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貴方解剖純愛歌~死ね~#20【インスパイア小説】

店を出てすぐタクシーを捕まえて、陽葵の自宅へと急ぐ。陽葵が遠くへ行ってしまう。初めてそのことを意識した。嫌だ。このまま会えなくなるなんて。

僕は気づくのがいつも遅い。失ってから初めてその大切さに気づかされる。僕はずっと手にしたままだった手紙に視線を落とした。封を開ける。シンプルな便せんにはびっしりと陽葵の手書きの文章が書かれていた。

               * * *

蒼へ
こんなふうにお別れする形になってごめんなさい。この手紙を受け取ってくれてる時には、もう私は日本を離れてると思います。
聞いたと思うけど、手術を受けるのを早めることにした。あんなに長い間思い悩んでたのにすごいでしょ?とても勇気が必要だったけど決めました。
でも、決心出来たのはきっと蒼のおかげだと思う。まさか蒼が私に手術の決意をさせるくらい、大きな存在になるとは想像もつかなかったよ。

あなたに初めて会った教室のこと覚えてる?最初の印象は全然よくなかった(笑)うわーこんな冴えない同級生にバイトのことバレて最悪、気まずー、って思ってた。
レンタル彼女を持ちかけたのも、恋愛指南なんて言ったけどバラさないように見張るためだったし、正直お金を稼ぐために利用しちゃおくらいにしか考えてなかった。怒った?
でもあの時から、不思議と蒼には何かを感じてたのかもしれない。だって邪な気持ちがあったにせよ、初対面のあなたに自分から提案するなんて、今までの私からは考えられなかった。この病気になってからは、他人と一定の距離感を保って生きてきたのに。

表参道で全身イメチェンしたときは今だから言うけど、意外に見た目悪くないかも、って思ったんだよ。調子に乗るから絶対に言うまいと思ったけどね。でもその後すぐ元に戻してたよね?せっかくいい感じに変わったのに、私の時間返せーってなった。でも今思うとそれも蒼らしいよね。

蒼の家に行ったときのことはすごく鮮明に覚えてる。あの日、実は蒼に会う前に病院に定期検査の結果を聞きに行ってたんだ。先生からかなり数値が悪くなってるって言われた。
それで気分が落ちてた時に蒼を見かけて、勝手に体が動いて、思わず自転車ごとぶつかりにいってた。蒼なら今の私の気持ちを受け止めてくれるかもしれない。そんな風に思ったのかも。
あの日蒼が作ってくれたご飯、本当に美味しかった。出来ればまた食べたかった。ワカバちゃんたちと遊んだのもすごく楽しかった。私一人っ子で、家で過ごすことも多かったから、妹とか弟がいる生活憧れてたの。
あんなに蒼がしっかりしてると思わなかった。ワカバちゃんも、蒼が妹たちのお父さん変わりになってくれてるって言ってたよ。
あ、部屋勝手に入って写真見ちゃってごめんね。
でもすごく好きだよ蒼の写真。続けてね。

みんなで行ったキャンプも楽しかったね。友達同士であんなにはしゃいだの初めてだったよ。でも夜に焚き火をみんなで囲んでた時。私みんなの話を聞いて羨ましかった。私には何も未来に見えてるものがなかったから。このままじゃダメだなとも思った。
それでも勇気を出して行動するのには時間がかかったけど。
蒼とペアになって肝試し回った時、平気なフリしてたけど実はけっこうドキドキしてたんだよ。懐中電灯が壊れて足挫いた時に、蒼おぶってくれたでしょ?私自分の心臓の音をあれだけはっきり聞いたの、人生で初めてだった。蒼に気づかれませんようにって思う一方で、ちゃんと私の心臓は動いてるんだなって感じて嬉しかった。
それと一つ謝らなきゃいけないことがある。私見ちゃったの。ロッジで夜中蒼が美青とキスしようとしてたところ。あの時スマホ鳴らしたの私なんだ。考えるより先に手が動いてた。美青とのこと応援してたはずなのに。ずっと言い出せなくてごめんね。

