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貴方解剖純愛歌~死ね~#18【インスパイア小説】

陽葵のご両親を説得するのは容易ではなかった。それは当たり前だ。少しずつ病状が悪化している娘の容態を第一に考えれば、海外に行く許可を出すなんて簡単に出来るわけがない。それでも諦めず説得をし、何度も頭を下げ続けた。陽葵も一緒になって必死に両親に訴えかけた。

おそらく病気になってから初めてであろう、陽葵の熱い思いを目の当たりにし、ご両親は徐々に反対の声を弱めていった。そして遂にはメキシコ行きを承諾してくれた。

条件として出されたのは、メキシコから戻ってきたらすぐにでも手術を受けることだった。その条件に陽葵は応じた。僕は少し安堵した。今の状態で海外への渡航は病院側も難色を示したものの、リハビリなどを行い、一定の割合まで体調が向上すれば、一時外出の許可を出してくれることになった。

僕は母に経緯をすべて説明し、兄妹たちの協力も仰いだ。大学には必要最低限の講義以外は休み、昼間はスーパーで働き、夜はガソリンスタンドのバイトも始めた。

陽葵とは合い間の時間で連絡を取り合い、旅行の計画や準備を進めた。疲れて忙しい中でも、相変わらずストレートな物言いや陽葵らしい毒舌ぶりの文面を見ていると、笑みがこぼれ心は軽くなった。


ある日、バイトの休憩中にスマホを見ると竜馬からLINEが来ていた。『【Buzz】に集合』とだけ書いてある。僕はバイトの終わる時間を返信し仕事に戻った。

【Buzz】に着くと竜馬と新が待ち構えていた。
「よお、蒼。久しぶりだな」
本当に久しぶりな気がした。二人の顔を見ると自然と顔がほころびホッとする。

「久しぶり。急に呼び出してどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ君。最近大学も来ないでバイトばっかしてるんだろ?」
ポテトを持った手でこちらを指しながら新が聞いてくる。

「何で知ってるの?」
「そりゃもちろん毎日のように連絡を取り合っている春香ちゃん、いや”はあちゃん”から聞いてますから」
とドヤ顔の新。猪突猛進でまったくブレない新が羨ましい。

「こいつのことはいいとして。んで、陽葵ちゃんのことも聞いたんだよ」
竜馬が横から真剣な顔で付け加える。

「最近陽葵ちゃん大学で全然見かけないからさ。講義で春香ちゃんと会ったときに聞いてみたんだよ。最初ははぐらかされたんだけど、蒼の様子もおかしかったからそのことも話したら教えてくれて。蒼の助けになってあげてほしいって。ったく水臭いよねえ、お前ってやつは」

「本当だよ。正義のヒーローみたいに一人で抱え込んじゃって」
竜馬の言葉に新もかぶせる。
「そんなつもりで黙ってたんじゃ……」
「わかってるよ。陽葵ちゃんを気遣ってだろ。でも一人で無理してんじゃねえかと思ってよ」
僕の肩をポンと叩きながら竜馬が言う。その言葉に胸が締め付けられる。
「黙ってて悪かった。俺は大丈夫だから」

「そっか。それで、陽葵ちゃんの体の具合はどうなんだよ?」
「俺も病院の先生から聞いてるわけじゃないけど、お母さんが言うには段々病状は悪化していて、なるべく早く手術したほうがいいって。じゃないと命の危険もあるって……」
僕は包み隠さず二人に話した。話してるうちに胸のつかえが一つ一つ取れていくようだった。竜馬や新の言うように僕は一人で少し無理をしていたのかもしれない。改めて二人の存在のありがたみがわかる。

「キャンプの時はあんなに元気そうだったのにね」
新が物悲しそうにつぶやく。
「そうだな。春香ちゃんが言ってた。あんなに楽しそうにしてる陽葵を見たのは初めてだったって。それだけ俺らの知らないところでは苦しんでたんだよな。でもあの時間は病気のことを忘れて、夢中になってくれてたってことだろ?俺も陽葵ちゃんたちのおかげで楽しかった」
「うん、俺も楽しかった。またみんなで一緒に遊びに行きたいよな」
竜馬の言葉に新が呼応する。

「だから蒼。俺たちも陽葵ちゃんの為に少しは協力させてくれ」
そういって竜馬がポケットから封筒を取り出して僕のテーブルの前に置いた。
「今日呼んだのはこれ渡すため」
僕は封筒を手に取った。
「これは?」

