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貴方解剖純愛歌~死ね~#14【インスパイア小説】

「ったく、なんで日曜の休みに蒼とこんなところ来なくちゃいけないの」

待ち合わせ場所に着いて早々、陽葵は愚痴をこぼした。はしゃいでる子供連れの家族やカップル、中高生のグループなど、周りには様々な人たちが、皆笑顔でエントランスに向けて歩いていた。

「申し訳ない。こんなこと頼めるのは陽葵だけだったから」


先日中庭で森川さんに頼まれたのは、一つじゃなく二つだった。一つはいつもは我慢しているスイーツを食べに行きたいということだった。

森川さんに連れられ、何語で書かれてるかもよくわからない横文字のお洒落なカフェに入ると、じっくりメニューを物色した森川さんはケーキを三つ注文した。

一口一口美味しさを噛みしめるように頬張るその表情は、とても可憐であどけなさがあった。その様子を見てるだけで、先程まで張り裂けそうだった胸の痛みが和らいでいくようだった。

そして、森川さんは食べながら彼の愚痴をこぼす中で、突然一緒に遊園地に付き合って欲しいとお願いしてきた。

「パーっと気分転換出来ることがしたくて。彼はそういう人が大勢集まるとことか好きじゃなくて、今まで一緒に行ったことなかったの。もし迷惑じゃないなら、お願いできないかな?」

僕はもちろん断るはずもなく快諾した。理由はどうあれ、森川さんと二人きりで遊園地に行くなんて夢のようだ。これはどう考えてもデートだ。

だけど、その夜僕はすぐにテンパり始める。当然ながら人生で女性と一緒に遊園地に行った経験など一度もなかった。悶々とどうすればいいか悩んでいたが、気づいたら陽葵にLINEをしていた。

まさか自分からレンタル彼女を使うお願いをするとは思いもしなかったが、背に腹は代えられなかった。だが、最初陽葵から来た返事はまさかの断りだった。


*《森川さんに遊園地に行こうと誘われてしまって、困ってるので助けてもらえないかな?》

**《よかったじゃん。楽しんで。》

*《いや、遊園地に行ってどう振舞えばいいかわからないから、また練習させてくださいm(__)m》

**《嫌だ。練習も何もただ一緒に楽しめばいいじゃん。》

*《お願いします。頼めるの陽葵しかいない。》

**《私遊園地苦手だから。》

*《今度ご飯奢るから!いや奢らさせて頂きます!》

**《ダイエット中だから結構です。》

*《どうしても、ダメ?》

**《どうしてもダメ。》


溜息をつきながら、倒れこむようにベッドに横になる。僕はしょうがないと、諦めることにした。だがしばらくすると、再度スマホが鳴った。

《…一つ何でもお願い聞いてくれる?》



「ねえ、なにぼさっとしてるの?デートの練習なんでしょ?蒼がリードしてよ。そんなんじゃ美青すぐ帰っちゃうよ」
「う、うん。じゃあ行こっか」

陽葵に促されエントランスに向け歩き出した。横を歩く陽葵を見やると、白いレース編みのニットにリメイク風のチェックスカート、足元はローファー、そしてバックパックを合わせた着こなし。

今日は一段とおしゃれで心なしか化粧もいつもよりしっかりめに見える。そう見えるのは久しぶりに会うからか、もしかしたらLINEでああは言ってたが、少しは今日のことを楽しみにしてくれていたのか。それなら幾分か気持ちが楽になるけれど。

「何?ジロジロ見て」
陽葵と目が合いドキッとする。

「いや、何でもない。陽葵は遊園地苦手って言ってたけど、こういうとこは何年振り?」
「あれは断るために言っただけ。飽きるくらいにはデートで連れて行ってもらったかなー」

わざとらしくドヤ顔を見せる陽葵。
「あらそうですか。さすが陽葵さん」
なるべく意地悪く聞こえるよう返したものの、手を挙げてデートに一緒に行きたいと立候補する男は、ごまんといるだろなと素直に思った。