だから、美青との遊園地デートの為の練習をお願いされたときはね、本当に断ろうと思った。それでもね、想像したの。あなたと一緒に遊園地に行ってるところを。想像すればするほど行きたくなった。だから行くことにした。行ってよかったよ、すっごく楽しかったもん。この病気のせいもあって、遊園地なんて全然行ったことなくて。それに隣で蒼の楽しそうにしてる顔を見てたら、いつのまにか美青や病気のことも忘れて、私も自然に笑ってた。ジェットコースターに乗って風を切る気持ちよさを教えてくれてありがとう。最後までいられなかったことが本当に残念だったな。

病室であなたにひどい言葉をたくさん言ってごめん。病気のことを知られて、あなたを傷つけて、このまま死んでしまいたいって本気で思った。もうこれまでの関係ではいられないから。
勝手に拒絶して。本当に弱いんだ私。
それでも、こんな私に蒼は手を差し伸べてくれた。
嬉しかった。すごくすごく。
蒼の思いを聞いて、まだ私には選べる明日があるって気づけた。病気のせいにして自分の人生を諦めても仕方ないと、やっと前向きに思えた。
だから手術を決心する為にも、死者の日の祝祭は行きたかった。蒼が両親を説得してくれて、色々準備も進めてくれたのに。
本当にごめんなさい・・・。


あのね、少し前に病室に美青が来たの。そこで蒼のことどう思ってるか聞かれた。私はわからないって答えた。
美青は蒼のことが好きだと言った。真っすぐ私の目を見て力強く。
私その時ね、あー敵わないなって思った。病気とか関係なく一人の女性として。私は美青に何も言えなかった。
蒼すごいじゃん、ずっと好きだった人のこと振り向かせて。二人が付き合ったら、私のおかげもある?感謝してよね。アメリカ行く前に焼肉でも奢ってもらえばよかったかな。


ねえ蒼。
私この前あなたに、普通に生きれればそれでよかったって言ったよね。でも私はやっぱり欲張りだ。あなたともっと一緒にいたかった。美青にはっきりした答えを言い返すこともできなかったくせにね。
夜一人きりで病室にいると、いてもたってもいられなくなる。
ねえ、私は心臓だけじゃなくて、きっと心も壊れてる。あなたが他の子と一緒にいることを想像すると、胸が締め付けられて気が狂いそうになる。
あなたを独り占めしたい。もうこの病気が治らなくてもいいから、あなたのそばにいたい。どうせ死ぬならあなたの腕の中がいい。
そんなこと言われても引くよね。重たいよね。こんな醜い自分が嫌だよ。
これで最後だから許して。

あなたに出会うまではいつ死んでもいいやって、生きることを諦めていた。だけど今は生きたいよ。みんなみたいに健康な体であなたに会いたい。
死ぬのが怖い。死んで蒼が私のことを忘れてしまうのが怖い。もうあなたに会えなくなることがたまらなく怖い。


ただ蒼に感謝の気持ちを伝えたかっただけなのに、まとまりないこと色々書いてごめんね。
私は遠いところに行って手術を受けます。今この決断をしたことを後で後悔するかはわからない。でも生きたいって思えたこの気持ちを大切にしたいと思った。
あなたのおかげだよ。ありがとう。
あなたに出会えて本当によかった。
私これからは前向きに生きるから。幸せになる。
蒼もどうか幸せになってください。さようなら。            
                                陽葵

               * * *

溢れる涙は手紙の上に滴り落ち、僕はむせび泣いた。
勝手に行くな。ふざけんな。生きてほしい。
言いたい言葉を何一つ伝えることも出来ず、彼女は僕の前から去るなんて。

陽葵に会うことはできなかった。それから彼女から連絡が来ることもなく、手術が成功したかどうかもわからなかった。
深い悲しみの渦に飲み込まれながらも日々は過ぎていった。時間が経っても忘れることなんてない。陽葵とのことは鮮明に覚えてる。でもやがて、思い出に変わる頃に、1通の手紙が届いた。
世界のどこにいても、僕はいつだって彼女に振り回されるんだ。

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