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貴方解剖純愛歌~死ね~#21(最終話)【インスパイア小説】

僕はスマホのアラームの音で目を覚ました。ベッドが硬かったのか枕の高さが合っていなかったのか、首や腰が痛い。

少しかび臭い部屋の匂いを入れ変えたくて、窓を開け放ち新鮮な空気を部屋へ入れた。もう11月にも関わらず、Tシャツで丁度いい気持ちの良い風が、体を通り過ぎた。雲一つない晴天にのぞく太陽の光は、皮膚に当たると日本の夏を感じさせた。
 
着替えを済ませ遅い朝食を摂るために街に出た。黄色や青、ピンクなどカラフルな色使いの家の壁が、通りにずらりと並んでいる。歩いていると所々に壁画が描かれ、アートな雰囲気が街全体から漂っていた。

広場にはメキシコの伝統的な民族衣装を売っているお店が軒を連ね、観光客にだろうか、店主が衣装を手に取り客に当てがっている姿があった。初めて訪れる異国の地なのに、なんだか懐かしい感じがして居心地がよかった。
 
レストランで朝食を済ませ、一度ホテルへと戻り、荷物の整理をした。キャリーバッグから一枚のポストカードを取り出す。



3ヵ月前、自宅の郵便ポストに陽葵からのエアメールが突然届いた。急いで部屋へ戻り、丁寧に封を切る。
一度呼吸を置いた。
中からは一枚のポストカードが入っていた。カラフルな装飾をあしらった骸骨がデザインされている。裏を見るとボールペンで1101と書かれていた。
「え?これ……だけ?1101……」

翌日、僕は春香ちゃんを誘って【Buzz】に来た。
「今年の11月1日に死者の日に行くって意味じゃない?」
春香ちゃんがポストカードを見て言った。

「やっぱりそう思うよね。これは誘われてるってこと?」
「さあ?私にはそのことは何も言ってきてないからなんとも」
そう言ってケーキを一口食べる。

「え?そのことはってことは、陽葵とは連絡とってるの?」
「うん、たまにね」
「手術はちゃんと上手くいったの?」
「問題なく成功したって。経過も順調にいってるみたい」
「そっか。本当によかった」
陽葵の元気な姿が目に浮かび、胸を打たれる。

「日本にはいつ戻ってくるの?」
「どうかな。日本が恋しいとも言ってたけど、向こうの生活にも慣れて、友達も出来て楽しくやってるって言ってたから、ずっと住むつもりなのかもね」

「そっか……。俺たちのこととかは話したりしてる?」
「そういうのは特にはないかな……。陽葵から聞かれれば話すだろうけど、私からはなかなか言いづらいし。でも気になるなら聞いてみようか?」
「いや、いい。ありがとう」
僕は気まずさを紛らわす為にクリームソーダを飲んだ。

「それに、最近みんなと全然会ってなかったから、近況もよく知らないしね」
「そうだね、食堂やラウンジ行っても見かけないよね。竜馬はベンチャーのインターンで忙しいって言ってたし、新も最近連絡しても返事ないからさ。春香ちゃん知ってる?」
「私が知るわけないでしょ」
少しムッとした表情を浮かべる春香ちゃん。また新が何かやらかしたのか聞こうとしたが、火に油を注ぎかねないので留まった。

「春香ちゃんは最近就活してるの?」
「してるよー。朝から晩まで面接ラッシュで疲労困憊。でも航空会社で一社進んでて、次最終面接なんだ」
「すごいじゃん。なれるといいね、憧れのCAさん」
「うん、まだ気が早いけどね」
そう言って春香ちゃんは顔を引き締めたが、どことなく高揚してる様が見て取れた。

「それで、蒼くんはどうするの?」
「俺はまだ宙ぶらりんな状態かな」
「違う。進路のことじゃなくて陽葵のこと」
春香ちゃんから視線を外し、光が差し込み青く澄んだグラスの中を見つめる。

「あれから一度も連絡をとってないし、今更どうすればいいか、正直混乱してる。でも……」
「でも?」
「やっぱり、会えるならもう一度ちゃんと会って話したい」
そう答えた僕に、春香ちゃんは優しく微笑みかけてくれた。



昼間は市街地で、民族衣装を来た骸骨メイクの踊り子によるパレードや、バンド演奏によるステージショーを見物した。賑やかで活気あふれる街中では、子供からお年寄りまで皆一様に笑顔で、心から一年に一度のお祭りを楽しんでいるようだ。僕は街を散策しながら、その瞬間をカメラに収めていった。

夕方前には、バスに乗りメイン会場となる墓地を目指した。墓地の周囲にはたくさんの屋台が出ていて、既にたくさんの人で賑わっている。コーンが焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。まだ西の空に太陽が傾き始めたところなので、日暮れまではまだ少し余裕がありそうだ。

