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貴方解剖純愛歌~死ね~#10【インスパイア小説】

心配していた天候にも恵まれ、僕らを乗せた車はキャンプ場へ向けて快調にアスファルトを走らせていた。運転は僕が担当し、新が変に気を回したせいというべきか、おかげというべきか、助手席には森川さんが座っている。

先日は自然に打ち解けられていたはずなのに、振出しに戻ったかのようにまた緊張して、なかなか話しかけられずにいる自分が情けない。普段慣れてない車の運転に加えて、隣が気になり手に力が入ってしまい、先程から肩が凝ってしょうがなかった。

ミラー越しに後ろを確認する。二列目に座る竜馬と陽葵は、Bluetoothで車と連動させたスマホを操作して、次に流す曲を選んでいる。その後ろではバーベキューであれを焼こう、作ろうと提案する新をセンス悪いだの手間がかかるだのと、春香ちゃんがバッサリぶった切っている。

「お、次これ流そうよ」
竜馬が陽葵に提案する。
「スピッツか、いいね。私もこの曲好き」
以前ドラマで使われていた聞き馴染みのある曲が車内に流れる。気持ちよさそうに竜馬と陽葵が口ずさみ始める。曲が進むにつれ、気づけば伝染してみんなで一緒に歌っていた。

途中マクドナルドのドライブスルーで遅めの朝食を買うと、運転中の僕を気遣ってくれた森川さんが、ドリンクやら食べ物を摂りやすいように包みから出して手渡してくれた。まるで恋人のようなやり取りに内心高揚し、ハンバーガーがいつもよりうんと美味しく感じた。


キャンプ場に到着し受付を済ませ、まずスーパーで買いだした食材の下準備をすることに。そんなことにはお構いなく、竜馬と春香ちゃんは二人だけで早くも乾杯をしようとしてる。

「お前ら、準備してからにしろよな」
「まあまあまずはガソリンを注入してからっしょ」
僕の言葉を竜馬は気に留めることなくゴクゴクと缶ビールを胃に流し込む。新と森川さんは飲み物やスイカなどを川に冷やしに行った。

乾杯を始めた二人を諦め、仕方なく僕は食材を持って炊事場に向かう。歩いていると陽葵が後を追ってきた。
「ねえ、けっこういい感じじゃん」
表情だけで陽葵が何を言いたいのかはすぐにわかったが、僕はわざととぼけてみせた。

「何が?」
「美青と。車内でもいい感じに見えたけど?」
「別に普通だよ」
「ベツニフツウダヨ」
立ち止まった陽葵がナルシスト風に真似をする。
「そんな風に言ってない」

この間うちに来た日、怒って帰っていった陽葵は翌日には何事もなかったかのように、僕に接してきた。少しホッとしたがあれはいまだになんだったのかよくわからない。

茶化す陽葵を置いていくように歩く速度を速める。炊事場に着くと、持ってきた食材を流しに出して水で洗い、洗った食材を適当な大きさにカットしていく。
「でも前よりも話せるようにはなってきたかも」
「ふーん……一歩前進じゃん。それじゃあ今晩辺り、この前みたいに押し倒……」

陽葵が言い終える前に、僕は手で制した。
「でも別に無理に関係を進めようとかそういうのは考えてませんから」
「出た、また草食蒼ちゃんのお出ましだ」
無視して野菜を切る。それも意に介さず陽葵が続ける。

「とか言って皆が寝静まった後で襲っちゃおうとか思ってるんじゃないのー?『美青、俺もう我慢できない』とか言って」
と言いながら手に持っていたナスに顏を近づけ、キスをせがむ顔を作る陽葵。

「人の恋愛で妄想してさぞかし楽しそうだね。飛躍しすぎなんだよ。そんなんあるわけないだろ」
「女は案外そういう強引なの嫌いじゃないんだよ、草食くん」
「草食草食うるさいの。俺は肉の方が好きだし」
「お、肉食宣言?これは今晩は尚期待できるね」

こやつには何を言っても無駄みたいだ。でも、陽葵のイジリを聞きながら、別の頭ではこれから一晩森川さんと共に過ごすことに浮足立っている自分がいるのも確かだった。そして、まさか陽葵が冗談で言った展開が、本当に起ころうとはこの時思いもよらなかった。



「グットッパ!」
「じゃあ蒼と陽葵ちゃんと春香ちゃんが守備ね」
竜馬の合図で新と森川さんも散り散りに離れ、岩陰や木の裏へと身を隠していく。各々道すがらのドンキで買ってきた水鉄砲と水風船を両手に持っている。

「絶対私たちが守り抜くからね。どこからでもかかってきなさい」
標的であるフラッグに背を向けて少し距離を取り、注意深く周りを観察する、やる気満々の春香ちゃん。

フラッグを中心に春香ちゃんと反対の位置で構える僕。フラッグのすぐそばで辺りをキョロキョロする陽葵。珍しく自信なさげにおどおどした様子で、その姿はまるでミーアキャットのようだ。その姿がなんだか可笑しくて僕はついニヤつく。

