貴方解剖純愛歌~死ね~#13【インスパイア小説】
夏休みはスーパーのアルバイトと、妹たちの面倒を見ることの繰り返しで、毎日があっという間に過ぎていった。連日の猛暑でテレビのニュースでは、海水浴場で水着姿の人たちが映し出される様子が、毎日のように流れている。
家事を一通り終えて部屋で涼んでいると、スマホが鳴った。竜馬から、【Buzz】にいるから集合、との誘いだった。僕はスタンプで返事をすると、素早く着替えを済ませ数分後には家を出た。
【Buzz】に入ると、客は奥のテーブル席に座る竜馬と新だけだった。
「いらっしゃいま……なんだ蒼か。つうか夏なのにもやしみたいに白いなお前」
カウンターの中に座るマスターが新聞から顔を上げて気だるそうに言う。この人は毛深いのと自黒のせいで、僕とは反対に年がら年中日焼してるように見える。
「今日はいつも以上に空いてるね」
「うるせえ。この時期は帰省だの暑いだので、どこも閑古鳥が鳴いてるもんなんだよ。お前らみたいな暇人のために開けてやってんだから感謝しろよバカ」
「それが客に対する態度かね。まあいいやクリームソーダね」
そう言って二人の座るテーブルに向かう。
「よう、早かったな」
総柄のテロシャツを着た竜馬が手を挙げる。
「ちょうど時間空いたからタイミングよかったよ」
「俺らが恋しくて急いできたんだろ」
ポロシャツを第一ボタンまで留めた新が三日月目の笑顔で言う。
「お前らが恋しがってるの間違いだろ」
「おい、野郎だけでなに恋しいだの言い合ってんだ気持ち悪い」
クリームソーダを持ってきたマスターが横から入る。
「若者の会話なんで、おじさんは向こういっててよ」
新が払い除ける仕草で邪険に扱う。
「けっ、どうでもいいけどおじさんじゃなくてマスターな」
決まり文句を言って、カウンターに戻っていくマスター。
「んで何の話してたの?」
僕の問いかけに竜馬が答える。
「そりゃこの間のキャンプの話でしょうが」
「いやー、ほんと楽しかったよな。男女入り混じってのキャンプ。あれぞ待ち焦がれてた青い春だよな」
新が遠くを見上げながらしみじみと語る。
「そういえば、蒼聞いたか?こいつ、あの後春香ちゃんをデートに誘ったんだって」
「まじか。それでOKもらったの?」
「ふふふ、蒼くん悪いね。長い冬を超えて僕にもとうとう春が来たみたいよ」
腕組みしながら不敵な笑みを浮かべる新。
「お、ということは?」
「営為交渉中だって」
横から竜馬が入る。
「なんだよ、順調みたいな素振り見せるなよ」
「バカいえ、一歩一歩確実に前進してるのだよこちとら」
この前向きさは本当に羨ましい。
「俺の事よりお前の方はどうなんだよ。美青ちゃんと上手くいきそうなのかよ」
その名前にビクンと体が反応する。
「俺は別にみんなで楽しめればそれでよかったし」
「またそんなこといって。それじゃいつまでも進展しませんよ?」
「だからそもそも、向こうには彼氏がいるんだから進展も何もないっての」
話ながらあの夜のことがちらつく。そう、彼氏がいるのにどうして。
「じゃあ陽葵ちゃんはどうなの?」
竜馬が問いかける。
「どうって何が?」
「いや、俺はどちらかというと、蒼には陽葵ちゃんみたいな子のほうが合うんじゃないかなって。よく仲良さそうに話してるし」
「いやいや。陽葵は確かに話してると面白いよ。口は悪いけど黙ってれば可愛いと思うし。でもそういう対象として見たことないというか。そもそも陽葵が俺の事なんか、いじりやすいおもちゃくらいにしか思ってないでしょ」
「確かに蒼にはやたら当たり強かったりするもんね陽葵ちゃん。飼い主とペットみたいな」
新がワンと犬がおねだりするポーズをしてみせる。
「いやきつく言うのもさ、嫌よ嫌よもなんとかっていうだろ。ツンとデレなのかもよ」
竜馬が僕の肩を小突く。