「メキシコに行くんだろ?手術だってけっこうな額がかかるでしょ。微々たるもんだけど、足しにしてくれ。メルカリで俺のオシャレコーデ売ってきたから」
竜馬がファッションモデルのような決めポーズをとる。
「これは俺からね。マスターの分も一緒に入ってる」
新も封筒を差し出すと、マスターの方を指さす。マスターは僕の視線に気づくと、グラスを拭いていた手を止め軽くこちらに向けて手を上げた。そして照れ臭くなったのか、そっぽを向きまたすぐにグラスを拭き始めた。

「みんな……ありがとう……」
それ以上言葉が続かず目頭が熱くなる。そのまま黙って頭を下げた。
「お前泣くんじゃないよ、童貞なのに」
僕と同じ表情をした新が言う。
「へん、泣いてないわ。童貞関係ないし、お前も童貞だろ」
僕と新は顔を見合わせて笑った。
「ちゃんと陽葵ちゃんのこと守ってあげろよ。男の見せ所だな」
竜馬が僕の肩をパシッと叩く。
「うん」

「新ももっと頑張って春香ちゃん早く振り向かせろよ」
「そうなんだよ。どうしたらいいか。なあ蒼、春香ちゃんから俺の事何か聞いてない?」
「……ない」
「おい、今の間なんだよ。めっちゃ気になるじゃんか」
新が手で顔を覆い天を仰ぐ。その様子を見て竜馬はケラケラ笑う。それから僕らは閉店時間までたわいもない話をし、かけがえのない時間を過ごした。

店を出ると商店街は人通りもまばらで、店先の看板もほとんど消えていた。ぽつぽつと立っている街灯の明かりがぼんやりと闇夜に浮かんでいる。
「人は出会うべき時に出会うべき人と出会ってる」
竜馬が突然つぶやく。
「なんだそれ。何か深いっぽいな」
すっかり酔っぱらった新がふらつきながら言う。

「俺もどこで聞いたか忘れたけどな。でも俺らが陽葵ちゃんと出会ったことにもちゃんと意味があるんだろ」
そして竜馬は僕に向かって言った。
「だから蒼、思うままにいけよ」
「うん。わかった」
僕らはハイタッチをして別れた。



それからまた僕はバイト漬けの毎日に明け暮れた。陽葵は旅行が決まってから順調に体調を戻し、リハビリで体力もついてきてるようで、その様子を時折動画で送ってきて報告してくれる。日に日に旅行への期待を膨らませているようで、せっかくメキシコに行くので祝祭だけでなく、現地で食べたいものや買いたいものリストなどを逐一送ってきては、それを僕はネット検索やガイドブックで調べて計画を立てた。文面から陽葵の元気そうな姿が透けて見えてホッとする。

今日も朝から夜まで一日中働き、くたくたになって電車に揺られていた。ポケットの中のスマホが振動する。陽葵からLINEが送られてきた。部屋の写真と地図にピンが付いた画像が送られてきた。立て続けにメッセージが来る。

**《今すぐここに来ること》

*《これ病室でしょ?突然どうしたの?》

**《いいからおいで》

最後に犬の絵文字。俺はペットか。
僕は疲れた体を持ち上げて、路線を乗り換える為に電車を降りた。
 
病室の扉を開けると部屋の照明は消されていて、窓から差し込む薄明かりがぼんやりと部屋を照らし、その中に陽葵の姿があった。ベッドから起き上がる。

「こんな時間にどうしたの?面会時間過ぎてるよ?」
「ここの人たちは昔から顔なじみだから、融通聞かしてもらっちゃった」
陽葵がおどけた顔を見せる。
「あんまり長い時間はダメって言われたよ。静かにするようにとも」
「はーい」
しゅんとした返事をし、下を向く陽葵。

「何かあった?」
「眠れなくて暇だったから、遊び相手を召喚しました」
そう言って、下を向いていたかと思うと、俊敏な動きで枕元からカードが入った箱を取り出す。
「俺今日一日中バイトしてヘトヘトなんだよ?」
「私もリハビリ頑張ったもん」
僕のことはお構いなしに、箱からカードを取り出し切っていく。仕方なしに椅子に腰を下ろす。僕は一生陽葵のペースを乱すことはできなさそうだ。