「俺は昔家族で行った以来かな」
「そんな蒼がとうとう女の子と二人きりで遊園地デートなんて、ご家族はさぞかし喜ばしいだろうね」

「そんな、大袈裟なんだよ」
「なに余裕ぶっちゃって。じゃあもう入らないで帰ろうか?」
「すみません、嬉しくて嬉しくて涙が出そうです」
僕の屈服した姿を見ると、陽葵はご満悦な表情で入場していった。

中に入るとそこは一段と活気が溢れていて、子供のはしゃぐ声や笑い声、時にはワー、キャーと奇声も聞こえて来る。周りの雰囲気に乗せられてか、自然と表情が緩む。

辺りからはお菓子の甘い香りが漂い、鼻腔をくすぐられる。
「あーいい匂い。ねぇチュロス食べたい」
陽葵が子供のように匂いのするほうへ足早に近づいて行く。チュロスを美味しそうに頬張りながら、陽葵は僕にデートの指南をしてくれた。

アトラクションの待ち時間に楽しませて上げれない男はダメ。遊園地に来て周りを気にして、童心に帰って遊べない男はダメなど。でもそんなことを言いながらも、ただの付き合いの遊園地でも純粋に楽しんでそうな陽葵を見てなんだか安心した。

気づけば僕も予行練習としてではなく、この雰囲気を心から満喫していた。シューティングのアトラクションや、ゲームコーナー、ショーなどを見て回りながらあっという間に時間は過ぎていった。

「綺麗で迫力あって思わずいっぱい写真撮っちゃったな」
広場のベンチに腰掛けカメラのデータを見ながら陽葵に言う。

「ショーよかったね。てかさっきのシューティング、蒼下手すぎたの思い出したらまた笑けてきた」
「陽葵だって言うほど上手じゃなかったと思うけどね」
「はあ?蒼に比べればめちゃめちゃ上手かったからね」
言いながら陽葵は自分の手で銃を作り、撃つ真似をする。

「でもこんな感じでいいのかな。うまくデートっぽく出来てるのかよくわかんないや」
「難しく考えないで、相手を楽しませるのも大事だけど、自分が楽しめてるか、まずはそこからだよ」
「俺は楽しいよ、すごく」
僕が素直な気持ちを口にすると、目が合った陽葵はそっぽを向いてペットボトルの水を飲んだ。

「でも俺がこうやって自然体で楽しめるのは、相手が陽葵だからかもしれない」
「ちょっとそれ、私なんか女性として見てないって聞こえるんですけど?」
陽葵が睨みを利かしながらこちらを窺う。

「いや、そういうことじゃなくて。今まで女性と接するのに苦手意識があったけど、不思議と陽葵には割と初めから普段通りの自分でいられたんだよね。それに陽葵がいなかったから森川さんとも今みたいには話せてなかったと思う。だから感謝してるよ」

「何急に改まって。気持ち悪」
両手で腕をさする素振りをみせる陽葵。
「そうやってまた憎まれ口をたたく。素直に受け取ればいいのに」
「お礼は出世払いでいいぞ若者」
「お前も若者な。まだ就職もしてないし」

頭上からガタガタガタガタゴゴゴゴゴ―という音と共にワ―キャーと人々の叫び声がウェーブとなって盛り上がっては消えていく。陽葵がまた音のする方を見上げている。

「さっきからジェットコースター気になってる?」
「ん?ううん、別に。それよりお腹すいたからご飯でも……」
言い終える前に僕がツッコむ。
「あれ?もしかして絶叫系苦手なんじゃ?」

一瞬表情を変える陽葵。
「は?怖いわけないじゃん」
「じゃあさ、せっかくなら何か乗り物も乗ろうよ」
「いいって。列並ぶのも時間かかるし」
「その時間も待ち遠しくていいじゃん。あれれ、やっぱり怖いんじゃ?」
「違うから。でも……」