「そこ分けて言うなよ。とにかく俺は誰ともどうにかなろうなんて考えてないから」
「まあ、蒼がこれからどうなっていくか、高みの見物させてもらいまーす」
「右に同じく」
「お前はこっち側な」
竜馬側に付こうとする新たにはすかさずツッコミをいれる。僕はグラスの中で溶けかけたバニラアイスを崩して、クリームソーダを一息に飲み干した。
昼間はまだ残暑を感じさせる秋学期の始まり。僕はコンビニで買った弁当を片手に中庭に向かっていた。
バスケットコート一面程度の広さの中庭は建物と塀に囲われいるが、木々が植えられ緑に溢れている。今日みたいな晴れた日は、とても心地いい風が吹き抜け落ち着ける場所だった。お昼の時間は過ぎていたが多くの学生で賑わっていた。
空いているベンチを探しながら中庭をうろついていると、森川さんが端のほうのベンチにポツンと座っていた。キャンプ以来だったので緊張で急に体が強張り始める。
一瞬引き返そうとも思ったが、考えを改め森川さんの座るベンチに近づいた。目の前まで来ても森川さんは俯き加減のまま気づかれなかったので、勇気をだして声を掛けた。
「森川さん、久しぶり」
急に声をかけられたからか、慌てた様子で僕を見上げる森川さんの目は、涙が滲み少し赤くなっていた。その顔を見てすぐに、声をかけるタイミングを間違えたと悟った。
「あ、草野君……」
その後の言葉は続かずに、顔を隠すように森川さんは再度俯き、指先で涙を拭った。
「ごめん、一人のほうがよかった、よね?」
「……ううん。ごめんね、気を遣わせちゃって」
「いや、全然。じゃあ行くね」
そう言って引き返そうとした。
「あ、待って。今からお昼?草野くんさえよければ隣どうぞ」
すっと体を左に避けて僕の座るスペースを作ってくれた。幾ばくかの躊躇いはあったが、隣に腰を下ろした。けれども、なんだか食事をするのは憚られてコンビニ袋を横に置く。
「……何かあった?喋ったほうが気が紛れるなら、俺でよければ話聞くよ」
微かに頷き森川さんが口を開いた。
「前に正門のところで彼氏と口論してるとこ見られたでしょ?あの人がまた他の女性と遊んでて。昨日問い詰めたら、逆切れされてね。それでさっきLINEでもう別れようって言われて……」
森川さんはじっと手に握ったスマホを見つめている。
「いつも振り回されてばかりだし、浮気される度にもう別れたほうがいいって思うんだけど、気づいたら許してて。最後には私のところに戻ってきてくれるからって、どこかで信じて……。でもあっさり捨てられちゃった」
そう言って森川さんは無理やり笑顔を作ろうとしたが、僕には今にも泣き崩れてしまいそうな表情に見えた。そして声も微かに震えていた。
「バカだよね。厄介な男と別れられて清々するところなのに。フラれてそれを引きずってるなんて……」
「二人のことだから俺には何かを言う資格はないと思う。ただ、森川さんは素敵な人だと思うよ。バカなんかじゃないよ、絶対」
ドリルで胸に穴を空けられたような痛みと憤り、そして切なさが同時に込み上げてくる。
「……ありがとう。いつも優しいね。なんか草野くんに会う時は情けないところばかり見られてるね私。ごめんね、こんな楽しくもないことに付き合わせちゃって」
胸の前で掌を合わせ、本当に申し訳なさそうな表情で謝る森川さん。
「いや、謝ることなんて何もないよ。俺の方こそ間が悪い時に現れて、なんかごめん」
「ううん、草野くんには助けられてるよ。気持ちを受け止めてくれるだけでも、少し楽になったから」
「それならよかった。俺でよければいつでも話聞くし、出来ることなら何でもするから」
「それならもう一個甘えちゃおうかな。一緒に付き合ってほしい所があるんだけどいい?」
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