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貴方解剖純愛歌~死ね~#19【インスパイア小説】

僕は眠れぬ夜を過ごしそのまま朝を迎え、訳が分からないまま病院へと急いだ。

何で急に?あんなに楽しみにしていたのに。考えられるのはやはり容態が急変したということだけだった。遊園地で陽葵が倒れた時のことをまた思い出す。

病院に着くと陽葵の病室へ直行した。だが、部屋は綺麗に整理され、陽葵はそこにいなかった。僕は部屋を出て受付へ駆けこんだ。
「すみません、山井陽葵さんは病室を移動されたんでしょうか?」
「山井陽葵さんですね。確認しますので席にお掛けいただき少々お待ちください」
僕はその場を動かず、確認が済むのをじっと待った。

「お待たせしました。山井さんは先週既に退院されていますね」
 頭の中が真っ白になった。全く予期していなかった言葉に僕の思考は止まり、その場で固まってしまった。
「え……あの退院したというのはどういうことですか?」
「手術を受ける為にアメリカの病院へ転院ということみたいです」

混乱した僕は気が付くと病院の外へ出て、当てもなくさまよい歩いていた。
退院した?アメリカで手術を受ける?何で?という問いだけがグルグルと頭の中をこだましていた。

どれくらいの時間歩いていただろう。電車が通り過ぎる音で我に返ると、大学の近くまで来ていた。ポケットの中のスマホが鳴る。画面には森川さんの名前が出ていた。
「もしもし、突然なんだけど、話したいことがあるからこれから会って話す時間作れない?」


僕と森川さんは大学の中庭に来た。朝早いせいか僕ら以外には、イヤホンをして読書している学生が一人いるだけだった。僕らは少し離れた距離でベンチに腰掛けた。

「久しぶりだね蒼くん。忙しいのにごめんね」
「ううん、大丈夫だけど話って何?」
「何度か誘ったけど全部断られちゃって。あれって陽葵ちゃんのことで忙しかったんだよね?」

「……ごめん、バイトのシフトがずっと入ってて。何度も誘ってもらったのに」
「別にいいの。謝らないで」
風に揺られて乱れた髪の毛を森川さんが直す仕草が、視界の端に映る。

「実は私の方こそ謝らなきゃいけないことがあって。それで今日来てもらったの」
なぜ森川さんが謝ることがあるのだろう。僕は次の言葉を待った。
「私この前病院に行って陽葵ちゃんに会ってきたの」
その言葉を聞いて僕は、言い知れぬ不安な気持ちに襲われた。

「一つ陽葵ちゃんに聞きたいことがあって。それで連絡したら今入院してるって返事が来て。病気のことは全く知らなかったから初めは驚いたし、内容を聞いたときは同情もした。でも、病室で会ったら思っていたよりも明るくて、強い人だなって思った。それに比べて私は弱くて卑しい人間なんだって、余計に思わされちゃったよ」

森川さんがこれから何を語ろうとしてるのか、いまいちわからなかった。だけど聞かないほうがいい気がする。それでも話を止めることは出来なかった。それは今この状況に関係することだろうから。

「今外出許可もらうためにリハビリしながら体力付けてるってことも聞いた。蒼くんと旅行に行くって。少し照れくさそうにしながらでも嬉しそうな顔で。でもすぐに蒼くんとはそういう関係じゃなくて、病気の私に同情して、わがままを叶えてくれてるだけだって言われた。二人で旅行に行くことを知らされたからなのか、変に気を遣われたからなのかわからない。そのどちらもかもしれないけど、私は心が冷たくなっていくのを感じた。それで私、陽葵ちゃんに聞いたの。蒼くんのことどう思ってるのか」

森川さんはとても落ち着いた口調で、時折風に靡く髪を手で整えながら話を続けた。

「陽葵ちゃんはしばらく黙った後、『わからない』ってぽつりとそう答えた。続けて、『でも今の私にとってとても大切な人』って言った。私はその言葉を受けて、陽葵ちゃんに正直な気持ちを打ち明けた。私蒼くんのことが好きになったって。そして、その後私はとてもひどいことを彼女に言った」
森川さんの声が微かに震えだす。

「重たい病気を負ってるなら、蒼くんをこれ以上巻き込まないでほしいって。身を引いて欲しいとも言った」

僕は何も言葉を発せずただじっと目の前を凝視していた。スッと森川さんが立ち上がり一歩僕に近づく。

「引いたよね。自分でも最低な女だと思う。でも蒼くんの事いつの間にか好きになってたの。自惚れかもしれないけど、蒼くんも私の事好きだと思ってた。違う?」
森川さんは懇願するような、今にも泣いてしまいそうな顔で僕を見つめた。