「はい、また私の勝ち。蒼弱すぎるよ」
「陽葵の運が良すぎるんだって」
「蒼になら何回やっても負ける気がしないや」
「そうかもね。でもそろそろ終わりにしようか」
だいぶ時間も遅くなってきたので、僕は陽葵に提案した。
「じゃあもう一回だけ。最後にしよ?」
「うん。わかった」

僕らは手元のカードを互いに順々に引いていく。
「私ねなんだか怖いの」
ペアになったカードを目の前に置きながら陽葵が静かに話しだす。
「え?」
「手術のことじゃないよ。それはもちろん怖いけど。そうじゃなくて、この数カ月を思い出してたらすごく楽しかったなって。私はずっと、普通に生きたいと思ってた。特別な人間なんかでなくていい。極々平凡な生活ができればそれでいいって。でも最近は新しいことをしたり、ワクワクしたりすることが多くて。それにずっと行きたかった旅行にも行けるってなって。もうこれは普通を超えちゃってるよ。だからそれが怖いの。神様が最後に私にプレゼントをくれてるのかもなって思って」
「陽葵……」

「だから蒼には感謝してるんだ。はいあと一枚だね」
陽葵は僕との目線の間にカードを持ち上げて言った。いつの間にか僕の手札は2とジョーカーの二枚になっている。
「ねえ蒼、もし次で私がジョーカーを引かなかったら、一つお願い聞いてもらえる?」

ぼんやりと薄明かりの中に浮かぶ陽葵は真剣な表情で僕を見つめていた。
「うん、わかった」
僕は小さく頷いた。陽葵の手が僕の持つ手札に近づく。左のカードを触る。2のカードのほうだった。陽葵と目が合う。じっと僕を見つめ動かない陽葵の瞳に吸い込まれそうになる。次の瞬間陽葵は逆のカードを僕の手から抜き去った。

「あーあ、やっぱりここぞという時にツイてないんだなあ私は」
ジョーカーのカードをヒラヒラはためかせて陽葵が悔しがる。
「蒼の面白い顔見れると思ったんだけどな」
「一体何させるつもりだったんだよ」
「まあいいや。もう眠くなってきたから帰っていいよ」
陽葵は大きくあくびをする。

「ったく。いいな、すぐ寝れて」
「でしょ。よかったら一緒に寝てく?」
「え?」
「なわけないでしょ。またエッチな妄想しちゃった?」
「するかよ。リハビリ中なんだから早く寝なよ。外出許可おりなくなるよ」
「それはまずい。じゃあ気を付けて帰ってね。おやすみー」
そう言ってさっさとベッドの中に入り込む陽葵。
「おやすみ。また連絡するよ」
僕は静かに病室を出た。


               ※

陽葵は横になって考えていた。
最初に触れたほうがジョーカーではないことはわかってた。カードに触れた時に持っている手を緩めてくれた。優しい蒼なら私に勝たせようとするはずだから。でも急に怖くなった。病気になってこんなにも臆病になってしまった?それともこれが元々の私か……。

『一体何させるつもりだったんだよ』
キスして。そう言ったら蒼はどういう反応をしただろうか。

               ※

僕は歩きながら考えていた。
自分にとっての日常が陽葵にとっては特別で。僕らはこれからもっと広い世界に出て、新しいものに出会い、時には壁にぶつかり苦しみ、もがきながらも成長していく。たまに仲間と集まっては、励まし合いながら息抜きをする。そしてまた当たり前に明日が来る。そういう日常が彼女にも訪れる未来が来てほしい。そんな未来で一緒に笑い合っていたい。そう心から願った。

               ※  


すっかり朝晩は冷え込み、木々の葉も紅や黄色に染まり始めた頃。いよいよメキシコへの出発の日が近づき、準備も一通り整ってきていた。短期バイトでお世話になったガソリンスタンドの店長に挨拶をし、家に帰るとカメラの手入れを始めた。

メキシコに行ってたくさん写真を撮ろう。陽葵も帰国してから見返したいはずだ。その陽葵からこの二日LINEの返事がないことが、少し心配だった。準備に追われてるのか、スマホを落としてしまったか。もしかすると体調が悪化したのかと、頭の片隅に浮かんでくるが、それが現実に起きてしまうのを恐れ、すぐに違うことを考えた。

そして出発三日前の夜、そんな僕に陽葵から突然LINEで連絡がきた。

**《ごめん、やっぱり旅行には行けない》

その一文以降、何度返事を送ってもメッセージが既読になることはなかった。

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