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貴方解剖純愛歌~死ね~#7【インスパイア小説】

【Buzz】で勉強会という名目で飲んだ日以来、僕らは授業の空き時間には自然と食堂やラウンジで集まるようになっていった。

しばらくジメジメとした日々が続いていたが、今日は久しぶりに青空が広がっている。僕は一日の講義が終わり、帰る前にラウンジに寄ってみた。いつものメンバーは誰もおらず、しばらく待ってみたが結局誰も来なかったので、中庭テラスでのんびり羽を伸ばしていた。日差しが気持ちよく、ずっといたらうたた寝してしまいそうだ。周りには演劇サークルなのかセリフの練習をしてる人たちや、カードゲームをしてるグループなどがいる。

大学生には二種類の人種がいると思う。明確な意思を持って学問や、部活動に励む者や学生起業など自らの置かれた環境をフルに活用する者。もう一方は周りに流されて大学に入り、大卒という称号を得るために時間を持て余している者。大半の人がきっと後者だろう。

高校生までは、夏休み最後の日を惜しみながら過ごしていた。大学生になると、いつからいつまでが夏休みなのか境界が曖昧に感じるようになった。時間に飲まれそうになるのを避けるようと、皆友達との予定やバイト、旅行の予定などカレンダーを埋めていく。カレンダーの余白がなくなっていくことに安堵する。自由を求める僕らは、気づけば不自由にしがみつく。

しばらく時間を潰した僕は中庭を後にし、学食に立ち寄ってみたが顔見知りもいなかったので、校舎を出て正門へむかってとぼとぼと歩き始めた。


正門を出て駅方面へ外濠沿いを歩いていると、突然後ろから自転車がぶつかってきた。体が前のめりになり、倒れそうになるのを踏ん張ったため思わず声が出た。

「痛った!」
驚いて振り向くと、自転車に跨っている真顔の陽葵がいた。
「どこ行くの?」
「は?どこって家に帰るとこだよ。ていうかなぜ声もかけずにぶつかる?」
「なんだかぶつかりたい衝動に駆られて」
冷静に答える陽葵。

「何その衝動?意味わかんないし、真顔でそのテンションで言うのやめて。これ普通に事故だから」
僕はいつか衝動的に彼女に刺されてしまう日が訪れるのではないだろうか。
「わかった、以後気を付けよう」
悪びれる様子もなく、飄々とした顔で陽葵は言った。

「そっちはどこか行くところなの?」
「うん。家にね」
「そう。じゃあ他の人にはくれぐれも衝動的にぶつからないように。気を付けて帰ってね」
僕はたっぷり嫌味ったらしく言い放ち、再び駅へ向かって歩き出そうとした。

「はい。じゃあ漕いで」
何を言われたのか一瞬わからなくて、僕は振り返り陽葵の顔を見た。
「へ?」
いつの間にか陽葵が荷台に移っている。
「へ?じゃなくて。漕いでって言ったの」
「家に帰るんだよね?」
「帰るよ。蒼ん家に」
何を言ってるのかさっぱりわからない。今彼女は僕の家に来ると言ったのか?

「え、え?ちょっと待って。うち?何で?」
「レンカノ自宅デート編……なんつって」
「はあ?いや、何で急に?ていうかうちはいいから本当に」
「いいから。さあ、しゅっぱーつ」
「ねえ、人の話聞いてます?ダメだって。行かないよ俺は」


「風が気持ちいいね。ふーふんふーふふーん」
何が気持ちいいだ。こっちは一生懸命ペダルを漕いでるってのに、後ろで呑気に鼻歌なんぞ唄いやがって。なんだってこんなことになるのか。結局陽葵に押し切られ、彼女を乗せて自転車を漕いでいる。突然うちに来るなんて無茶苦茶すぎる。小学生が近所に住んでる友達の家に、いきなり押しかけに行くのとは訳が違う。僕らはもう大学生であり、男と女なわけで。まあ陽葵が僕を男として見てるのかは甚だ疑問というか、可能性は限りなくゼロだと思うが。

でも女の子と自転車の二人乗りは初めてのことだったので、頭の中で文句を垂れながらもなんだかフワフワした心地ではあった。

「ねえ、私重い?」
汗ばみ始める僕を気に掛けたのか、後ろから陽葵が問いかける。
「重くて止まっちゃいそう」
僕はなるべくしんどそうに言った。すると陽葵はわざと体を左右に揺らしてきた。
「ちょっと、危ない倒れるって」
蛇行させながらも、必死でバランスを保とうとして両手に力が入る。

「そういうとこだよ、モテないの」
「冗談だよ。羽のように軽いよ」
「今更遅い」
そう言って僕の脇腹を小突いてきた。再びよろけて転びそうになり、肝を冷やす。
「ほんと危ないから勘弁して」
冗談で言ったものの、実際陽葵を乗せて走っていても、ペダルはとても軽く感じた。

「うわー、夕焼けすごいね」
河川敷に出ると、遮るものがない広い空一面にグラデーションの夕空が広がっていた。川面に雲や建物が反射して映る。僕はおもむろに自転車を止めると、鞄からカメラを取り出した。太陽の熱を受けて少し暖かくなっている。

「ごめん、一枚だけ」
そう断って、川の向こうへレンズを向けシャッターを押した。
「お、本格的なカメラ。写真好きなんだ」
陽葵がカメラを覗き込むようにすぐ隣でつぶやく。僕は照れを隠すために、素早くカメラを鞄にしまう。
「うん。でも好きで撮ってるだけだから、人に見せれるレベルじゃないよ」
「風景を撮るの?」
「風景に限らず、人でも物でもいいなと思ったものは何でも撮ってる」
好きな写真の話になって、僕は少し気分が高揚していくのを感じる。

「ねえ、写真に収める時、この空の色ってどうやって決まるかわかる?」
夕空を眺めていた陽葵が不思議そうな顔でこちらを見る。
「何それ?そんなの時間帯とか天気次第に決まってるでしょ?」
「確かにそう。だけど、シャッターを押す瞬間の自分の気持ちの状態が、一番大事な要素なんじゃないかって俺は思う。それは、被写体が人や物でも同じで、気分がいいときは相手の表情もますますよく撮れるし、気持ちが沈んでるときは後で見返すと全然よく撮れてない気がする」

言ってから、何で急にこんなこと喋ってるのか、また恥ずかしさがこみ上げてきた。誤魔化す為に前を向き、再び自転車を漕ぎ始める。
「そういうものなんだね……。じゃあ私は写真向いてないかな」
後ろで陽葵がそっとつぶやく。また冷やかされでもするかと思ったが、意外な言葉が返ってきた。

「え、どうして?」
僕は何気なく聞き返した。
「……性格悪いじゃん私」
「そう?性格は関係ないと思うけど。それにどちらかと言えば、悪いのは口では……」
僕は思わずそのまま思ったことを口にしてしまった。
「よく聞こえなかった。何て言った?」
振り向かずともどんな顔をしてるのか想像がついた。
「いいえ、何も言っておりません」

「まあいいや。ねえ蒼、もっと飛ばしてよ。ドードー」
手綱を引くかのように陽葵が僕のTシャツを引っ張る。
「俺は馬か。それにそれは馬を鎮める時の掛け声でしょ」
「細かいことは気にしない。よし行けー!」
お姫様の気まぐれが始まる。でもそれに応えてしまう僕がいた。
「わかったよ。振り落とされないようにしっかり捕まっててよ」

僕らは赤く染まる夕空に向かって河川敷をグングンとスピードを上げて駆け抜けた。かいた汗が風で冷えていくのが心地よかった。

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