「何こっち見てニヤニヤしてんの?」
気が付いた陽葵が訝し気な顏で言う。
「ううん、なんでも。フラッグ濡らされないようにしてよ」
「そっちこそ、抜かれないでよね。わ!蒼後ろ!」

陽葵の掛け声に後ろを振り返ると、不意に放物線を描く青い物体が僕の視界に入ってきた。岩の影から水風船を投げてきたみたいだ。あの距離だと野球経験のある竜馬あたりか。

僕のわきを逸れて水風船が地面に弾けたのと同じタイミングで、今度は春香ちゃんの方角からうおー、という掛け声と共に新が水鉄砲を構えて突進してくる。春香ちゃんがキャーキャー言いながら、新の胸についたポイに向かって水鉄砲を連射し抵抗する。新も負けじと応戦。

そちらに気を許してる間に、後ろから足音が聞こえ振り返ると、こっちに向かってダッシュする竜馬。再び水風船をこちらに投げ、それを避けてる間に僕を回り込んでフラッグ目掛けて走りこんでいく。

一瞬逆を向くと、いつの間にか二人とは別の方向から森川さんも走って来ていて、フラッグに一番近くまで走りこんで来ていた。陽葵が森川さんにいち早く気づいたようで水鉄砲を乱射してる。

新も竜馬もフラッグに近づいているのにそれには目もくれず、水鉄砲を女性陣に打ちまくっている。なるほど。二人の狙いがすぐにわかった。要は公園でエロ本を見つけはしゃいでいた小学生の頃の脳と大差ない奴らということだ。しばらくして二人の狙いに気づいた陽葵と春香ちゃんは、森川さんに助けを求めた。そしてその呼びかけに応じる森川さん。

いつしか敵味方関係なしに男性陣VS女性陣となってみずでを打ち合っていた。もはやフラッグのことなど誰もが忘れ、僕らはしばらく水遊びに夢中になった。


仲良く全員びしょ濡れになった僕らは、一旦休憩がてらコテージの中に入り、着替えを済ませてから再度バーベキュー場に集まった。改めて乾杯をし、買ってきた食材を片っ端から焼いては食べ、美味しい食事を楽しんだ。

食事が一段落する頃にはすっかり辺りは暗くなり、お腹も膨れいい感じにお酒が体に回っていた。落ち着いてきたところで僕らは椅子に座り焚火を囲んだ。ゆらゆらと一つの形に留まらない炎をぼんやりと眺めながら、しばらく沈黙の時間が流れる。薪がパチパチと燃える音が小気味よく耳に響く。

しばらくすると新が口を開いた。
「俺こういう友達みんなでキャンプするのって実は初めてでさ。昔家族と行った記憶はあるんだけど、まだ小さくて断片的にしか覚えてないし、そういうのとはまた違うじゃん。なんかうまく言えないけど、もしかしたら今このタイミングでこうやって友達と火を囲んでワイワイしていられるのって、この先の人生を考えたらめちゃくちゃ貴重なんじゃないかと思えて」
「ほう、どうしてそう思うのよ?」
竜馬が促す。

「俺らって今学生ではあるけど、年齢的には成人とされてもう社会に出てる人とか、中には結婚して親となり子供を育ててる人もいるわけじゃん。だから今の俺は中途半端な何者でもない存在なんだろうなって。で、もう数年経てば正式な大人として、社会に出て何かしらの肩書をみんな手にして生きていくわけじゃん。戦場っていう人もいれば、社畜だなんて言われてる人もいてさ。今は当たり前のように顔を合わせてるみんなとも、日々の忙しさに飲み込まれて、今みたいにはなかなか会えなくなりそうじゃん。挫けて逃げ出したくなる時もあると思うんだよ、社会に出ればそれなりに。一人暮らしの家に帰って、コンビニの缶ビール片手に殺風景な部屋を眺めてさ。そういう時なんかに今日の事をふと思い出しながら少し感傷に浸って、懐かしい思い出に、みんなに、背中を押してもらって。よしまた明日から頑張ろう、なんて思うのかなって。だから俺は卒業までに、もっと今しかできないことやりたいなって思ったんだよね」

新の話をみんな黙って聞いていた。
「そうかもしれないね」
春香ちゃんはゆらゆら揺れる焚火を見つめながらしみじみと頷いた。

「私もみんなでこういうことあまりしてこなかったから、すごく楽しい」
森川さんも少し頬を赤らめた顔で微笑む。
隣に座る陽葵は何も言わず神妙な横顔で炎を見つめていた。

「よし、じゃ一人ずつ将来への決意表明をしていこう」
突然竜馬がウイスキーの入ったグラスを掲げて言った。
「おい、なんだよそれ」
と僕がツッコむと一口グラスに口をつけ竜馬が続けた。

「将来ある若者が焚火囲んでさ、新の話聞いたら雰囲気的にもそんな流れでしょ。じゃあまず俺から。俺は大学卒業したら就職はしないで、起業する」
みんなの同意も得ずに、竜馬が自分の進路を告げた。