死者の日には、オフレンダと呼ばれる、祭壇やお墓を派手に飾り付けるコンテストを行う地域もあり、よりお祭りの雰囲気を盛り上げていた。家族や仲間とお酒を飲んで盛り上がってる人や、骸骨メイクを見せ合ってはしゃいでいる子供たち、学生旅行なのか、自撮りしながらとにかくテンションが高いグループもいる。つい人に目が行くがそこに彼女の姿は見えなかった。

少し人だかりを離れると、お墓の周りでお香を炊きながら、熱心に祈りを捧げてるお婆さんがいた。お墓の周りにはマリーゴールドや多様な花、亡くなったご家族の写真や切り絵などが飾り付けられている。

ゆっくりと日が沈み始め、更に会場には人が増えてきた。僕は小腹が空いたので食事を摂ることにした。少しぬるい瓶ビールを片手に、屋台に並ぶ食べ物を見て回る。

遠くから、やめて、と言う女性の声が聞こえた。
聞こえたほうを振り向くと、少し離れた場所に人だかりが出来ているのが見えた。咄嗟に僕は手に持っていたものをその場に置いて、人混みをかき分けながら急いでその場へ向かう。

先程よりも近づくと、若い三人組の外国人の一人が、背を向けた彼女の肩に手を回していた。そして、無理やりテーブル席の方へ連れて行こうとしている。

僕は体中が一気に熱くなり、そのまま男たちの前に出て、慣れない英語を叫んでいた。男たちと共に女性も振り向き僕を見た。その女性は陽葵ではなかった。僕は言葉にならない言葉を発しその場に固まってしまい、気づけば三人の男たちに囲われていた。

何を言ってるかはわからないが、僕に向かって怒っていることは確かだった。顔も紅潮し三人共酔っているようだ。僕は胸倉をつかまれた。殴られることを覚悟する。

その時後ろから、ヘルプ!、と大声で叫ぶ声が聞こえてきた。
周りのいる人たちが一斉にこちらを見る。僕の胸倉を掴んでいた男がその手を離した。するといつの間にか僕の隣に立っていた人物が、聞き取れない言葉を発しながら男の顔面を殴りつけた。周りから感嘆の声が上がる。

殴られた男は突然のことに、両手で顔面を押さえ怯んだ。
殴ったのは陽葵だった。僕は驚きのあまり呆然と立ち尽くした。

「逃げるよ」
そう言って陽葵は僕の手を掴んで走りだした。後ろで僕らに向かって叫ぶ男たちの声が聞こえた。僕は無心になって走った。人を掻き分け、見知らぬ街を駆け抜けてゆく。息が切れる。心臓が張り裂けそうだ。

どれくらい走っただろう。気づけば人混みから抜けだしていた。立ち止まり外壁にもたれかかる。前方には教会の鐘が見える。辺りは暗くなり、街灯の薄明かりが僕らを照らす。

「はぁはぁ……大丈夫?」
息を整えながら陽葵に声をかける。
「ふぅ、はぁ……うん。ここまで逃げれば大丈夫でしょ」
「そうじゃなくて、体」
陽葵は自分の胸を見下ろした。

「あぁ……うん。キックボクシング習ってるからこの通り」
そう言って陽葵は先程若者を殴ったように、シャドーボクシングを披露してみせた。
「すごかったね、さっきの」
「私も練習以外で人殴るなんて思わなかった」
「前にも同じようなところ見たけど?」
「え?そうだっけ?」
陽葵は首を傾ける。

「でも、もうそうやって普通に走ったりできるんだね」
「うん。普通の生活を送ってる」
陽葵は胸に手を当て、その言葉を自分でも噛みしめているようだった。
汗が引いて夜風が体を冷やしていく。
僕らは夜の街を並んで歩いた。

「というか、何か雰囲気変わったね」
陽葵が僕の全身を見回す。
「前にイメチェンしてもらったの思い出しながら、俺なりに変えてみた」
僕は恥ずかしくなり頭を掻いた。

「まあまあいいんじゃない。さては美青と上手くいってるな」
陽葵が僕の腕を小突く。
「森川さんとは今も何もないよ」
「……そうなんだ」

「そっちこそ大人っぽくなったんじゃない?」
「やっぱり?最近フェロモンが出すぎてて困ってるんだよね」
陽葵がセクシーポーズをとる。
「その辺は相変わらずだね。でもその様子だと向こうでもモテモテですか?」
「そっりゃあもちろん。毎日のように街行く男性に声かけられちゃって大変なんだから」
「さすがだね」
「ってか向こうってどこ?」
「そりゃあアメリカのこと、でしょ?」
「私今日本に住んでるんだけど」
「え?」