「俺は……俺はずっと森川さんのことが好きだった。憧れの存在でもあった。まさかそんな森川さんと二人でお茶しながら話したり、みんなで遊んだりできる日が来るなんて、以前の俺なら想像すらできなかった。このままもしかしたら、付き合うなんて奇跡が起きるんじゃないかとも夢想してた。でも、陽葵と出会って、俺の中で少しずつ何かが変わっていって。病気のことを知った時に、ただただ無力な自分に絶望したし腹も立った。そして、純粋に陽葵に生きててほしいって思った。彼女の為に少しでも支えになるなら何だってしたいって。森川さんが自分を想ってくれてるって知って、それこそ夢みたいなことだと思う。だけど、ごめん。今は森川さんのこと前みたいには思えない」

僕は森川さんの前に立ち、向かい合った。
森川さんは空を見上げ大きく息を吸い溜息をついた。
「あー、スッパリ振られちゃったなー。予想はしてたけど面と向かって言われるとやっぱり応えるね。最近立て続けに振られてばっかりだね私。高校の時、学年のマドンナなんて言われて良い気になってたけど、バカみたい」

無理やり笑顔を作る森川さんの目から涙が零れる。
「俺なんかが言うのもあれだけど、森川さんは今でもみんなのマドンナだし、最低な女でもないよ」
「ほんと蒼くんの言うセリフじゃないね。でもありがとう。そういう自然な優しさが蒼くんのいいところだよ」
「ううん、そんなんじゃないから……」

頬を伝う涙を拭うと森川さんは再び大きく息を吸った。
「よし、全部気持ち伝えられたらスッキリした。あのね、実は陽葵ちゃんから連絡がきてたんだけど、今日これから日本を発つんだって。アメリカの病院でまずは詳しい検査をするみたい。そのタイミングで住まいも決められたら、一時帰国せずそのまましばらくは向こうで暮らす予定だって。だから出発する前に、竜馬くんたちにも挨拶するために【Buzz】にも寄るって。だからまだ間に合うかもしれないよ。原因作った私が言うのもおかしいけど、離れる前にちゃんと自分の気持ち伝えなきゃダメだよ」
森川さんはしっかりと僕の目を見て言った。

「うん、ありがとう。行くね」
僕は正門へ向けて走った。走りながら胸がチクチクと痛んで前へ進むのが辛かった。



息を切らしながら【Buzz】の扉を勢いよく開ける。カランコロンと大きな音が鳴ると新と竜馬、春香ちゃんが一斉にこちらを向いた。
「蒼!」
新が席を立ち心配そうな表情でこちらに近寄ってくる。

「陽葵は?」
近づいて問いかけると竜馬が答えた。
「ちょっと前に来たよ。大学に休学の手続きとかもしたみたい。今日アメリカ出発するって。急な話でびっくりしたよな」

「何で知らせてくれなかったんだよ?」
竜馬に詰め寄ると、僕の剣幕に押されたのか竜馬が椅子から転げ落ちそうになり、驚いた顔で新が間に入った。
「どうしたんだよ蒼?陽葵ちゃんにはこの前会ってお別れ言ったんだろ?」
「は?何のことだよ?」
「え、だって陽葵ちゃんがそう言ってたけどさっき……」
「知らないよそんなの。突然メキシコには行けなくなった、とだけ昨日連絡がきたんだよ」

竜馬と新、春香ちゃんが顔を見合わせる。
「まじかよ。いや、だからか。俺らももらったけど、蒼にも手紙書いてきたから渡しといてくれって言われて。直接渡さなかったのか聞いたけど、書いたのが昨日だったから渡せなかったって」

竜馬が陽葵から預かった手紙を差し出す。受け取ると、横から春香が申し訳なさそうに切り出す。
「蒼くんごめん。あのね、実は私は陽葵から蒼くんのこと聞いてて。まだアメリカ行きのこと話せてないって。急に旅行のことキャンセルしちゃったこと、もの凄く申し訳なさそうにしてた。何で突然旅行を取りやめてアメリカで手術することを決めたのか、詳しいことは聞かなかったけど予想はついた。美青と関係があるんでしょ?」

僕は返事をせず、黙って視線を下に向けた。
「今日のこと知らせなかったのも、会ったら別れるのが辛いからって言ってた。それにね、白状すると私ももし蒼くんと会ってしまったら、せっかく手術を決意した陽葵の意思が揺らいじゃうんじゃないかって思えて。黙ってたのは本当に謝るけど、陽葵がどんな思いでこうすることを選んだのかはわかってあげてほしい」

春香ちゃんの告白を聞いて、怒る気持ちにはなれなかった。友達を思う春香ちゃんの気持ちも痛いほどわかるから。
「わかったからもういいよ」

僕は体から力が抜けていくのを感じた。
そんな僕を見て新が言った。
「みんなで最後は空港まで見送るよって言ったんだけど、湿っぽいの苦手だからって言われてさ。家族もいるし大丈夫って」

俯きかげんにみんな黙り込み静寂に包まれた。
思い出したように新がつぶやく。
「あ、でも一回家に帰って荷物取ってから空港行くって言ってたから、もしかしたらまだ間に合うんじゃないか?」
三人が僕の顔を見る。
「行けよ蒼、行かないと一生後悔すんぞ!」
竜馬の言葉を聞いて、反射的に僕は店を飛び出して走り出していた。

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