呼び方変えたりして、今も同じようにしちゃってたんだけど、蒼くんなんて呼んだの慣れ慣れしかった?」
「全然。何て呼んでくれてもいいよ」

「よかった。それよりさっきから私ばっかりしゃべってたよね。ごめんね。蒼くんには不思議と何でも話せちゃって。私おしゃべりって思われてる?」
「ううん、そんなことないよ。でも高校の時は遠くから眺めてるだけの存在だったから。意外は意外かも」

「そういうのけっこう言われるんだよね。見た目はおしとやかそうだよねとか。そんなイメージあるかな」
「森川さんはどこにいてもみんなの高嶺の花だからね」

「全然そんなことないって。だってそんな人がフラれる?」
「いや……それは」
話が思わぬ方向へ行きどもってしまう。
「うそ、冗談。そこは笑ってくれなきゃ。もう大丈夫だから」
本当に何でもないかのように、森川さんはあっけらかんとした笑顔を見せた。

「それより私から誘っておいて、結局こんなところになってごめんね」
「ううん、【Buzz】と違ってオシャレだし。コーヒーも美味しいよ」

「ありがとう。ここのパンケーキ前から食べてみたいなと思ってて。でも雰囲気がカップル向けみたいになってて、女友達とはなかなか来づらかったの。遊園地は残念だったけど、おかげでここに来れて嬉しい。ほんと美味しいし。ほっぺが落ちるってこういう時使うんだよね。蒼くんの口には合う?」
森川さんが手で頬を押さえながら至福そうな表情を見せる。

「うん、美味しいよ。程よい甘さで食べやすいね」
ふっくらとしたパン生地にはたっぷりとバターが練りこまれているが、上に載ってるホイップクリームと一緒に食べても全く口説くなく、シロップが程よく絡まって口の中に優しい甘みが広がる。

「ペロッと何皿でもいけちゃいそう。でも私この前からスイーツ好きな大食漢みたいだよね。太っちゃうから気を付けないと」
むしろ細すぎるくらいの森川さんなら少しくらい食べすぎても問題なさそうだ。

「そういえばさっきの話じゃないけど、彼とはあれからもう一度会ってちゃんと話してきたの。それでお互い言いたいこと言えてスッキリできたんだ」
紅茶を一口含み、カップの中を見つめながら森川さんは言った。
「そうなんだ」
僕もコーヒーに口をつける。甘さが残った口の中にコーヒーの苦みが沁み渡る。

「最後にちゃんと話せたから、今はちゃんと前に進めそうって思える。蒼くんのおかげだよ、ありがとう」
「俺は何もしてないよ」
「ううん、蒼くんの人を包み込むような優しさに助けられている人、私以外にもたくさんいると思うよ」

その言葉に僕の脳裏には、先日の病室での様子が蘇った。
「誰かを助けるなんて、そんな大それたこと俺には出来ないよ……」

しばらくするとウェイターがテーブルに来て、グラスに水を補充し食べ終えたお皿を下げていく。

「蒼くんて今誰か好きな人いるの?」
唐突な質問に、別の事を考えていたせいで頭の理解が追い付かず、体がフリーズしてしまった。

「え?」
「突然でごめんね。でも誰かいるのかなと思って」
「いや、それは……。いない……かな」
森川さんの方を見れずに、テーブルに視線を下げて答えた。

「そうなんだ。じゃあ誰にでもチャンスはあるってことだよね?」
「え?」
「蒼くん、キャンプの日の夜中のこと覚えてる?」
あの夜の光景がぱっと頭に浮かぶ。鼓動が激しくなり胸が苦しくなる。僕はなんとか一言返した。

「……うん」
「あの時、正直元彼と上手くいってなかったこともあったしお酒のせいもあったけど、でもすごくドキドキした。男女みんなでああやって雑魚寝して一泊したりすることもなかったし、みんなが傍で寝てるとこで蒼くんに触れて……」

聞いてるうちに、あの瞬間にフラッシュバックしたかのように、目の奥に横たわる森川さんがちらつく。

「誰かのスマホが鳴らなかったら、私たちあのまましてたかな?」
森川さんが僕の口元を見た気がした。

「……どうかな」
「ねえ、この後なんだけど、実は今日お弁当作ってきたの。それで家割とここからご近所なんだ。せっかくだから家で食べない?」

そう言って森川さんはバッグからお弁当の入った袋を取り出した。僕はそのお弁当を見て、再び陽葵の姿を思い出した。


『どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの?どうして自由に生きられないの?心配するんだったら助けてよ。このどうようしようもないクソみたいな人生から救って見せてよ』


その時テーブルの上のスマホが振動した。画面を開く。
「ごめん、妹が熱出しちゃったみたいで。もう帰らなくちゃ」

「大丈夫?私のことはいいからすぐ帰ってあげて」
本気で心配してくれる森川さんにもう一度謝り、僕は先に店を出た。


『蒼くんて今誰か好きな人いるの?』
『そうなんだ。じゃあ誰にでもチャンスはあるね』
『私たちあのまましてたかな?』


僕は道の途中で立ち止まってしまった。がんじがらめにコードが絡まって、身動きがとれなくなったみたいだ。雨はすっかり止み、雲の切れ間から晴れ間ものぞいていたが、目に映る景色に上手く焦点が合わなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?