通りを抜けると、僕らの前に墓地が現れた。周りには沢山の火の灯ったロウソクが置かれ、オレンジ色のマリーゴールドが幻想的な暖かい光に照らされている。
「綺麗」
陽葵がつぶやく。ロウソクの灯りに照らされた彼女の横顔はとても美しかった。

「でも、どうして?」
「どうしてって?」
「どうして蒼はここに来たの?」
揺れる瞳がじっと僕を見つめる。

「それは……そっちが誘ったからでしょ?」
僕はポケットからポストカードを取り出して陽葵に見せた。
「詳しいこと何も書かかずにこれだけだったから、確信持てなかったけど」
陽葵はポストカードを手に取ると、小さく微笑んだ。
「でも、あの時約束したから。一緒に行くって」
僕の言葉に陽葵は顔を俯けた。

「ごめん。私怖くて。自分の気持ちを直接伝えることが。あなたの素直な気持ちを聞くことが。自分に自信が持てなかった。誰かを好きになる資格なんて私にはないと思ってたから。そうやって何かもから逃げてたの。私よりも相応しい人が周りにいる。あなたの傍から離れればこの思いを忘れられると思った。でも忘れることなんてできなかった。来る日も来る日も蒼のこと考えてた。結局手術をしたって、普通の生活を手に入れたって、私の心は弱いままだった。あなたを裏切った私にこんな権利はないけど。それでも、もう一度……」

涙ぐみ言葉に詰まる陽葵を僕はそっと胸に抱き寄せた。
「会いたかった。もう一度」
その言葉に陽葵の肩が小刻みに震える。陽葵を抱きしめる腕にギュっと力を込めた。

「もう逃げないで。逃げようとしても離さないから」
「うん」
陽葵は僕の胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。
「ねえ、蒼」
「ん?」
「好き……大好き」
鼓動と鼓動が合わさり心が溶け合っていくようだった。
「うん。大好き」
陽葵と見つめ合う。彼女の瞳にロウソクの灯りが反射する。
僕らは互いの気持ちを確かめ合うように、ゆっくりと、そっと唇を重ねた。


               ***
一人では目の前の闇に進むのが怖い時がある。眠れない夜は誰にでもある。大切な人を失う日は必ずくる。でもこの先、君という一筋の光があれば僕はどこへでも恐れず進んでいける。


帰国した後僕らは、久しぶりに【Buzz】で竜馬や新、春香ちゃんと集まった。少し遅れて森川さんも合流した。竜馬が声をかけていてくれたらしい。
近況を報告し合いながら、僕らは再開の喜びを分かち合った。宴は深夜まで続き、大いに笑い、時に泣き、これまでの空いた時間を互いに埋め合った。僕らは皆、残された限りある時間が何物にも代えがたい尊いものだと、肌で感じていた。


寒い冬が過ぎ、また新緑の季節が訪れる。
僕らは大学を卒業しそれぞれの道を歩み始めた。竜馬はインターンとしてお世話になっていたベンチャー企業から内定をもらい、春からそのまま働くことになった。独立するために必要なことは盗めるだけ盗んで、3年以内に起業すると燃えている。

新は映画製作会社に就職し、アシスタントとして日々雑務に追われてるみたいだ。去年映画のエキストラのバイトをした際に、制作の現場を見て興味をもったらしい。マッチングアプリでは7連敗中だそうだ。

春香ちゃんは最終面接までいっていた大手航空会社には不採用だったが、その後に受けた、ここ数年で新規参入したLCC航空会社に採用され、念願だったCAとして働いている。先輩からの指導は厳しいが、めげずに頑張ってるそう。ただ新から制服姿を見たいとせがまれ困惑してるらしい。

森川さんは所属していた事務所を辞めて、知人の紹介で劇団に入った。舞台女優としてのキャリアを一歩ずつ進んでいる。有名女優になったら関係者席にみんなを招待すると約束してくれた。


そして僕と陽葵の新しい生活も始まった。
フォトスタジオの仕事帰り、同僚と居酒屋で飲んでいると僕のスマホが鳴った。

**《今日遅い?》

**《女の子も一緒にいるの?》

**《バイト休みで、お家一人で寂しいなー》

間髪入れずにメッセージが届く。僕は素早く返信を送った。

火照った顔に少し冷えた夜風が当たり心地よかった。ベランダの窓から漏れる明かりを見つけ、知らず知らずのうちに顏がほころぶ。階段を上がり扉の鍵を開ける。
「ただいま」
奥から足音が聞こえる。
リビングの扉が開くと陽だまりのような笑顔で彼女が出迎える。
「おかえり」

未来がどうなるかなんてわからない。
でも、今僕の心を照らし続けるその光は確かな幸せだった。

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