「えーもう卒業後のこと決めてるの?早いね。見た目通りのただのチャラいだけの人かと思ってたのに」
春香が少し茶化しながら、でも意外そうな目を竜馬に向けながら言う。

「そうなの。ギャップがある方が更にモテちゃうでしょ?」
おどけてみせる竜馬。普段こうして皆の前ではお茶らけてばかりだが、根は真面目でしっかり自分の考えを持っているやつだってことは、前からわかってた。

「まあまだ具体的に何の事業にするか決めてるわけじゃないけどね。日本のイーロンマスクやピーターティールを目指すわ」
「アイロンマスクにピーターパン?誰だそれ?」
とぼけた顔で首を傾げながら新が問いかける。

「ペイパルマフィアだよ。知らねえのかよ」
「シチリアマフィアくらいしか知りませーん。でも竜馬ならアルパチーノ並にスーツの似合う男になれるよ。応援してる」
最後だけ真面目な顔で答える新たに、溜息をつく竜馬。
「ったく、俺はゴッドファーザーを目指してるんじゃないっての」

そこに春香が続く。
「でも自分で会社作ろうなんて、普通の学生は考えないでしょ?挑戦しようとしてるだけでもすごいと思う。私なんてカッコいいなっていう理由だけで、なんとなくCA志望なんだから」
言いながら恥ずかしそうに体をすぼめる春香ちゃん。

「いいじゃん、CA。カッコいいだけじゃなくて、世界中の人を繋ぐ仕事でやりがいありそうだよ。それに美人な人も多いし。春香ちゃん似合うと思うな―。俺その飛行機乗りたい!」

「お前は春香ちゃんの制服姿見たいだけだろ」
竜馬がにやける新にツッコむ。
「春香前から興味もってたもんね。大丈夫、なれるよ春香なら」
 春香ちゃんの目をしっかり見ながら陽葵が話しかける。
「うん。ありがと陽葵」

「美青ちゃんはやっぱり卒業したら芸能の仕事をそのまま続ける感じ?」
竜馬が森川さんに話を振る。
「うん、出来ればそうしたいかな。初めは今の事務所にスカウトされて、お小遣い稼ぎくらいの気持ちでモデルの仕事とか受けてたんだけど、最近お芝居とかもやってみたくて」
焚火を見つめながら照れ臭そうに話す森川さん。

「見たい。いつか賞とか取ってレッドカーペット歩いちゃったりしてね。今のうちサインもらっとこうかな」
と言って新が光る剣を持ったキャラクターがプリントされたTシャツの胸元を引っ張り、この辺にというジェスチャーをする。

「でも厳しい世界だから、そんなうまくはいかないと思う。ちゃんと就職したほうがいいかなとかいつも悩んでるし。草野くんは?」
森川さんから話を振られ、ドキッとするのと同時に、みんなの話を聞いて何も先のことを描けていない自分が情けなかった。

「俺は何をしたいかなんて、正直よくわかってないよ。うちは妹たちもまだ小さいから出来るだけ親を楽にさせてあげなきゃなとは思ってるけど。でも、ほんとそれくらい」
「写真は?蒼好きじゃん」
竜馬が焚火に薪をくべながら問いかける。

「あれはただの趣味だよ。それで食べていけるとは考えてない。才能があるとも思えないし」
「俺は好きだけどな。蒼が撮る写真」
 竜馬に続いて陽葵も同意する。

「私もいいと思うけど。写真の話してる時の蒼はすごく楽しそうだしイキイキしてたよ。それに写真撮ってる時はほんの少しだけ男前だよ?」
 ”ほんの”をやたらと強調して言った。

「そこそんなに強調しなくてもいいじゃん。でもいいんだよ。写真なんていつどこだって撮れるんだから。俺は好きな時に好きなものを撮れるだけで満足してるし。人の事よりじゃあ陽葵はどうなの?」
自分に注目が集まるのは得意じゃないので陽葵に話を振った。

「私?私は……特に何も決めてないかな」
「別に卒業後のこととかじゃなくてもいいんだよ。今ハマってることとか、これからやりたいこととかさ」
竜馬が優しく言う。

「うーん、本当にこれといってないんだよね……あ、でも行きたいところならある」
「お、いいじゃんいいじゃん。どこ?」
「メキシコなんだけど……いや、やめた。やっぱ私だけなんかしょぼくて嫌だ。もうこの話題はやめよう、ね?」

「しょぼくないよ。てかやめちゃうの?俺だけ何にも発表してないんだけど。せめて俺の話終わってからにしません?聞きたいでしょみんな、俺の将来の夢。えーと俺はね……」

「ごめん私ずっとトイレ我慢してたんだ。ちょっと抜ける」
新の話を遮って、陽葵が立ち上がる。
「私も一緒に行く」
春香ちゃんも腰を上げた。
「じゃあ私も行っとこうかな」
そう言って、森川さんも二人に連れ立って、コテージに向かっていった。

「お、おーい、俺の話……」
「あれ、もう酒ないじゃん。ちょっと取ってくるわ」
新の視線に気づくことなく竜馬も席を離れた。迷子になった子供のように、懇願する顔でこちらを見る新。僕は神妙な面持ちで一言告げた。
「新、幹事ありがとうな」

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