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マルチメディアには体力が必要だなと思った

4月になった.会社も6期目になる.今年はもっとマルチメディアに力を入れていきたいなと思って,春でちょうど桜もいい季節なのでカメラにジンバルや三脚を持ち出して撮影に出かけた.今日は少し暖かいこともあって,重い荷物を抱えながらジンバルを支えて動画を撮るとさすがに汗が滲んだ.帰る頃には肩や腕がだるくなっていた.そういえばライブのときもギターを2本抱えて,鞄に機材を詰め込んで会場へ移動していた.あの時も大変だった.なるほど,マルチメディアをするには体力がいる.

拙くても作品を良いと思えること

隅田川と桜

帰宅後に弾き語り配信をYouTubeで行った.4年間くらいFacebookで友達限定でやってきた弾き語り配信も,そろそろ公開にして積み重ねていこうかなと思い立って,YouTubeで配信してみることにしたのだ.チケットを販売してライブを開催したし,その動画も編集してYouTubeにアップロードしたし,そろそろYouTubeを気軽に始めてみてもよいかなと思えた.

YouTubeもそうだけれど,随分長らく”したい”と思ったまましないことが多かった.始めてしまえばどうってことないことなのに,以前はそれがすごく高いハードルに見えたのだ.憧れれば憧れるほど,考えれば考えるほどにどんどんとハードルを自分で高くしてしまった.こうでなければいけないとか,こうしないと人に見せられないとか,こう思われたいとか,こう思われたくないとか色んな考えがぐるぐる回っては怖い気持ちが肥大化してしまっていた.

それが不思議と今は感じない.そして,数年前に自分が作るものに感じていた色んな負の感情みたいなものも,どうやら抜けていったみたいだ.今では自分の作ったもの,動画や音声や写真に「ここはもっと頑張れたけど,結構良いんじゃない?」と自分で自分に及第点を与えられるようになった.自分が創ったものを自分で良いと思えるようになったのはとても嬉しいことだ.2024年は創作をもっと軽い気持ちで加速させられそうな気がする.

今まで”自分の現状に満足したらクリエイターはそれまでだ”といった強めの言葉が流行ってきた気がする.僕自身もそうやって自分を追い込んだ時期もあった.一時期はコアな感情が代替「怒り」だったときもあった.きっとそれは僕にとって必要なことだった.それが必要じゃないとわかったから.

きっと伝えたい気持ちはいくつも伝わらない.何を良いと思ったのか,何に拘りを持ったのか,なぜこれを創ろうと思ったのか,そういったことが100伝わることはない.言葉でさえ,その意味を伝えることが難しいのだから.でも,それを好きだと思ったことや,それを良いと思ったことを残しておくことが作品を創る理由なのかもしれないと思えてきた.僕にとってそれは大抵「~ごっこ」から入ることが多い.何かに憧れて,真似をして,楽しくなって,自己満足した延長上に僕のしたいことがいつもあった.それがいつしか真似じゃなく,僕自身になっていたに過ぎない.そうやって作ってきた作品が,たとえ作品と言えるほどのものでない欠片でさえも,僕に「これ好きだったんだろ?」って囁いてくれるから.だから作品として残してみようと思えるようになってきた.

そういう風に思えるようになってきて,今まで僕は「作品を創りたい」と思ってきたのはちょっとズレていたんだなということに気付ける.作品は今までも何度も僕は創ってきたんだ.それを目を背けて破り捨ててきたのは僕自身だったんだ.僕から生まれたものを僕の作品として僕が認めてあげることが重要だった.

それはクオリティの話じゃなかった.僕はもっとクオリティが上がれば,上げなければ作品と呼べないと思ってきた.でも,そんなことはなかった.僕が僕を信じて認めてあげることがただ必要だった.だから,拙いながらも自分のことを良いじゃんと思えた瞬間に,僕は自分の作品を拙くともいいじゃんと思えるようになれたんだ.

べき論の世界から抜けること

「マルチメディアをやるには体力が必要だ」なんて言葉も今の僕と,数年前の僕ではそのニュアンスは大きく違ったように思う.僕はそれを自分が諦めるための理由として使おうとしていた.僕には体力がないからやりたくてもできっこないといった具合に.同じ文章でも感じ方が今とは全然違う.体力がをつけなければマルチメディアなんて出来ないという風に受け取っていて,半ば体育会系的なパワーな言葉に怯えていた.

今の僕はこの言葉をへとへとな自分を自嘲気味に言うことができたんだ.体力が必要だったんじゃない.体力をつけなければいけなかったわけじゃない.そんな体力がなくても後先考えずに好奇心や想いのまま突っ走って,体力を使い果たしてへとへとになった自分に茶化すように,でもちょっと誇らしげに語り掛けるように言える言葉だった.

色んな言葉が自分に「~するべき」を突き付けていくように思えた世界だった.でも,そんなことはなかった.僕は僕を自分で「~するべき」と縛り続けて,応えられない自分を蔑んでいたみたいだ.そんな呪縛から放たれた瞬間に意図も容易く達成させられていく.べき論とそこから逃げるようなアンチテーゼ的振る舞いのに狭間でぐるぐるしていたところから脱構築されていった.べき論をやめようと言いながら,自分にべき論を押し付けるようなことをしていた.「~でなければならない」なんて存在しないと半ばヒステリックに力説しているのは,「~でなければならない世界」を逆説的に支持してしまっていたわけだ.問題を見ないようにと目を背けるほどにその存在を大きくしてしまっていた.問題を直視しようとした瞬間に,そんな問題はもとから存在しなかったことにようやく気付けた.亡霊を見せていたのは自分自身だ.

僕はずっとその亡霊に怯えながら,立ち向かうための意味を探ってきた.自分が何かを創る意味や,僕が僕である意味だとか,世界にとって僕が存在する意義だとか,そういったことを生きていく中で考えたことは数えきれないほどあるし,このnoteにもそんな葛藤をずっと綴ってきたと思う.でも結局突き詰めて考えたら人の生きる意味なんて特にないのだと思う.それならば当然「自分がすること全てに意味はない」ということになる.その結論に初めて辿りついたとき僕は何度か絶望した.でも,絶望すること自体がおかしな話だった.なぜならば,それは結局意味があることが価値の世界から抜け出せてないのだから.

背理法だったわけだ.意味があることが価値であるという前提で歩き回っていたら,いつしか意味があることなんてこの世にひとつもないという結論に至ったわけだ.なのに「じゃあ僕の全てに価値はない」と思って絶望するなんて滑稽な話だ.価値はあるのに,意味がないのという前提と矛盾した結論にたどり着いたのだから,前提が間違っていたことに気づければもっと早かったかもしれない.

そうやって脱構築された世界で,自分で自分のブレーキを踏むことがどんどん外されていった結果がここ1~2年で目の当たりにできる気がしてきた.やっぱり2024年は良い年になりそうだ.僕は僕の心が望むまま,自分を喜ばせるような作品を自分で創っていけば,気が付いたら僕の望む世界線に辿りつける確信がある.大丈夫だ.僕は僕の審美眼を結構信頼している.僕の好きなことと,好きそうなことと,好きかどうかわからないことを続けるうちに,色んなものを生み出して,それらがさらに僕を導いていってくれる.僕のことは僕が生み出した作品という子供たちがちゃんと知っている.だから大丈夫だ.

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