久しぶりのジェットコースターにテンションが上がっていた僕は、陽葵の腕をとって列へ向かって歩き出した。

ジェットコースターの列に並びながら、更に興奮が高まってくる。
「ジェットコースターに乗るのなんて何年振りだろ。怖いけどワクワクするな」

列に並び始めた時はやっぱやめよとか、本当に乗るのと聞いて来た陽葵だが、先程から僕の言葉にもほとんどリアクションなく黙ったままだ。段々と顔色も悪くなっていってるように見える。

「大丈夫?本当に苦手だったらなら、やめておこうか?」
「……列に並ぶの疲れただけ。もうすぐだから大丈夫」

じわじわと列が動いていよいよ先頭に近づく。今しがた乗り終えた乗客が怖かったーとか、超気持ちいいなど興奮冷めやらぬ様子で話ながら反対の出口へと流れていく。

係りの人に促され、ジェットコースターの座席に着く。横を見ると陽葵が座席の手前で立ち尽くしている。

「陽葵?」
やっぱり乗るのをやめようと係員を呼ぼうとすると、陽葵が僕の隣の座席に腰を下ろした。いつもより余計に白くなった陽葵の横顔は、とても不安そうだった。

「本当に大丈夫?」
微かにうなずく陽葵。
「お願い、手握ってて」
陽葵の手は緊張のせいか、とても冷たくなっていた。俯きながら祈るように両目を瞑る陽葵。

陽葵の手をギュっと握りしめながら、ジェットコースターが動き出した。ガタンゴトンとレールを進む音を響かせ、徐々にスピードを上げながら高度を高めていく。頂点に達するとコースターは角度を変え、勢いよく下りながら走り抜ける。

僕は目を開き眼前に広がる青空を見据えながら、思い切り風を感じた。隣からワーと声がして振り向くと、いつの間にか顔を上げ明るい笑顔を見せる陽葵の姿があった。陽葵と目が合い腹の底から笑いあう。それから二人とも両手を上げ、声が枯れるほど叫んだ。

ジェットコースターから降りると、興奮した様子で陽葵が抱きついてきた。
「蒼ありがとう。気づいてたかもしれないけど、実は私ジェットコースター一回も乗ったことなかったの。こんな楽しいと思わなかった。自転車乗るのも好きだから、こういう系好きなんじゃないかと思ってたんだ実は。今日誘われなかったから一生乗ることなかったかも」

思いがけず抱きつかれ、先ほどの緊張とはまた別の緊張に襲われる。
「苦手なのに強がってたのかとは思ったけど、初めてだったんだ。一生だなんて大袈裟だけど。でもほんと楽しかったね」
「最高だよ。ね、もう一回違うの乗ろうよ」

言いながら陽葵は次のジェットコースターへ向けて歩き始めていた。先程とは打って変わって無邪気な子供みたいだなと思いながら、熱の冷め切らない自分も陽葵を追いかけようとしたとき、突然陽葵が立ち止まった。

声をかける間もなく陽葵はその場に蹲り、胸に手を当ててとても苦しそうに悶える。

「陽葵?どうしたの?陽葵?」

急いで駆け寄った僕は頭が真っ白になり、どうしていいかわからず、ただただ陽葵に呼び掛けることしかできない。そのまま陽葵は意識を失い倒れこんでしまった。

「陽葵!すみません、誰か救急車お願いします。誰か!」


               ***
ねえ陽葵、僕は今でもあの時こと、風を切りながら満面の笑みでこちらを向いた君の笑顔を時折鮮明に思い出すよ。僕らが何気なく過ごしていたあの頃、君は一日一日を命を燃やし精一杯生きていたんだよね。だからあんなにも眩しく輝く笑顔に見えたのかな。それとも既に、あの時僕は君に惹かれていたのかもしれない。陽葵の苦しみに全然気づいてあげられなくて本当にごめんね。
               ***

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